(3)意識の謎を解く!?

 私達は意識を持ち意識を使っているにもかかわらず、意識が何で、どこから生まれ、どのような性質を持ち、どのような働きをしているか、全く知らないまま生きています。専門家である医学者や生物学者でさえ、意識の正体を掴み切れないでいるのですから、一般人が解らないのも当然です。

 現代科学の常識では、意識は脳が生み出していることになっています。ものを考え、思い、記憶し、ボディーを動かしているのは、みな脳がやっているというのです。そのような考えを持っているから、脳が死ねば意識が無くなると思い、人間は肉体ある限りのものであると結論付けてしまうのです。本当の自分を知るキーポイントは、意識が何なのかに着目しその謎を解くことです。意識を知った者は自分を知り、宇宙を知った者であるといわれるくらい、意識の解明は欠かせないのです。では意識とは何でしょうか?。


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意識とは?。

 意識とは存在の思いです。存在の心です。「何」かを感じられる思いです。「私」と想える思いです。思うにはエネルギーが必要ですから、意識はエネルギー(力)でもあるわけです。

 そのエネルギーは生命ですから、意識は生命そのものなのです。その意識的エネルギーが宇宙に遍満しておりますので、宇宙は意識の海といって良いわけです。そうです。宇宙は意識(生命)の海なのです。その意識の海の中に、銀河も、星々も、地球も、私達も存在しているのですから、「すべての物は意識の中に存在し、意識はすべての物の中に存在している!」、といういい方ができるのです。なぜ、すべての物の中に意識が存在しているかといいますと、意識はすべての物を形造っている素材(本質)そのものだからです。

意識=素材=生命(エネルギー)なのです。

 あなたの意識、私の意識など、沢山の意識があるように見えますが、意識は宇宙に一つしか無いのです。人間が、自分は「人間だ!、個人だ!、誰の誰べえだ!」と誤解することによって、一つの意識を沢山の意識に分けてしまったのです。しかし、個々の意識はもともと一つの意識から出たものですから、個々の意識を遡れば一つの意識に収まってしまうわけです。

 意識はすべての創造物の本源にして本質であり、生命の源泉です。その意識は、知恵と、力と、光を、己の表現道具として持ち、大宇宙を包容し差配していますので、意識そのものが宇宙そのものであり、生命そのものといって良いのです。宇宙は意識と意志をも持った一匹の生き物なのです。その生き物の細胞一つ一つが私達ですから、私達は生命そのものであり、大宇宙そのものといって良いのです。その意識が人間の中に宿れば、人間には五感という感覚器官があるため、どうしてもボディーを自分と誤認し、自分を人間にしてしまうのです。ボディーと誤認すれば人間として生きるのは当然で、今私達は宇宙生命でありながら人間と思い違いし生きているのです。

 

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形は意識の表現の窓口である。

 意識を次のような例えで考えたら分かりやすいかも知れません。

 役所はそのままでは抽象的な存在です。役所が具体的な活動をするためには、手足となって働いてくれる窓口が必要です。戸籍係や、清掃係や、公園係や、福祉係などの窓口は、その手足の役割を果たしているのです。宇宙生命も同じように、手足となる鉱物や植物や動物や人間などの窓口を作ったのです。窓口の役割はみな違いますが、宇宙生命の一部であり役所の1部所であることは間違いありません。もし、その窓口が単なる一窓口だと思っていたら、一窓口としての対応はできても、役所全体の対応はできないでしょう。市民から苦情がきても、「私は戸籍係だから外の係のことなど知りません!」と突っぱねるかも知れません。人間も、私は太郎だ花子だと思っていたら、個人としての役割は果たせても、全体(生命)の役割は果たせないでしょう。今人間は、これと似た状態で生きているのです。全体を意識していないから、窓口と窓口が敵対するような戦争が起きているのです。一つの体の中で、心臓と肺が喧嘩しているようなものです。もし、一つ一つの窓口が、私は役所なのだと自覚できたら、きっと仲良くできるはずです。

 では、なぜ沢山の意識があるように見えるのでしょうか?。それは個人個人に、五官という個別化された感覚器官があるためです。その感覚器官が自我を作り、その自我が窓口を自分と思うことによって、意識を個別化してしまったのです。本当は宇宙生命(役所)なのに、人間(窓口)を自分だと思い違いすることで、全体意識を個別化してしまったというわけです。

 人間は宇宙生命の表現媒体であって、実在しているものではありません。あくまでも人間は、宇宙生命の一窓口です。実在しない窓口に独自の意識があるわけがないのです。

 

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意識は意識している通りのもの。

 意識が一つしかない裏付けは、宇宙が永遠に存続してきた事実が証明しております。もし沢山の意識があるなら、宇宙はとうに消滅していたはずだからです。なぜなら、あなた私のあるところには、必ず敵対するものが生まれるからです。幸い一つの意識しか無いから、ぶつかりあうことなく存続してこれたのです。その一つしかない意識が、鉱物にも、植物にも、動物にも、人間にも、宿っているのです。一つしかない意識だから、分けることも区切ることもできないのです。あなたが使っている意識も、私が使っている意識も、鉱物・植物・動物が使っている意識も、同一の意識です。このすべての意識が同一の意識であると自覚することが、とても大切なことなのです。もしすべての人類が、同一の意識で生かされている兄弟姉妹だと知ったら、決して争い事など起こさないでしょう。しかし残念なことに人間は、同じ意識を持ち同じ意識を使っているにもかかわらず、一人一人の意識が別モノだと考えているのです。

 生命意識もあって、人間意識もあるわけではないのです。大宇宙を意識している意識も、個人を意識している意識も、同じ一つの意識です。意識は意識している通りのもので、それ以上のものでもそれ以下のものでもないのです。人間と思えばそく人間意識になるし、生命と思えばそく生命意識になるだけです。ただ何と思っているか?、それだけのことなのです。思える力そのものが意識だからです。

 繰り返します。宇宙には、誰々の意識という区切られた意識はありません。ただ一つの無限意識・普遍意識・絶対意識・宇宙意識があるだけです。その意識を勝手に小さく区切って使っているのが人間なのです。宇宙を自分と思えばそく宇宙意識になるし、人間を自分と思えばそく人間意識になるだけです。そこには自覚の問題があるだけで、仕分けされた意識があるわけではないのです。ただ意識を天(生命)に置くか?、地(人間)に置くか?、それだけの話です。

 今生命と思っている私も、人間と思い違いしている私も、同じ意識の私です。私が二ついるわけでは無いのです。どんな意識も、一つの意識から生まれたのですから、一つの私がいるだけなのです。


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意識は誰が生み出したのか?。

 では意識は、誰が生み出したのでしょうか?。いつ、どこから、生み出されたのでしょうか?。いいえ、意識は誰が生み出したのでも、いつどこから生み出されたのでもありません。初めなき始めより、この宇宙に唯一の意識としてあったのです。ならば私達の意識も、その唯一の宇宙意識ではありませんか?。でも私達は、自分の意識を宇宙意識だと思っておりません。形を自分だと思い違いし、どうしても人間意識にしてしまうのです。無理もありません。私達は気の遠くなる年月、人間として生きてきたのですからね・・・。でも私達は、初めからそうだったわけではありません。もともと宇宙生命の自覚を持つ意識だったのです。その意識が表現の世界に出るに当たり、記憶を失ってしまったのです。なぜ記憶を失ったかについては後に詳しく述べますが、失わねばならない理由はこうでした。

 この表現世界は、ドラマを通して生命核(魂)を成長させるために用意された舞台です。その生命核が生命の記憶を持ったまま舞台に立ち、真剣な芝居ができるでしょうか?。同じ私が同じ私相手に、真剣な芝居ができるわけがありません。真剣に芝居できなければ、その舞台にどんな意味があるでしょうか?。恨み、憎しみ、怒り、悲しい、楽しい、うれしい、この真剣なドラマを通してこそ、私達は成長できるのです。だから宇宙生命は私達の記憶を消し、客観的に芝居できる環境を与えたのです。だからといって、私達の意識が宇宙意識である事実に変わりはありません。ただ、失った記憶を手繰り寄せる体験に、大きな意味があるのです。


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意識に沿ってくれる生命核(魂)。

 繰り返します。宇宙には無限大の意識が一つあるだけです。その無限大の意識を個人と思うことによって、小さな意識に区切ってしまったのが私達です。意識を区切れば当然、エネルギーも、知恵も、光も、小さく区切ってしまうでしょう。なぜなら、エネルギーも、知恵も、光も、意識の大きさに沿うようできているからです。

 良く個々の魂があるといわれますが、本来宇宙には寛大な魂が一つあるだけです。ただ私達が意識を小さく使うことで、寛大な魂を個別の小さな魂にしてしまったのです。本当は宇宙大の魂なのに、人間と錯覚することで小さな魂にしてしまっているのです。意識を限定しなければ無限大の自分になれるのに、意識を限定してしまったために、個人の小さな自分にしてしまったわけです。

 この地球上に争いが絶えないのは、意識を小さく区切って、「あなた・私」の限定意識を作っているからです。あなた私があれば、人より多くの物を持ちたがるのは当然ですから、どうしても争い事が起きるのです。争わないためには、みな同じ意識であることを知ってもらうしかないのです。だから意識の正体を知ることは、とても大切なことなのです。といっても、言葉や文字で理解してもらえないのが意識(生命)です。したがって、この難問をいかに解決してゆくかが、今後、理想の世を築く大きな鍵となるでしょう。


 ボディーの私が私と思っているのか!?。 別な私(エネルギーの私)が私と思っているのか!?。本当の自分を発見する手掛かりは、そこにある。


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