(7)人はなぜ悟らねばならないのか?

 私達は、「悟り」をよそ事のように考えています。身近でそんな話が出ても、そんなことがあるのか?、そんなことができるのか?と、まるでおとぎ話でも聴くような感覚で聞いています。ましてや、自分が悟るなどとんでもない!、と考えています。しかし、悟りはよそ事ではありません。あなたの人生の最重要課題です。何を放っておいてもやらねばならない、人生の一大事業なのです。

 では人間は、なぜ悟らねばならないのでしょうか?。悟りと人生と、どんな関係があるのでしょうか?。この問いに答えるには、宇宙の誕生に触れねばなりません。しばらくは、宇宙の誕生について筆を進めたいと思います。

 

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宇宙の創成。

 宇宙は、見える宇宙と見えない宇宙が相俟って一つの宇宙を成しています。見えない宇宙だけでも、見える宇宙だけでも、存在不可能という意味です。見えない宇宙は姿形を取りませんから、時空の対象になりません。ですから表現方法が無いのです。ただ「1」を示すしかありません。そこには、宇宙生命(絶対意識・宇宙意識)である「私」がいるだけです。「私」しかいない?。では、「私」の存在を誰が認めてくれるというのでしょうか?。私が私を認めても、それは認められたことにはなりません。客観的に認められて、はじめて認められたことになるのです。ですからそのままでは「私」は、永久に闇に葬られたままです。

 どうでしょう。一つだけなら、一つは分からないのではありませんか?。自分だけなら、自分は分からないのではありませんか?。分からないということは、存在しないという意味です。右があるから左があるのです。上があるから下があるのです。一つだけなら、一つは存在しないのと同じなのです。すなわち、絶対だけでは絶対は存在しないのと同じなのです。だから「私」は自分を認めてもらうために、相対宇宙(表現宇宙)を創造しようと考えたのです。

 その創造劇は、宇宙生命である白光(意識)の放射によって始まりました。絶対宇宙の一点から無限の光が放射され、宇宙の創造劇が開始されたのです。それを意識の放射とも、光の放射とも、ビッグバーンともいいます。その光は、すべての色を包含した白光です。白光から放たれた光は、無数の色に分散されて色光となりました。その色光が波動を下げ意識核となりました。さらにその意識核が波動を下げ、元素(原子)となりました。これを意識の観点から考えると、白光は宇宙生命そのものですから、「私は宇宙生命である!」という意識を持っています。しかし、意識核となった時点で意識がモウロウとなり、「私」という意識は持っていても、「私」が誰なのか記憶を失っているのです。その状態は元素も同じで、「私」という意識は持っていても、「私」が誰か自覚できていないのです。こうして元素が塵として形を取り始めた時から、「私」探しの旅が始まるのです。

 元素は無数ですが、意識は一つです。ただ元素と一対になることで、無数の意識があるように見えるのです。生命の誕生とは、元素の誕生のことです。それも、エネルギーと物質の両面を持った命の誕生です。鉱物・植物・動物・人間は生命体で、元素の結晶であると同時に生命核の結晶でもあるのです。(形が生まれると、その中心に生命核が宿るようになっている。生命核とは、魂のことである。)

 宇宙生命の目的は、あくまでも自分(私)の存在を認めてもらうためですから、元素の意識がモウロウとしていては、自分の存在に気付いてもらうことはできません。そこで宇宙生命は、記憶を取戻す方法を生命核の中に本能という形で組込んだのです。だから元素は、本能的に意識核を集める方法を知っているのです。宇宙塵がエネルギーの高い所に集(固まろう)まろうとするのは、その本能的親和力によるものですが、それが初期の恒星の誕生劇です。

 誕生した恒星の中心には、恒星をコントロールする意識核が集まってきます。それを命(生命核・魂)が宿るといい、宇宙の約束事(法則)なのです。地球もその法則によって誕生したので、地球の中心に生命核の塊があるのです。生命核は意識そのものですから、生命核を宿している地球は、意識を持った生命体そのものといえるのです。

 生命体の誕生に都合の良い環境が整ったころ、地球上に植物が誕生します。植物は鉱物より自由度が高いため、より多くの生命核を増やすことができるわけですが、これは本質の働きによるものです。やがて動物が誕生します。動物は植物よりさらに自由度が高いため、莫大な生命核を増やすことができます。それを促しているのが本能の力です。こうして鉱物、植物、動物が誕生した地球上に、やがて人間が降り立ちます。人口が増えるのは、進化の追いかけによるものですが、それを支えているのが愛の力です。愛の力は、生命核を増やす最大の武器になっているのです。

 このように、親和力、本質力、本能の力、愛の力によって地球上に多くの生命体が誕生したわけですが、それはあくまでも生命核を増やし自分を知る(記憶を取り戻す)ためです。この宇宙において、「自分を知る・私を知る・記憶を取り戻す」ことが最重要課題となっており、すべての生き物はこの目的に向かって進化しているのです。

 さてここで特筆すべき点は、鉱物の体験記憶も、植物の体験記憶も、動物の体験記憶も、みな人間に受け継がれている点です。これは神が考えた、実に巧妙な生命ピラミッドの仕組みといって良いでしょう。ですから人間の生命核には、彼らが集積した体験記憶のすべてが刻み込まれているのです。

 このように人類は、累積された生命核を引き継ぎ、さらに生命核を増やすべく進化の道を歩んで行くのです。その姿は正に、悠久の時をかけた生命核(魂)の増殖旅行といえるでしょう。


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人の悟りが宇宙の脈動運動を終らせる。

 意識を高めるべく歩んできた表現宇宙は、やがて人の悟りによって終わりを告げます。悟ると、一対となっていた物質とエネルギーの分離が行われ、元の純粋な宇宙生命の「1」に帰るのです。つまり絶対意識と合体し、元の宇宙生命に戻るのです。それは時空の収縮を意味すると同時に、脈動運動の最終段階に来たことを意味します。若い宇宙は膨張を続けますが、老いてくると収縮が始まるのです。これは悟り人が多くなった証です。膨張は意識の分散・拡大・希薄であり、収縮は合体・縮小・濃縮です。生命核が濃縮されればされるほど知恵が増す(意識がはっきりし記憶が戻る)のは、全能の宇宙生命に近付いて行くからです。そして完全に悟ると、宇宙生命と一体になるのです。これが生命核が宇宙生命へ回帰するメカニズムの実態です。

 瞑想は生命核を増やす一番の近道です。生命核がある一定量集まると悟りに至るわけですが、瞑想は生命核を集める集塵機のような働きをしているのです。要するに、エントロピーを縮小させているのです。宇宙生命が完全なのは、エントロピーを縮小させる能力を持っているからですが、それは人の悟りが担っているのです。こうして悟り人がある数に達すると、星の役目は終わりを告げます。つまり惑星は生命を受け入れなくなり、その星における生命の誕生劇は終わるのです。これを熟した星、あるいは枯れた星といいます。木星も土星も海王星も今は枯れた星になっていますが、これは生命を受け入れる必要のなくなった進化した星だからです。

 熟した星がある数に達すると、今まで膨張を続けていた宇宙はその動きを止め、やがて収縮に転じます。急速に悟り人が増えるのです。やがて一点に収斂し、宇宙の脈動運動の1周期を終えます。しばらくは休息期に入りますがそれもつかの間で、脈動のリズムに押し出されるように、宇宙は再び膨張を開始するのです。このように宇宙は、永久に脈動運動を繰り返しているのです。宇宙がアルファー(α)にしてオメガ(ω)といわれるのは、(始め無き終り無き宇宙)永久に脈動運動を続けているからです。その脈動運度を永続させる役割を担っているのが人の悟りなのです。もし人間がこの役割を放棄したら(悟らなかったら)、宇宙の脈動運動は停止し、宇宙は凍結してしまうでしょう。だから人間は、何が何でも悟らねばならないのです。

 なぜ人は悟らねばならないか、理解できましたでしょうか?。あなたがどんなに悟りたくないと駄々をこねても、そうはいかないのが宇宙の事情なのです。それほどあなたは、宇宙にとって掛け替えのない存在なのです。それに、あなたがここまで成長してくるのに、どれほど多くの生き物達の涙ぐましい格闘劇があったと思いますか?。それを考えたら、とても” 悟りたくない!”などと我がままはいえないと思います。

 

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意識核と生命核の違い

 生命意識(宇宙意識・白光)より放射された意識核は原子を創造し、物質(姿形)の元となっていますが、一方、その意識核を中心核に据えた電子の伴わない原子核の一定量集まったものを生命核と呼んでおり、俗にいう魂となっています。生命核と意識核との違いは、集積された核になっているかいないかの違いです。(意識核の集積されたものを、生命核と呼んでいる。)


 進化の旅とは、この生命核(魂)を増やす旅なのです。


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自分を知ることは当たり前のこと。

 ここでもう一度、相対宇宙を創った宇宙生命の意図を考えてみたいと思います。

 宇宙生命は自分の存在を明確にするため、客観的視野を持つもう一人の自分を相対世界に送られました。しかし相対世界に出た途端意識が希薄になり、自分が何者なのか忘れてしまったのです。したがって記憶を取り戻す作業が、最優先課題になってしまったのです。それはそれは、気の遠くなる年月をかけた自分探しの旅でした。しかしやっと人類は、自分が何者なのか記憶を取り戻すところまで成長してきたのです。つまり、自分を、宇宙を、認識できるところまで進化してきたのです。でも地球人類の多くは、未だに自分のことを人間だと思って生きております。したがって、様々な苦しみに喘いでおります。本当の自分を知れば幸せになれるのに、人間は知ろうとしないのです。

 どうでしょう。本当の自分を知ることは、特別なことですか?。当たり前のことではありませんか?。その当たり前なことを、なぜしようとしないのでしょうか?。それは、物質の虜になっているからです。戦争も、事件も、事故も、病気も、災害も、みな物質の虜になった人間の欲望によるものです。そろそろ人類は、その過ちに気付いても良いころです。

 このメッセージを読まれているあなたは、これまで様々な苦しみや悲しみを体験し、人生に大きな疑問を持っている"幸い人"と思われます。だから今、人生の思索(真理を求めている)をしているのだと思います。さあ、悟って(本当の自分を知って)故郷へ帰りましょう。

 冒頭に述べたように、悟りは他人事ではありません。いつか、誰でも、必ず、通らねばならない例外なしの道です。それが人類の使命であり、人生の目的だからです。


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