(7)すべてに神を見る

たった一つの真実、それは神!。

 世の中には、「真実を知りたい!」という人は大勢おりますが、真実が何なのかを教える人は殆どいません。それは、自分が何なのかを知らないからです。自分を知らなければ、真実が分るはずが無いのです。なぜなら、自分そのものが真実だからです。

 この宇宙には、たった一つの真実があるだけです。それは、すべてが神であるという真実です。

 ならば、

  私は神ではありませんか?。

  あなたは神ではありませんか?。

  万象万物は神ではありませんか?。

 ということは、

  私は真実そのものではありませんか?。

  あなたは真実そのものではありませんか?。

  万象万物は真実そのものではありませんか?。

 たった一つの真実である神が、私であり、あなたであり、万象万物だからです。

 この宇宙には、一つのものしか無いのです。その一つのものが、全ての物を創っているのです。その一つしか無いものを神と呼び、真実と呼んでいるだけです。ならば、たった一つしかない神によって創られた私達が真実なのは、当然ではありませんか?・・・。

 

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神を素直に認めよう!。

 「どんなものにも親がいるなら、神を創られた親は一体誰なのでしょうか?」

と質問する人がおります。でも、それは愚問というものです。なぜなら、神は初め無き始めより存在していたからです。もし神に親がいるなら、その親を生んだ親を探さねばなりませんし、その親を生んだ親もまた探さねばなりません。そうなると、永遠に神の親を探し続けなければなりません。

 原因無き原因が神ですから、神に親がいるはずが無いのです。私達はただ、素直に神を認めたら良いだけです。なぜなら、私が神だからです。あなたが神だからです。全てが神だからです。

 神は、初め無き始めから存在していたのです。初めが無いということは、終わりが無いということです。終わりが無いということは、初めが無いということです。つまり、永遠であるということです。もし神に初めがあり終わりがあるなら、神は永遠でも完全でも無くなってしまいます。そんな神がいるわけがありません。

 造られた人間が、造り主の誕生について詮索する必要などないのです。ただ神を素直に認めたら良いだけです。それでも神の親を探したければ、ご自分に訊いて下さい。あなた自身が神なのですから、答えられるはずです。

 

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神のみぞ知る。

 「神のみぞ知る!」とは、神だけが知っているという意味ではありません。  「神の外に何も知りません」、という意味です。なぜなら、この宇宙には神しか存在しないからです。神しか存在しないなら、どうして神以外のものを知り得ましょうか?。だから「あなたの知っているものは何ですか?」と問われたら、「神の外何も知りません!」、と答えねばならないのです。

 もしあなたが神以外のものを知っているなら、あなたは迷妄を描いていることになります。迷妄を描いている者が、何を知ろうというのですか?。神を知らない者が、何を知ろうというのですか?。すべてのものが神だから、あなたはすべてのものを知ることができるのです。

 この宇宙には、「神のみが独存する」のです。その神を知らなくては、何も知ることができないのです。すべてが神だから、私達はすべてを知ることができるのです。どうかこの意味の深さを知って下さい。


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神は言葉なりき、言葉は神なりき!。

 この宇宙で確かなことは、実際に有るもののみが語れることです。実際に有るのは神ですから、言葉を持つ人間は実際に有るもの、すなわち「神」であります。

 あなたは先ほど、友達と語り合いましたね。本当に友達と語り合ったのでしょうか?。いいえ、本当は神と語り合ったのです。神であるあなたが、神である友達と語り合ったのです。人間は、神が話しているのに、人間が話していると勘違いしているのです。これは神に対する冒涜です。これでは神様から、「あなたは言葉を盗んでいますよ!」、といわれても仕方がありません。

 またあなたは先ほど、自分のことを人間だといいましたね!。これも神に対する冒涜です。これでは神様から、「あなたは嘘をついていますよ!」、といわれても仕方ありません。

 どうか、「盗まない!、嘘をつかない!、」自分になって下さい。


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神は自ら助くる者を助く。

 真実の扉を閉ざしているのは誰でも無い、自分自身です。なぜなら、自分で自分のことを人間だと思わせているからです。神が人間だと思わせているなら、神の力を借りなければなりませんが、思わせているのは自分自身ですから、自分の力で扉を開くしかないのです。

 「神は自ら助くる者を助く!」とは、自分で閉ざした真実の扉は、自分で開きなさいという意味です。

 この世には他力信仰者がごまんとおりますが、彼らは自分で目隠ししていながら、誰かに目隠しを取ってもらおうとしているのです。これでは、いつまでたっても目明きになることはできません。

 この世に救い主がいるとすれば、自分自身です。自分が唯一の救い主です。決して、人を頼ってはなりません。また、宗教を頼ってもなりません。さあ、人間という思いを自分から捨てて、自分で神だと思えるようになりましょう。

 

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何を見ても神!。

  ●何を見ても神

  ●何を感じても神

  ●前を向いても神

  ●後ろを向いても神

  ●横を向いても神

  ●下を向いても神

  ●上を向いても神

 神、神、神、神、神・・・あるのみです。

 

 私に「何か知っているものがありますか?」と質問されたら、私は躊躇なく「神以外何も知りません!」と答えるでしょう。なぜなら、すべての全てが神だからです。花一輪の中にも、砂一粒の中にも、あなたの中にも、私の中にも神はおられるのです。すべてが神だから、私は神以外知る必要もなければ、知ろうともしないのです。

  ●私は神を吸い、神を吐き出しています。

  ●私は神を食べ、神を排泄しています。 

 私の表現は神の表現、神の表現は私の表現です。

  ●笑って神の表現です。

  ●唄って神の表現です。

  ●踊って神の表現です。


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神と人とは瓜二つ。

 神と人とは瓜二つです。姿形が瓜二つといっているのではありません。能力において、機能において、本性において、瓜二つだといっているのです。すなわち、知恵と、力と、光と、愛において瓜二つだといっているのです。ゆえに神に生きたら、私達は幸せになれるのです。しかし人間は自由意志を悪用し、この地上界に様々な悪しきものを作ってしまいました。これは、人間が神であることを知らない無知ゆえです。

  ●戦争もそうです。

  ●病気もそうです。

  ●事件も事故もそうです。

  ●自然災害もそうです。

 神は人間に自由意志という特権を与えておりますが、良心という理性も与えているのです。その二つをバランス良く使い、この地球上に間違いの無い表現をすることが、人間に課せられた使命なのであります。

 

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神は見えないものにして見える物。

 「天使とて神を見たことが無い!」、といわれるように、神を見ることは誰もできません。神には姿形が無いからです。

 「その子を見た時、神を見た!」

のです。

 その子とは私です。あなたです。万象万物です。だから私は神です。あなたは神です。万象万物は神です。なのに人間は、神だと思っていないのです。これは神に対して失礼です。

 花一輪の中にも、砂粒一個の中にも、虫一匹の中にも、神を見て下さい。土の中にも、水の中にも、火の中にも、空気の中にも、神を見て下さい。神は至る処におられるのですから・・・。

 神を神秘化してはなりません。といって、軽んじてもなりません。神は全てのすべて、有りてあるものです。

 ゆえに、

  あらゆるものを愛して下さい。

  あらゆるものを慈しんで下さい。

 見える物みえないもの、すべて神なのですから・・。 

 醜いもの美しいもの、すべて神なのですから・・。

 あなたも私も、すべて神なのですから・・。


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汝の信仰汝を救えり。

 信仰の深さとは、理解力の深さのことをいいます。だから信仰深い人とは、「理解力の深い人」という意味になります。なぜ理解力が深ければ汝を救うかといいますと、理解力の深い人は宇宙法則が信じられるので、法則に逆らうような生き方をしないからです。法則に逆らわなければ不幸の起きようがないわけですから、信仰深き者は安泰なのです。しかし信仰浅き者は宇宙法則が信じられないため、どうしても法則に逆らう生き方をしてしまいます。不幸はその結果です。理解力の無さが、自分を不幸におとしめているのです。宇宙法則が信じられれば、全ての不幸が雲散霧消してしまうというのに、悲しいかな信仰浅き者にはそれが分からないのです。

 幸・不幸の行方は、宇宙の法則をどれほど信じられるかで決まるのです。その信じる力は、理解力から来るのです。すなわち、信仰の深さから来るのです。それは自分自身の問題であって、他人が、宗教が、関与するような問題ではありません。

 では信仰を深めるためには、どうすれば良いのでしょうか?。それは神に一心を集中し、波動(エネルギー)を高めることです。そうすれば、神から啓示が与えられます。その啓示が、理解力を高めてくれるのです。

 救うのは誰でもありません。汝の理解力が汝を救うのです。だから、

 「汝の信仰汝を救えり!」

 なのであります。

 

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