(6)神の愛は完璧である

神の愛は完璧である。

 神の愛は完璧です。

 だから何も思い煩うことはありません。すべて良き方向へ運んでくれます。

  どんな出来事も、すべて善しです。

  どんな苦しみも、すべて善しです。

  どんな悲しみも、すべて善しです。

  どんな人生も、すべて善しです。

 神の愛を信じ、ひたすら今成すべきことを成しましょう!。そのように生きていれば、やがて霧が晴れて視野が開かれ、今まで疑問に思っていた事が納得して受け入れられるようになるでしょう。

 そうか?、

  自分を強くするために必要だったのか!・・・。

  ●魂を成長させるために必要だったのかと!・・・。

 そう思えた時、あなたは神に対して感謝の思いで涙あふれることでしょう。


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神の愛に抱かれている私達。

 神の愛の本性は、穏やか、安定、安寧、平安、平和、大調和です。どこかに愛の凹凸が生ずれば、即座に凸から凹に向かって愛のエネルギーが流れ不バランスを解消しようとします。これが神の愛の仕組みです。宇宙が常に安定を保っていられるのは、この愛の仕組みがどこまでも行き届いているからです。まさに宇宙は、愛そのものなのです。

 私達は愛に支えられ、愛に励まされ、愛に揺り動かされ、次第に有るべき姿に収まって行くよう計られているのです。それは正に、上下左右に揺り動かされ、有るべき型に収まって行くジグソーパズルに似ています。

   どんなに先が見えなくても、未来には希望の光が輝いているのです。

   どんなに闇が濃くとも、闇の向こうには夜明けが控えているのです。

 だから私達は、今与えられた環境で精いっぱい努力して待てば良いのです。そうすれば、神の愛は必ず私達を行くべきところへ運んでくれるでしょう。

 私達は神の愛に抱かれている神の子なのですから・・・。


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有り難いことです!。

 私達は、初めから神の懐の中にいたのです。いや、今もいるのです。未来永劫い続けるのです。私達はいついかなる時も、神の愛に抱かれているのです。

 蝶が喜々として飛び回り、小鳥が憂いなくさえずり、子猫が所はばからずじゃれ合っていられるのは、神の愛を心から信じているからです。しかし人間は、いつも憂い、疑い、恐怖し、落ち着かない日々を過ごしております。これは神の愛を信じていないからです。

 神の愛は、完全へ向かって流れる意志そのものです。私達がどんな事を思おうが、どんな事をいおうが、どんな事をしようが、その結果どんな事が起ろうが、すべて神の愛が消化し最善へと運んでくれているのです。だから安心して生きたら良いのです。

  すべて善です。

  すべて善です。

  すべて善です。

  有り難いことです。

  有り難いことです。

  有り難いことです。

 「有り難う!」の言葉は、神の愛を心から信じられた時に出てくる言葉です。もう、有り難くて!、有り難くて!、仕方がないのです。神の愛が余りにも、高く、深く、大き過ぎて、「有り難う!」の言葉しか出てこないのです。


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【光のメロディー集/・・・ありがとう!・・・

 

 

神の愛を信じよう!。

 今のあなたに苦しみがあるなら、それは必要だから与えてくれた神様からの贈り物だと考えて下さい。今のあなたには、その苦しみが必要なのです。だから、決して神を恨んではなりません。神の愛を信じている者は、決して恨み事をいいません。神の愛を信じられない者が、恨み事をいうのです。 

 神の愛は完璧です。それは後で振り返れば納得のゆくものばかりです。今のあなたの目には非情に写っているかも知れませんが、いつかその意味の深さに感謝できる時がくるでしょう。ですから神の愛を信じ、今出来ることを精いっぱいやって待つことです。そうすれば、必ず前途は開けてきます。

 "そうはいっても、私は苦しい!"といわれる人は、その苦しみが外から来ていると思っているからです。今あなたが背負っている苦しみは、「貴方が」あなたに課したあなたのお荷物です。だから、あなたが担がねばならないのです。担いだ分、必ず強くなれます。大きくなれます。 

 「貴方とは」、本当のあなたのことです。つまり、神様のことです。ですから心配いりません。きっとうまくゆきます。きっと成功します。神の愛を信じ待ちましょう。


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神は人を裁かず。

 神罰が当たるのではないかと恐怖する人がおりますが、神が人に罰を与えることはありません。なぜなら、神は人を裁かないからです。もし神が人を裁くなら、とうに私達はこの世に存在していないでしょう。 

 あなたは今日まで、いかほど悪いことをしてきたと思いますか?。

"いいえ、私は何も悪いことはしていません!"、というなら私はお訊きしたい、あなたは毎日どれほど多くの生き物を殺してきたかと・・・それはそれは、大変な数の生き物を殺してきたのですよ。鉱物も植物も動物もみな生き物です加えて心の中で犯した罪を考えれば、あなたはきっと罪の重さに身震いするはずです。幸い神は人を裁かないがゆえに、今私達は存在できているのです。

 私達が苦しんでいるのは、みな自己処罰です。罪を犯した自分が自分を裁き、自分を罰しているのです。だから神罰を恐れてはなりません。

 恐れるなら、自分の思いと行為を恐れて下さい。


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