第八集 (2018年)

2018年

1月

01日

「因果の法則」の存在

 物理の法則の中に「作用と反作用の法則」があります。これは、「作用すれば必ず反作用が起こる」と言う法則です。つまり、「原因を作れば必ず結果が生まれる」と言う「因果の法則(宇宙の法則)」と同じ法則です。ただし「作用と反作用の法則」は、物質世界にだけ働く法則ですが、「因果の法則」は物質世界にも意識世界にも働く法則なのです。物質世界で働く「作用と反作用の法則は」人の目に見えても、意識世界で働く「因果の法則」は人の目に見えませんから、実際に「因果の法則」が働いているかどうかは人には分かりません。だから科学者は、「因果の法則」の存在を認めようとしないのです。でも「因果の法則」は、目に見えなくても間違いなく働いているのです。その良い証拠が、この世に沢山の苦しみがあることです。「作用と反作用の法則」で言えば、今の苦しい状態は反作用を受けている状態で、それはその前に苦しくなる作用があった証です。「因果の法則」で言えば、今の苦しい状態は結果(反作用)を受けている状態で、それはその前に苦しくなる原因(作用)があった証です。

 このように 今 苦しい状態があることが、「因果の法則」が働いている証なのです。もし「因果の法則」が働いていなかったら、今 苦しい状態があるわけがありません。原因なしに結果だけがあるわけがないからです。どうしても「因果の法則」の信じられない人は、次のことを良く考えてみてください。

  • なぜ生まれたばかりの赤ちゃんが、苦しい目に遭うのか? 
  • なぜ悪いことをしていない子供が、事件や事故に遭うのか?
  • なぜ罪もない子供たちが自然災害で死ぬのか?
  • なぜ健全な身体を持って生まれてくる人と、不健全な身体を持って生まれてくる人がいるのか?
  • なぜ豊かな国に生まれてくる人と、貧しい国に生まれてくる人がいるのか?

 利口な人なら分かるはずです。

 この「因果の法則」は、「必然性の法則やエネルギー均衡の法則」を支えている根本法則なのです。

2018年1月1日更新

 

 

 

2018年

1月

15日

学びの再確認

 新しくこの真理に出会った人もいると思いますので、復習を兼ね学びの再確認をしたいと思います。

 

 1、学びの目的

 まず、人生の目的を知ることです。私たちは、真理を学ぶために生まれてきたのです。

 では、真理の何を学ぶのか?・・ それは「自分が神である」ことを学ぶのです。

 何のために学ぶのか?・・ それは「自分は神であった!」と自覚するためです。

 

 2、学びの手順

 学びの目的は、神の自覚を得るためですが、それには神の色々な側面を知らねばなりません。その知識は、私の本と勉強会の動画から得てください。ここまでが、学びの初歩の段階です。

 知識を得たら、実践に入ってください。実践することは2つあります。一つは社会体験ですが、これはすでにやっておりますから、あえて言うことはありません。もう一つは瞑想ですが、真理が言葉や文字で教えられないように、瞑想も言葉や文字で教えることができません。ですから、自分で自分なりの瞑想を開拓してください。瞑想そものは、何も難しいことはありません。ただ、マントラを想えば良いだけです。そのマントラですが、できるだけ神の深みを持ったマントラを選んでください。マントラについては、本にも書いていますし動画でも語っておりますので、そこから知識を得てください。

 学びの手順を確認しましょう。

    1. 社会体験すること。
    2. 神の側面を知ること。
    3. マントラを選ぶこと。
    4. マントラを想い続けること。つまり、瞑想することです。

 

 3、瞑想の注意点

  • 瞑想は作法や形ではありません。あくまでも意識状態です。形に囚われないでください。
  • 想念を使ってやるのが瞑想です。想念は何でも実現させる力を持っていますから、想念を集中させ原子核を集めれば目的が叶うのです。
  • いつも集中できれば良いのですが、そうはいかないのが想念です。でも、想うことは歩いていても、座っていても、寝ていても、何をやっていてもできます。座ってやることだけが、瞑想でないことを知ってください。
  • 想念は、同時に2つのことを想えないようにできています。これが想念の素晴らしいところです。なぜなら、瞑想している時は、悪いことは想えないからです。悪いことを想わなければ、悪い業を作りません。瞑想が素晴らしいのは、原子核を増やしなお業を作らないと言う二つの益が得られることです。

 

 以上、学びの再確認をしました。学びで必要なのは、続けることです。続れば、必ず結果は得られます。これは因果の法則が保証してくれるので間違いありません。

2018年1月15日更新

 

※ 私が嬉しいのは、何でも思える、何でも出来る、何でも生み出せる、想念を持っていることです。もう一つ嬉しいのは、「やればやった分なる!」と言う原因と結果の法則が働いてくれることです。この「想念」と「原因と結果の法則」がある限り、あなたの望みは必ず叶えられます。ただし、やり続けなければ叶えられません。これだけは言っておきます。

 

 

 

2018年

2月

01日

見えるものと見えないモノの学び

 皆さんは一般人と違い、見えないモノが真実で、見える物は幻であることを知っています。さらに皆さんは、見える物は見えないモノから生まれ見えないモノに戻り、再び見える物に生まれる輪廻転生のことを知っています。しかし、科学者も一般人もそのことを認めません。だから科学者も一般人も、人間は死んだらお終だと思っているわけです。

 見える物がいずれ見えなくなることは、科学者も一般人も知っています。ならば、見えないモノから見える物が生まれることを、認めなくてはならないはずです。もし見える物から見える物が生まれるなら、見える物は永遠でなくてはならないからです。でも見える物は、必ず見えなくなるのです。と言うことは、見えないモノから見える物が生まれることに疑問の挟む余地はないはずです。このように言うのは、この宇宙には見える物と見えないモノの二つのモノしかないからです。ならば見える物が生まれるには、見えないモノが見える物になるか、見える物が見える物になるしかないはずです。でも前述したように、見える物から見える物が生まれることはあり得ないわけですから、見えないモノから見える物が生まれるしかないのです。と言うことは、見えないモノも見える物から生まれるしかないはずです。「見えないモノも見える物から生まれるしかない」と言うのは、おかしいと思うかもしれませんが、見えない世界から見れば、見える物が見えなくなる変化は、見える物から見えないモノが生まれたように見えるのです。それは、見える物も見えないモノも、同じ一つのモノだからです。一つのモノが、見える物になったり見えないモノになったりしているだけです。その一つのモノを私は、意識と言ったり、エネルギーと言ったり、神と言ったりしているだけです。

2018年2月1日更新

 

※ 想った通りのものが帰ってくる。こんな単純で確かな法則はありません。「良いことを想ったら、良いことが帰ってくる。悪いことを想ったら、悪いことが帰ってくる。この世のことを想ったら、この世のことが帰ってくる。神を想ったら、神の原子核が帰ってくる。」単純にそれだけのことなのです。

 

 

 

2018年

2月

15日

永遠に掴めない自分の意識

 私、私、私、私・・・・と、自分の意識を追いかけて行ってみてください。どこまで追いかけても、自分の意識は掴めないはずです。それは、自分の意識の源が分からないからです。自分の意識の源が分からないと言うことは、初まりも終わりも無いと言うことになります。初まりも終わりも無いから、生まれた体験も死んだ体験も無いのです。

 そうです。私たちは、今まで死んだこともなければ生まれたこともないのです。永遠に生き通しだったのです。だから死後のイメージも、生前のイメージも、持てないのです。

 ある学びの友が、このようなことを言っていました。“もし自分の意識の源が発見できたら、こんな怖ろしいことはないですね!”と・・・もし自分の意識の源が発見できたら、死ぬ自分を発見したことになりますから、こんな怖ろしいことはありません。だから神は、どんなに「私、私、私、私・・・」と追いかけて行っても掴めない意識を私たちに与えたのです。

 あなたは永遠に死にません。だから、安心して生きたら良いのです。

2018年2月15日更新

 

※ 原子核を増やす方法は、1に社会体験、2に瞑想だと言ってきました。1も2も、想念を動かしやっているわけですが、例え体を動かさなくても、想念を動かせば原子核は増えるのです。私が「体を動かせば原子核が増えるから大いに体を動かしてください!」と言ってきたのは、その説明の方が分かりやすいからです。もし体を動かすことでしか原子核が増えないなら、体の不自由な人は原子核を増やせないことになります。神はそのような不平等な仕組みを作るわけがないのです。

 体を動かさなくても想念さえ動かしたら、原子核は間違いなく増えるのです。体を動かすことに囚われ過ぎている人がいるようですので、ご注意申し上げます。

 でも、やはり体はできるだけ動かしてください。重い体を動かすには、やろうと言う強い気持ちが必要で、その強い気持ちが(決意・決心)が、原子核を増やすのです。運動は家の中でも、家の周りでも、どこでもできます。どこへ行く必要も、お金をかける必要も、ありません。神は、「簡単に手短に」原子核が増えるようにしてくれているのです。

 

 

 

2018年

3月

01日

どんな問題も瞑想で解決できる!

 今あなたの環境で起きているどんな問題も、すべて瞑想で解決できます。なぜなら、瞑想し原子核が増えれば、理解力が増し、判断力が増し、先見の明ができ、知恵が増すからです。知恵が増せば、どんな難解な問題も解決の道が開かれるのです。それだけではありません。病気・事件・事故・災難などの苦しみからも逃れられるし、過去の業も拭うことができるのです。

 私たちは苦労して自分の欠点を直そうとしますが、直す必要は無いのです。瞑想し原子核を増やせば良いのです。原子核が増えれば神の性格に近付いてゆくわけですから、欠点などはいつの間にか無くなってしまうのです。 どうか瞑想してください。どんな問題も解決します。瞑想で解決できない問題など無いことを知ってください。

2018年3月1日更新

 

※ 瞑想は、神が人類に与えてくれた最大の贈り物です。瞑想できることに感謝しましょう!

 

 

 

2018年

3月

15日

幸せとは神のこと

 幸せとは神のことなのです。だから幸せな人は神です。不幸せな人は神ではありません。でも、その本性は神です。人間が苦しんでいる状態は、神から遠い状態なのです。人間社会に不幸せがあると言うことは、全く神と違う方向へ行っていると言うことです。

 神はこの宇宙に、幸せ以外何もお創りになっていないのです。なぜなら、神意識そのものが幸せの素材だからです。大宇宙は、その素材で満たされているのです。だから、この宇宙に幸せしかないことになり、神しかないことになるのです。なのに人間社会には、なぜか苦しいことが沢山あります。それは、自分が神の素材で創られた神だと思っていないからです。

 皆さんは何が欲しいのですか? 幸せ以外ないのではありませんか? 今 全人類が、幸せが欲しくて生きているのです。今 人類がやっていること全てが、幸せを得るための方弁なのです。お金も物も、幸せを得るための方弁です。地位も名誉も権力も、幸せを得るための方弁です。良い家庭を持つのも、幸せを得るための方弁です。山に登るのも、海に潜るのも、スポーツをするのも、絵を描くのも、音楽をやるのも、すべて幸せを得るための方弁です。でもそのことを知らない人間は、一生懸命汗水流して方弁のために生きているのです。方弁に走れば走るほど幸せから遠のくと言うのに・・・です。

2018年3月15日更新

 

※ この世の物は、すべて非実在です。でも幸せは、実在なのです。たとえば、夢の中で味わっている幸せも、物を通して味わっている幸せも、どんな形で味わっている幸せも、実在なのです。それは、幸せそのものが実在だからです。つまり、味わっている意識そのもが、幸せの大元の神意識だからです。

 すべての生き物が、幸せを求めて生きているのです。それは幸せだけが確かなモノだからです。だから、私の説いている真理も確かなモノなのです。

 

 

 

2018年

4月

01日

必然は良いこと!

 皆さんは、この宇宙に偶然が有ることを信じますか? もし偶然が有るなら、今 宇宙は存在していないでしょう。と言うことは、今あなたも存在していないと言うことです。今あなたが存在していること自体が、偶然の無い証なのです。それは、あなたそのものが必然の産物だからです。

 どうか安心してください。この宇宙に必然しかないことが分かったら、もう心が揺れることはありません。また起きていること全てが、有り難く受け取れるでしょう。あなたの前で起きている良いことも悪いことも必然であり、それはすべて進化成長に結びついている有り難いことだからです。

 私が一番嬉しいのは、この宇宙がすべて必然によって運ばれている点です。必然によって運ばれていると言うことは、なるべきにしてなっていると言う意味ですから、起きていることはすべて良いことなのです。

 必然とは秩序があると言う意味です。法則があると言う意味です。整然としていると言う意味です。ですから、そこに悪いことの起こりようがないのです。ですから必然の世界は、善そのもの、正義そのもの、整然そのもの、良いことだらけです。

 反対に偶然とは、無秩序であると言う意味です。法則が無いと言う意味です。無茶苦茶であると言う意味です。そんな無茶苦茶な宇宙の中で、どうして安心して生きられるでしょうか? 私たちが曲がりなりにも安心して生きられるのは、偶然の無いことを本能的に知っているからです。

 必然しか無いと思っている人は、心穏やかになります。偶然が有ると思っている人は、不安だらけです。人生を苦しくしているのは、何事も偶然に起きると思い、不安・心配・恐怖の中で生きているからです。心穏やかに生きられるようになるためには、起きていることすべてが必然であり、それはすべて良いことであると、どれほど信じられるかです。

 必然が良いことである理由は、必然の背後に完全な法則が働いているからです。完全な法則の下では、悪いことは起こりようがないのです。法則の下で悪いことが起きるなら、宇宙はそく消滅してしまうからです。神は、魂を進化成長させるために表現宇宙を創造されたわけですから、あなたの周りで起きているどんなことも良いことなのは当たり前なのです。ですから、どんなに悪いように見えていることも良いことだと思い、決してネガティブにならないことです。

 どうか必然を信じてください。あなたの人生を暗いモノにするか明るいモノにするかは、いかに必然を信じられるかで決まるのですから・・・。

2018年4月1日更新

 

※ 必然が良いことなのは、私たちの先輩であるお釈迦様やイエス様や知花先生が、自分の思い通りに生きて自覚の境界線を超えられたこと、そして今も自分の思い通りに生きて進化の途を歩まれていることが証明しています。そんな確かな証拠があるのですから、あなたも自分の思い通りに生きたら間違いなく自覚の境界線が超えられるのです。

 

 

 

2018年

4月

15日

最も重要なこと!?

 人から何か嫌なことを言われた途端に、”カーッ!”となる。これは言った人が、”カーッ!”とさせたのでしょうか? 聞いた自分が、”カーッ!”とさせたのでしょうか? 聞いた自分が、”カーッ!”とさせたのです。”カーッ!”としたら自分の心が汚され、身体まで毒されるわけですから、こんな大損なことはありません。でも殆どの人が、大損なことをしているのです。

 自分の宇宙(心)の管理者は自分自身です。嫌なものを自分の宇宙(心)に入れるか入れないかは、管理者である自分の自由意志で出来るのです。自分が入れなければ、自分の宇宙(心)に嫌なことは入ってこられないのです。だから、すべて自己責任です。

 日々の生活を良くするも悪くするも、人生を良くするも悪くするも、想念が握っているのです。それは、どんな想念を持つかで決まるのです。では、どんな想いを持てば良いのでしょうか? 

 それは・・・

楽しい思いです。

明るい思いです。

感謝の思いです。

ありがとうの思いです。

 一番 良い思いは、神を想うことです。神を想っている時は、日々の生活を良くし、人生を良くしています。物質(この世のこと)のことを想っている時は、日々の生活を悪くし、人生を悪くしています。無常のモノを、無いモノを、幻のモノを、想(瞑想)うからそうなるのです。

 目をつぶってやることだけが、瞑想ではありません。普段思っていることすべてが、瞑想なのです。私たちは今日まで、 何気なく思っていたことで人生を作ってきたのです。それは、瞑想して人生を作ってきたと言う意味です。そのことを知らない人間は、思いたい放題のことをしては、事故 災難 病気 などを招いて苦しい人生を送っているのです。

 思いを軽んじることほど、大罪なことはありません。なぜなら、悪い思いが悪い思いを呼び込み、争い事を生み出してしまうからです。争いごとのすべてが、思いが原因で起きていることを知ってくだい。こんな重要なことを、まだ人類は気付いていないのです。

 どうか、良い想念を持つよう心掛けでください。それは自分だけでなく、人類のためにも、地球のためにも、なるのですから・・・。

2018年4月15日更新

 

※ 皆さんのような熟した魂は、繊細な心を持っていますのでどうしても先読みしがちです。先読みは余計なことを考えるわけですから、これは良いことではありません。

 先読みしないことです。つまり、こうなるのではないか? ああなるのではないか? と、まだなっていないことを先読みしないことです。また、人がこう思っているのではないか、ああ思っているのではないかと、余計な妄念を抱かないことです。

 今あなたがやるべきことは、肉体を維持するために必要なことを真心を込めてやることです。そして余った時間を、瞑想に使うことです。

 

 

 

2018年

5月

01日

自分なりの聖書を創ろう!

 「人類の夜明3・・真実はひとつ」の書は、真理の書としては最高傑作品です。ただし、単に言葉や文字として受け取るなら、それは知識ですから心までは届きません。でも波動として受け取るなら、心の深いところまで届きます。

 神は、夢の中でさえ真理を学べるようにしてくれているわけですから、「人類の夜明3」の書を単なる知識の書で終わらせるはずがありません。そうです。「人類の夜明3」の書の中には、天の想いが篭っているのです。ですから声に出して読めば響きの中から、文字に書けば形の中から、神の想いの波動を汲み取ることができるのです。

 私が皆さんにぜひお願いしたいのは、「人類の夜明3」の書を手書きして欲しいと言う願いです。難しいことはありません。ただ、「人類の夜明3」の書の中から、あなたの好きな言葉を選んで手書きすれば良いだけです。大切なのは、手書きすることです。多く手書きすればするほど天との通路が太くなりますので、天の想いが降りやすくなります。できたら、毎日書いてください。その手書きした真理をまとめれば、自分の座右のバイブルになります。

 私のホームページは真理の宝庫ですから、どこからでも真理の言葉を探し出すことができますが、特にお勧めしたいのは、「人類の夜明3・・451ページ(神の独り言)」です。本をお持ちでない方は、当ホームページの「神の独り言」をご覧ください。

 

 

 学びの友の皆さんは、選ばれた天使です。天の光を地に降ろす使命があるのです。それは、瞑想と、真理の言葉を手書きすることで果たすことができるのです。これは凄いことなのです。

 

 手書きの言葉の一例・・・

 

○ 私は神!

 

神を・・

遠くに探しに行ってはなりません

神は・・

私の手より足よりも近くにおられるからです

また神を・・

外に探しに行ってもなりません

神は・・

私の中におられるからです

また神を・・

神秘化してもなりません

神は・・

何処にでもいるありふれたお方だからです

神は・・私です

私は・・神です

 

○ 私は光!

 

私は光!・・私は光!・・私は光!・・

私は、光から生まれた光の子です。

私は・・眩しいまでに光り輝いています。

 光!・・

 光!・・

 光!・・光!・・光!・光!・光!・光!・・・・・

私は・・幸せいっぱいです。

 

○ 笑いの心!

 

ありがとう! ありがたい! の感謝の心

うれしい! 楽しい! の喜びの心

成せばなるぞ! の希望の心

やってやるぞ! の闘志の心

すごいなあ! 素晴らしいなあ! の感動の心

前進! まい進! のひるまぬ心

わはは! あはは! の笑いの心

 

○ 神様ありがとう!

 

どんな辛いことも、全て善いことです!  

どんな苦しいことも、全てありがたいことです! 

それが・・

進化成長に運んでくれる神の愛です

もう、ありがたくて! ありがたくて! 仕方がないのです

神の愛が、あまりにも深く、高く、大き過ぎて・・

“ありがとう!” の言葉しか出てこないのです

 

神様ありがとう!

本当の自分よありがとう!

 

 2018年5月1日更新

 

 

 

2018年

5月

15日

瞑想の特典

 瞑想ほど大切なことはありません。瞑想は、何でも成就させる力を持っているからです。その事を踏まえ、瞑想の特典を考えてみることにしましょう。

 

○自分の本性が自覚できるようになる。

 求道の目的は、「自分は神であった! 生命であった! 光であった! 意識であった! 」と心の底で思えるようになることです。その境地は、瞑想し原子核が増えれば自動的になるのです。

 

○業が解消される。業を作らない。

 なぜ業を消し業を作らないかと言いますと、瞑想している時には悪いことが考えられないからです。不思議なことに瞑想し原子核が増えれば、段々と悪いこと(余計なこと)が考えられなくなるのです。悪いことを考えなければ業が作られないわけですから、原因と結果の法則によって穏やかな人生になるのです。

 

○病気にもならず事故災難にも遭わない。

 病気になるのも事故災難に遭うのも、光が少ないからです。瞑想し原子核が増えれば光が強くなるので、病気にもならないし事故災難にも遭わなくなるのです。

 

○自分だけでなく、肉親や、親しい人たちや、死んだ人たちの進化に貢献できる。

 瞑想し光を放てば、肉親や、親しい人や、幽界に帰った人たちの進化にも貢献できます。ある段階まで成長した幽界人は、死んで向こうへ帰っても真理を求め続けているのです。そのような魂は、真理を学んでいる人たちの動向を常に見ているのです。もし皆さんが、真剣に瞑想している姿を見せつければ、彼らはきっと見習って瞑想するでしょう。例え迷っている幽界人であっても、瞑想して光っている姿を見せつければ、何かを考えさせることができるでしょう。このように瞑想は、自分だけでなく周りの人たちにも、幽界人たちにも、影響を与えることができる大変意義あることなのです。

 

○人類を、地球を、宇宙を、浄化することができる。

 瞑想している時は光を放っています。その光は、人類をも、自然をも、地球をも、宇宙をも、浄化してくれるのです。

 

2018年5月15日更新

 

 

※ 瞑想すれば人生が好転するのは、この世のことを思わなくなったからです。「想念は実現の母」と言われるように、思ったことは何でも実現するのが想念の力です。その力を今まで皆さんは、この世の苦しいことに使ってきたのです。だから、苦しいことがやってきたのです。人生を良くしたかったら、想念を良いことに使うことです。良いことの一番が、神を想うことなのです。どうかやってみてください。やってダメでも、もともとではありませんか? やらないで嘘だと言わないでください。

 

※ 瞑想すれば、罪滅ぼしになります。瞑想するまでに進化したのは、過去生で犯した罪が学ばせてくれたからです。罪を悔やんで自分を責める時間があるなら、瞑想してください。その時あなたは、罪滅ぼしをしているのですから・・・。

 

 

 

2018年

6月

01日

愛し合うとは?

 愛し合うとは、何を愛し合うのでしょうか? 人を? 何かを? いいえ、愛し合うとは、自分を愛し合うことなのです。それも、外側の自分と内側の自分が愛し合うことなのです。自分の中には、二人の自分がいるのです。一人は真我の自分です。もう一人は自我の自分です。真我の自分が自我の自分を愛し、自我の自分が真我の自分を愛するのが、愛し合いなのです。私たちは、二人の自分を愛し合いながら成長してゆくのです。

 外側の世界は幻の世界です。内側の世界は真実の世界です。ですから他愛は無いのです。あるのは自愛のみです。自愛しかできないのは、他人がいないからです。世間では、「他愛ない!」と言う言葉を ”つまらない!” とか ”しようもない!” と言う意味で使っていますが、他人がいないのですから他愛ないのは当たり前です。自分しかいない世界に、他愛があるわけがありません。だから、自愛で良いのです。

 では、真我の自分が自我の自分を愛し、自我の自分が真我の自分を愛する愛し合いは、どのような愛し方なのでしょうか? それは、いつも想い合うことです。いつも意識し合うことです。つまり、真我はいつも自我を想い(意識し)自我はいつも真我を想う(意識する)ことが、愛し合うことなのです。この愛し合いは瞑想を意味し、自覚の境界線を超えても永遠に続けられるべきものなのです。

2018年6月1日更新

 

※ ある学びの友の詩記(気づき)・・・

 神の絆奏曲「愛」を聞いていて気づきました。人は自我の自分を愛しながら成長してゆくのだと・・・。つまり、自我の自分を認めて、意識して、愛して・・いずれ宇宙を認めて、意識して、愛することができるようになるのだと・・・そう思えた途端、感動で涙が溢れました。

 私の自我が、私(真我)にとっての相手だったんだ・・・この自分がいなければ何も始まらないんだ、と知ってびっくりしました。これは、「真我が私で自我があなたになった」、何とも不思議な感覚です。

 今まで私は、一人の人間として瞑想してきましたが、実際は自我の私と真我の私が愛を紡ぎ合っていたのですね・・・。

 

 

 

 

2018年

6月

15日

必然の素晴らしさ!

 神は完全です。その完全な神が、意味なく何かを起こすはずがありません。起きたことは、みな意味のある必然なのです。その必然は、すべて良いことなのです。それは、そのことしか起きようがなくて起きているからです。完全な神が、そのことしか起きようがなくて起こしているのですから、それが必然で良いことなのは当然ではありませんか? 神が不完全なら、偶然に悪いことが起きても仕方ありません。でも神は完全ですから、良い必然しか起きようがないのです。何かが起きたのは必要あって起きた必然で、そのことが起きることによって進化成長できるからです。ある学びの友が、こんなことを言っていました。「偶然で起きた悪いことは嫌なことですが、必然で起きた悪いことは良いことですね!」と・・・ 。必然しかないのですから、起きたことが良いことなのは当然です。

 起きたことは結果です。結果が生まれて、はじめて起きたことの意味が分かるのです。結果が生まれなかったら、起きたことが良かったか悪かったか分かるはずがありません。それでは学べないのです。

 どんな悪しきことも良いことだと言えるのは、どんな悪しきことも進化成長させてくれるからです。この宇宙には、良い水しか無いのです。川から水を汲んでも、井戸から水をくんでも、海から水を汲んでも、みな良い水なのです。その人には不利益な水に見えても、その不利益な水は利益の水につながっているのですから、不利益な水など無いのです。それは、一つの神の水しか無いからです。これが、何が起きても必然で良いことだと言う意味です。

 神がどうして悪と思えることを、人類に許しているのでしょうか? それは、自我の思いが必然で、その思いで起きた悪いことがすべて良いことだからです。銃を作るのも必然、銃で脅すのも必然、銃で傷つくのも必然、銃で殺されるのも必然です。神は、こんな理不尽なことまで許しているのです。それは、幼い魂を成長させるために必要なプロセスだからです。だから私は、核爆弾を作ることも、使用することも、肯定はしないけれど、否定もしないのです。今 地球上にある悪と思われる物・人・環境は、正しい道に乗せるために必要な諸悪であり、みな必然が用意した良いことなのです。この宇宙は、善と悪・光と闇が互いに支え合いながら、進化成長するようにできているのです。悪はないのです。闇は無いのです。すべて善であり、すべて光なのです。

2018年6月15日更新

 

※ あなたに起きたどんな出来事も、すべて良き必然だと思ってください。例えば、事故に遭った・・ 蚊に刺された・・ 足をくじいた・・ 人に騙された・・ 試験に落ちた・・ 確かに現象面だけ見たら良いとは思えません。でも「風が吹けば桶屋が儲かる」の譬えのように、すべて自分を成長させる良いことにつながっているのです。確かに、苦しいでしょう! 辛いでしょう! 煩わしいでしょう! 腹立たしいでしょう! でも、その厳しいことを乗り越えれば、大きく原子核を増やすことができるのです。

 苦しいことを回避しようとする自己防衛は、進化成長を妨げる矛盾です。どうか、苦しいことから逃げないでください。果敢に挑戦し乗り越えてください。

 

 

 

  【お知らせ】

 修善寺塾

6月は、

6月30日(土)・7月1日(日)の二日間ですが、

7月からは、第4土曜日と翌日曜日の二日間というパターンになります。

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