(4)私(わたし)

私(わたし )とは?。

 私には、二つの私があります。一つは白光の(私)、もう一つは、白光から放射された無数の光線の末端に作られた影の(私)です。光源は一つしかありませんので、白光の()も一つしかありません。しかし光線は無数ですから、影の(私)は無限に存在することになります。光源は永遠に無くなりませんが、影は必ず消えて無くなります。だから影の(私)は幻の私です。つまり、白光の私は永遠なる(私)なのに対して、影の私は無常なる(私)なのです。

 (私)(私)から生まれたわけですが、なぜ(わたし)と呼ぶようになったのでしょうか?。(本当は【あたし】と発音する)

この私(あたし)は、神が宇宙の創生時最初に発せられた言葉で、自分のこと、つまり神のことを指しているのです。

 ○私(あたし)の・・あ

 ○アイアムの・・・あ

 ○アオームの・・・あ

 ○アミーの・・・・あ

 ○アミダの・・・・あ

 ○アルファーの・・あ

 ○アーメンの・・・あ

 などと、神を示す言葉にこの【あ】の響きに近い発声音が使われているのはそのためです。

 

                                                     -83-

悟りとは、自分の外に何も無いことを知ることである。

 自分の外に何も無いと知った者は、何の苦しみも、何の憂いも、何の恐怖もありません。なぜなら、自分が自分を害することなどあり得ないからです。私達が不安や恐怖に怯えるのは、自分の外に何かがあり、その何かが自分に危害を加えると思うからです。

 自分の外に何かがあると思っている者は、外側から幻を拾ってきてはそれを妄念によって組み立て、自ら苦しみや悲しみ(病気や事故など)を作っています。当人はその苦しみが、外側から来たものだと勘違いしているのです。本当の自分を知った者は、自分の意識が世界を作ることを知っておりますので、わざわざ外から雑念を持ち込むようなことはしません。ですから彼らは、常に自分の中に平安な世界を持っています。

 この宇宙には、自分しかいないのです。自分しかいないなら、誰と、何と、敵対するというのでしょうか?。一つの中に、敵対したり対立したりする材料などがあるわけはないのです。敵対心を持つのは、自分の外に何かがあると思うからです。

 自分しか無いと知った者は、決して不調和な思いは持ちません。持たなければ不調和なものが現れるわけがありませんから、その者はもう安泰なのです。

 

                                                 -84-

世界の主は私である。

 もし外側にどんな世界があったとしても、私には関係ありません。なぜなら、私は外側の幻の世界で生きることなどできないからです。唯一私が生きられるのは、内なる真実の世界です。

 その真実の世界は、私が作ったオリジナルな世界です。私オンリーの世界です。私の思い一つでどうにでもなる、融通無碍なる世界です。その世界に嫌なものを入れなければ、嫌なものは一つもありません。だから私の世界は、常に楽しく、常に平安で、常に幸せです。私の世界に、不幸という文字は無いのです。たとえ嫌なものが入って来ても、

  • 拒絶したら良い!
  • 締め出したら良い!
  • 追い返したら良い!
  • 認めなければ良い!

 一切受け取らないことです。一切受け付けないことです。一切認めないことです。たとえ五感を通して入って来ても、

  • 門の中に入れなければ良い!
  • 入口で締めだしたら良い!
  • 一方的に入ってきても無視したら良い!
  • 強引に入ってきても認めなければ良い!

 勿論、楽しいものなら入れましょう!。幸せをくれるものなら入れましょう!。しかし、嫌なものは一切入れないことです。

 また、わざわざ外に出て、嫌なものを拾ってくる必要もありません。外に出て嫌なものと戯れるから、災いを受けるのです。外は幻の世界です。実在しない世界です。ですから、

  ○外側のものを見ないことです。

  ○外側のものを聞かないことです。

  ○外側のものを拾わないことです。

  私の世界に留まっていたら、いつも安泰でいられるのですから・・・。

ただしこういえるのは、本当の自分に目覚めた者だけです。外側に何かを認めている限り、このようなことは絶対いえません。

 

                                                   -85-

私の中にすべてのものがある。

 私は、

  • すべての全てです。
  • すべての根源です。
  • すべての大元です。
  • 生命の源泉です。
  • 知恵の源泉です。
  • エネルギーの源泉です。
  • 光の源泉です。
  • 愛の源泉です。

 私の中にすべてのものがあります。だから、外側に求めるものは何もありません。

  • 何かが欲しかったら私に求めなさい!。
  • 何かが欲しかったら私の中に入りなさい!。
  • 何かが欲しかったら私の中に潜りなさい!。
  • 何でも知ることができます。
  • 何でも見聞きすることができます。
  • 何でも手に入れることができます。

 私は宇宙一の幸せ者です。

  • 賢者です。
  • 豊かなる者です。
  • 大王です。

 あなたもそうなりたかったら、私の下においでなさい。

  • いつでも入れてあげます。
  • いつでも入れます。

 誰の許しも要りません。

  • 鍵はかかっていません。
  • 門はいつも開かれています。
  • 時間の制約も、性別の制約も、年齢の制約も、人種の制約もありません。
  • 頭の良し悪しにも関係ありません。

 あなたの意思次第です。

  • あなたが強くそうなりたいと思えば良いのです。
  • あなたが強くそうありたいと思えば良いのです。

 あなたの思い次第です。

  • あなたが私の世界の者であると認めたら良いだけです。
  • あなたが私の世界の者であると納得したら良いだけです。

                                                -86-

私の認めないものは無い!。

 私の認めないものは「無い!」のです。なぜなら、私の認めるところに私本質・光)がおり、影が作られるからです。私の認めないところに光は無いわけですから、影の出来ようが無いのです。私が認められるのは、そこに私がいるからです。本質そのものが私ですから、認めた瞬間に本質である私がそのものになるのです。そこに光があるということは、そこに本質である私が存在し影を作っているということです。

 私が宇宙を創造したのです。私が宇宙の創造主なのです。私の意識しないところに宇宙は無いのです。私の認めないところには何も存在しないのです。

  • 今私が宇宙を認めているから、今宇宙があるのです。
  • 今私が世界を認めているから、今世界があるのです。
  • 今私が花を認めているから、今花があるのです。
  • 今私が妻子を認めているから、今妻子があるのです。
  • 今私があなたを認めているから、今あなたがあるのです。

 だから私は創造主なのです。


                                                  -87-

私の作った私の世界。

 今私が感じている世界は、私の意識が生み出したオリジナルな世界です。私が作ったオリジナルな世界だから、私が認めなければそんな世界は無いのです。今私が世界を感じているのは、私が認めているからです。

 その私は今、このボディーを自分だと感じています。だから今の私は、小さな世界の主なのです。もし宇宙を自分だと自覚できたら、宇宙の主になれるでしょう。すなわち、人間を私と思えば人間となり、宇宙を私と思えば宇宙になるというわけです。

 私は意識している通りのもので、それ以上のものでも以下のものでもありません。ならば、無限の世界を意識しようではありませんか?。無限の宇宙を意識しようではありませんか?。思うに一円のお金もかからないのですから・・・。


                                                    -88-

認識するものと認識されるものは同じものである。

 先に物が存在するから認識できるのでは無く、先に認識者が存在するから物が存在できるのです。もし物が先に存在するなら、原因の無いところから結果が生まれたことになり、天地が逆様になってしまいます。

 認識されるものと、認識するものは同じものなのです。認識者が認識することで、認識されるものが生まれるのです。つまり、今私が見ている物の中に私が居るからその物が存在できるのです。見ている物の中に本質である私が居なければ、その物はあり得ないわけですから、私が認識できるわけがないのです。私がその物の中に居て形造っているから、私は認識できるのです。今私が認識しているということは、今私がその物の中に居るということです。

 ・今私が花を認識しているということは、今その花の中に認識者である私が居るということです。

 ・今私があなたを認識しているということは、今あなたの中に認識者である私が居るということです。

 ・今私が宇宙を認識しているということは、今宇宙の中に認識者である私が居るということです。

 ・今私が私を認識しているということは、今私の中に認識者である私が居るということです。

 「私はそんなものを作った覚えがない!」という人は、自我で物事を考えているからです。原因者がいなければ、結果が生まれるわけは無いのです。親あっての子です。子が先に生まれることは無いのです。認識者が先にいて、認識されるものが後で生まれるのです。作った覚えがないという人は、作り主と自分とを分けて考えているからです。宇宙にあなたしかいないのですから、あなたが作ったのです。あなたという本質が、あなたという創造主が、その物を作ったのです。
 「私は本質そのものであり、創造物そのものであり、認識者そのものであり、創造主そのものです。」

 ゆえに、

 ○本質は私そのものであり、創造物そのものであり、認識者そのものであり、創造主そのものです。

 ○創造物は本質そのものであり、私そのものであり、認識者そのものであり、創造主そのものです。

 ○認識者は創造物そのものであり、本質そのものであり、私そのものであり、創造主そのものです。

 ○創造主は認識者そのものであり、本質そのものであり、私そのものであり、創造物そのものです。

 

                                                    -89-

認められているものの中に認めている私がいる。

 「私が存在しなければ何も存在しない!」これは真理です。私が存在し認識するから、すべてのものは存在できるのです。認めている私がいるから、認められるものがあるのです。私が認めているものの中に私がいなければ、認められるものはあり得ないということです。なぜなら、宇宙に認識者は私しかいないからです。その認識者である私は、素材そのものですから、そこに物があるということは、私という素材がその物の中に居ることになります。私という素材がその物の中に居るから、その物が存在でき、また私はその物を認識できるのです。

 反復します。

 認められているものと、認めているものは同じものです。認めている私と、認められている私は同じ私です。私がそのものを認めているから、そのものは存在できるのであって、私が認めなければそのものはあり得ないのです。


                                                     -90-

私達は孤独では無い!。

 私達は、自分の外に何かがあると思っています。だから、家族や友達の無い人は寂しがるのです。しかし私達は、一つの中にいるのであって、沢山の何かと共にいるのではないのです。たしかに、形を見ると沢山の何かがあります。でも、その中身はたった一つしか無い私なのです。その私を生命と呼べば、沢山ある何かは生命そのものです。生命が、私が、様々な形を現わしているだけです。孤独だと思っている私は、生命であり、一つであり、全体なのです。外側に現われているものを見て、沢山のものがあると錯覚し、そこから離れて一人になっているから孤独を感じるのです。沢山の人達がいると思えば、その沢山の人達から離れていれば、孤独に感じるのは当たり前です。でも、その沢山の人達が自分だと思えば、どうして孤独を感じるでしょうか?。

 何もかもが私です。何もかもが私の化身です。すべては私なのです。私を分けるから、物と私が別だと思うのであって、すべての物が私だと思えば、すべて私なのですから、孤独感が生まれるわけはないのです。

 考えても見て下さい。周りに沢山のものがあると思っている人が、自分一人になったら、孤独に感じるのは当たり前ではありませんか?。でも自分しかいないと思っているなら、自分一人になってもそれは当たり前ですから、孤独に感じるわけはないのです。

 あなたが付けている洋服も、靴下も、家の中に置かれているタンスも、テーブルも、テレビも、みな私です。その沢山の私に囲まれている私は、幸せ一杯ではありませんか?。どうか私に声をかけてやって下さい。きっと私は喜ぶでしょう。またそう思えれば、家族がいなくても、友達がいなくても、寂しくないはずです。

 

-91-

 

 

【光のメロディー集/・・・孤独ではない!・・・

 

 

心を汚さない。

 この宇宙には、唯一自分の世界しかありません。世界を作っているのは、自分の意識だからです。自分の心だからです。その心を汚したら平安は崩れ、自分の世界に不幸が蔓延します。反対に心が清らかであれば悩みは無く、自分の世界に幸せが蔓延します。

 外側に本物は一物とてありません。だから、外側から何も受け取ってはなりません。入ってきても拒否することです。無視することです。そうすれば、自分の世界は常に清らかでいられます。 

 心がけるべきことは、自分の心を汚さないことです。傷つけないことです。それは誰がやるのでもありません。自分の意識がするのです。自分の思いがするのです。自分の世界を守るのは、自分の意識しかいない!、自分の思いしかない!、ということを知って下さい。


                                                   -93-

自分が認めないものは無い!。

 何度もいいますように、意識は自分の意識しかありません。それは主観的意識です。一なる意識です。主観とは、自分を起点として考える世界観です。だから自分が主役なのです。

 この宇宙には沢山の「幻」が漂っておりますが、幻ですから実在するものではありません。でもその幻は縁の力を利用して、強引に自分の意識の中に入ってこようとします。それは、自分が作った縁だからです。でも、どんなに自分が作った縁であろうと、自分が拒否すれば入ってくることはできないのです。拒否するとは、認めないことです。認めないものは無いのです。自分の意識に入れないものは無いのです。たとえ強引に入ってきても、自分が認めなければ何の影響も受けないのです。

  • 見て見ず、
  • 聞いて聞かず、
  • 触って触らずです。

 私達が苦しむのは、自分の意識の中に幻を入れるからです。実際に無い幻を有ると錯覚し、自分の屋敷の中に入れるから、屋敷の中が汚されてしまうのです。幻はあくまでも幻ですから、食べないことです。食べなければ腹を壊すことはないのです。

 世界を作っているのは自分の意識ですから、嫌なものは自分の意識に入れないことです。入れなければ、嫌なものの影響は受けないのです。自分の世界をどんな世界にするかは、ひとえに自分の意識次第だということです。だからいうのです。

 ・世界を平和にしたければ、自分の心を平和にすれば良いと。

 ・宇宙を平和にしたければ、自分の心を平和にすれば良いと。

 ・みんなを幸せにしたければ、自分の心を幸せにすれば良いと。


                                                  -94-

宇宙そく我、我そく宇宙。

 あなたは今、意識を持っていますね。ということは、あなたは宇宙を持っていることになります。なぜなら、この宇宙に意識は一つしか無いからです。一つの意識しか無いならば、一つの宇宙しか無いことになり、それはあなた自身であるということになります。個々の肉体を見れば、私があり、あなたがあり、他人があると思ってしまいますが、一なる意識を自分として見るなら、そこには一つの世界、一つの宇宙があるだけです。

 この宇宙には、唯一自分しかいないのです。自分しかいないなら、自分の世界しか、自分の宇宙しか、無いのは当然ではありませんか?。

よろしいですか?。

 

 ○宇宙が有るから自分が有るのではなく、自分が有るから宇宙が有るのですよ!。

 ○宇宙が自分を創ったのではなく、自分が宇宙を創ったのですよ!。自分が宇宙の主なのですよ!。

 

 「宇宙そく我、我そく宇宙」といわれるのは、自分が消えれば宇宙が消え、宇宙が消えれば自分が消えるからです。宇宙を創っているのは自分の意識ですから、自分の意識が消えれば宇宙が消え、宇宙が消えれば自分の意識が消えるのは当然でしょう。自分そのものが宇宙そのものであり、宇宙そのものが自分そのものだからです。

 さあ、思いを内側に向けましょう。その者は宇宙を意識できます。本当の自分と対面できます。その者は、宇宙そく我!、我そく宇宙!、と大宣言することでしょう。


                                                      -95-

私が相手関係を作っている。

 私がいるから相手関係が生まれるのであって、私がいなかったら何の関係も生まれようが無いのです。(私がいなかったら何もあり得ないのだが・・・)私の存在が、すべての相手関係を作っているのです。なぜなら、相手は私の意識が作っているからです。相手は、私が作った私なのです。ですから私は私と関係し合い、様々なドラマを演じ合っているのです。ドラマに出てくる相手役は私であり、そのドラマの主人公も私です。相手は無限に存在しますから、一人無限役、それが私なのです。

 内側には私しかいませんが、外側には無限の私が存在するのです。


                                                     -96-

天上天下唯我独尊(存)の私(わたし・・あたし)。

 一が分化すれば粗雑になり、時空が必要になり、マクロ宇宙が生まれます。分化したものが一つに統合されれば、精妙なるものになり、時空が不要になり、一なるミクロ宇宙に帰ります。

 一なるミクロ宇宙の中にすべての良きものが存在し、それは脈を打ち、呼吸をし、生きています。一なるミクロ宇宙は、何でも吸収し、何でも吐き出すヒョウタンのようなもので、そこが私達の故郷です。そこには唯一がいるだけです。

はミクロ宇宙の主です。ミクロ宇宙から生まれたマクロ宇宙もです。ミクロがマクロを生み、その両宇宙に住み生きて働いているのが、唯我独尊のなのです。ですからこの宇宙には、唯一の世界しかありません。唯一の宇宙しかありません。は世界の主です。宇宙の王です。絶対者です。

 私しかいないのですから、他人のことをとやかく詮索する必要もなければ、心配する必要も、気を使う必要もありません。ただ、自分の幸せだけ考えたら良いのです。自分が幸せであれば、の宇宙は幸せだからです。一見利己的に見えますが、唯我独尊の宇宙において、が幸せであるということは、すべてが幸せであるということになり、これは利他的になるのです。だから、自分の幸せだけ考えれば良いのです。

 その幸せはどこかにあるのでも、誰かが作るのでも、誰かから与えられるものでもありません。の心が作り、の心が与えるのです。の心次第です。

心次第とは、

   どんな影を見ても、自分の心に影を落とさなければ、そんな影は無いという意味です。

 ・どんな悪を見ても、自分の心に悪を見なければ、そんな悪は無いという意味です。

 ・どんな不完全を見ても、自分の心に不完全を見なければ、そんな不完全は無いという意味です。

  影を作り、悪を作り、不完全を作っているのは、自分の心だからです。

繰り返します。

 この宇宙には、しかいないのです。の世界しか、の宇宙しか無いのです。そのが幸せなら、の世界は、の宇宙は幸せです。これが天上天下唯我独尊()の冥利というものです。


                                                        -97-

一つしか無いから私(わたし)しかいない。

 この宇宙には、たった一つのものしかありません。ということは、今現に存在しているすべての物は、そのたった一つのものではありませんか?。ならば私も、あなたも、万象万物も、そのたった一つのものではありませんか?。そのたった一つのものを、私達は神と呼んだり、生命と呼んだりしているのです。ならば私は、あなたは、万象万物は、神ではありませんか?。生命ではありませんか?。

 私達は形を見て鉱物だ!、植物だ!、動物だ!、人間だ!、といっていますが、それらの物はたった一つのものによって創造されたのです。もしそれらの物がたった一つのものでないならば、たった一つしかないという真理は崩れ、宇宙は消滅してしまわねばなりません。しかし現に宇宙は存在しているわけですから、それらの物がたった一つのものであるという証しになるのです。

 だからは、堂々と宣言するのです。

 「この宇宙にたった一つのものしか無いなら、はそのたった一つのものであると・・・。この宇宙にはしかいないのであると・・・。」

  私はたった一つのもので創造された一つのものです。

  あなたもたった一つのもので創造された一つのものです。  

  ・万象万物もたった一つのもので創造された一つのものです。

 だから私も、あなたも、万象万物も、みななのです。しかいないとは、そういうことなのです。

 

宇宙があってがあるのではない!、があって宇宙があるのである。


                                                   -98-