第三章 究極の治療法

 

  一番大切なのは病気を治すことではなく、病気にならないようにすることではないでしょうか? これは賢い人なら、分かってもらえるはずです。これから述べる三つの究極の治療法は、病気にならない方法であり、たとえ病気になっても、気がついたら治っているという自力の治療法です。その意味では、この究極の治療法は、自分だよりの治療法といえるでしょう。 

 では、三つの究極の治療法について説明したいと思います。

1、想念による治療法

2、言葉による治療法

3、真理による治療法

 

 

1、想念による治療法 

 

 想念の「想」は、「思う」という意味ですが、他にも「成就する」という意味も持っているのです。思えば成就するのが、「想」の力なのです。一方想念の「念」は、目的・願望を意味する言葉です。ですから想念の意味を通して解釈すれば、「目的・願望を思えば成就する」という意味になります。想念は物事を成就する力があるのです。「念ずれば花開く」とか「念ずれば叶う」と言われるのも、想念そのものが理念であり、物の素材であり、創造の力だからです。事実、想念によって飛行機や船やビルなど、様々なモノが作られているではありませんか。また、想念によって戦争・テロ・事件・事故・災害・病気などの惨事も生まれているではありませんか。想念は、良いことも悪いことも何でも生み出すのです。なぜ冒頭にこのような話を持ち出したかといいますと、想念の偉大さが信じられなくては、これから話すことが絵に書いたボタモチになってしまうからです。もし病気になりたくなかったら、また病気を治したいと思うなら、ぜひ想念の偉大さを知り、想念の正しい使い方を覚えてください。想念を正しく使えば、病気になることは絶対ありません。では、想念はどのような働きをするのか、また、どのような想念の使い方をすれば病気にならずにすむか、具体的に説明したいと思います。

 

●想念の凄さを知ろう!

  神は想念によってこの大宇宙を創造されました。その同じ想念を持っているのが、私達なのです。ですから、私達は何でも作ることができるのです。良いことも、悪いことも・・・。人類が今苦しんでいるのは、その想念を悪用しているからです。特に病気はそうです。私達の悪しき思いが、様々な病気を生み出しているのです。それほど想念は、凄い力を持っているということです。ということは、想念を良いことに使えば幸せにもなれるということです。あなたは、何でも生み出す打ち出の小槌を持っているようなものなのです。もし、あなたが日々良い想念を持って暮らしたら、幸せな人生を歩むことができるでしょう。

 想念は、自分の自由意志で自由に使うことができます。使うのに誰の許しも要りません。また、誰にも邪魔されません。これほど使い勝手なモノは無いのです。ですから軽々しく使ってしまうわけですが、それが自分を苦しめているのです。

 人生はすべて想念の作品です。あなたの人生は、想念が握っているのです。良い人生にしたかったら、どうか良い想念を持つよう心掛けてください。

 

想念は食べ物にも影響を与えている

 想念は食生活の中にも入り込んでいます。感謝の念を持って耕した畑は実りが多く、無感謝の念をもって耕した畑は実りが少ないのです。戦場の跡地からあまり作物が採れないといわれるのも、戦った者の恐怖や無念の想いが残っているためです。欲念を持って飼った牛の乳は栄養価が低く、愛念を持って飼った牛の乳は栄養価が高いのも、想念の持ち方によるのです。お母さんの握ったオニギリがおいしいのも、お母さんの愛念がしみ込んでいるからです。このように想念は、私達の食生活に少なからず影響を与えているのです。もしあなたが、不平不満を持って食べ物を食べたら、体内に大変な毒を作るでしょう。喜んで食べたら、肉体細胞は健全に働いてくれるでしょう。ですから食事も作るなら、楽しい気分で、嬉しい気分で、明るく朗らかな気分で、作ってください。きっと家族の健康に役立つでしょう。

 

●想念移入の恐ろしさを知ろう!

 近年犬や猫が糖尿病になったり、歯槽膿漏になったり、風邪を引いたりするようになりましたが、これは人間の悪想念の移入によるのです。こんなこともあります。怒りっぽい人の飼っている犬は凶暴になり、温和な人の飼っている犬はおとなしくなります。優しく扱った花や木は長持ちし、邪険に扱った花や木は余り長持ちしません。よく子供のことを心配する親がおりますが、心配すればするほど子供に悪いことが起きます。世の人々は、心配してやることが良いことだと思っています。また、心配される方もそれを望んでいます。でも、これは逆効果なのです。近年、空気や水や土までも汚れてしまいましたが、これも全人類の悪想念の移入によるのです。ですから、「私の想念だからどのように使っても構わない!」と言わないでください。あなたの想念は、地球全体に影響を及ぼしているのです。この想念移入は、良いことにも働くのですから、良い想念を持つよう心掛けてください。そうすれば原因と結果の法則が、あなたに幸せをもたらせてくれるでしょう。

 

●良いことに想念を使おう!

 私たちは、常に何かを思っています。思わないでいられる人など、一人もいません。想念は、そのように創られているからです。皆さんは、その思いを何に使っていますか? 殆どこの世のことに使っているのではありませんか? それも心配したり、憂いたり、怒ったり、恐怖したり・・・その悪しき想いが病気にしているのです。

 想念は何でも生み出すのです。良いことも悪いことも・・・。もし想念を動かさなければ、何も生まれないでしょう。ということは、何も思わなかったら不幸災難から一切逃れられるということです。当然、病気にもならないでしょう。しかし私たちは、5分と何も思わないでいられません。ならば、良い想いを持ったらどうでしょうか。そうすれば、良いことばかりがやってくるはずです。どうか想念を、良いことに、明るいことに、建設的なことに、ポジティブなことに、夢溢れることに、使ってください。そうすればあなたは、間違いなく健康にも幸せにもなれます。

  

 良い思い癖をつけよう!

 同じ想念を繰り返し使えば思い癖がつきます。たとえば、ネガティブなことばかり想えば、ネガティブな思い癖がつきます。ポジティブなことばかり想えば、ポジティブな思い癖がつきます。これが、思いグセという業です。この思いグセが、人生を明るくも暗くもしているのです。病気はみな、悪想念の産物です。特に慢性病はそうです。良い思いグセをつけるか、悪い思いグセをつけるかは、想念をどう使うかなのです。それは、あなたの自由意志でできるのです。誰かが、何かが、あなたを病気にしているのではないのです。あなたの悪想念が、あなたを病気にしているのです。ならば良い想念を使って、明るい人生にしたらどうでしょうか・・・? それは、お金もかからないし、どこへ行く必要もないし、何の技術も要らないのです。ただあなたが、想念を良く使えばいいだけです。

 

●自分が自分を苦しめていることを知ろう!

 世の中には、” なぜ私は、こんなに苦しまねばならないのだ! ” と嘆いている人がおりますが、その人はその苦しみが誰かのせいでなっていると思っているのです。だから、親を恨み、人を恨み、世を恨み、神まで恨んでいるのです。でも、誰もその人を苦しめていません。苦しめているのは本人自身です。つまり本人の悪想念が、本人を苦しめているのです。想念は自由に使えます。何の制限も制約も束縛もありません。誰にも邪魔されないで使えるのが想念なのです。その自由な想念を良く使えば、幸せになれるのです。苦しみを人のせいにしないでください。病気を人のせいにしないでください。どうか、自分が自分を苦しめていることに気付いてください。

 さあ、良い想いを持ちましょう! 人生は想念次第なのです。

 

●悪的想念を出さないよう気をつけよう!

 情報社会といわれる今日、多くの人たちが情報に扇動され、無意識のうちにネガティブな想いを使っています。そのために、ますます事件や事故が増えています。今日、年に数万人もの自殺者を出しておりますが、すべて悪想念による惨事です。地球の周りには、悪しき想いの波動が飛び交っているため、同じような波動に出合うと同調するのです。自殺願望の想いと周りの悪的波動が同調して、自殺まで発展しているのです。交通事故もそうです。工事現場の事故もそうです。殺人も、強盗も、戦争も、みなそうです。すべて悪的想念が同調して起きている惨事です。ネガティブなことを想えば、事件事故災難を引き寄せるのです。そんな恐ろしいことに想念を使わないでください。使うなら、楽しいことに、ポジティブなことに使いましょう。

 

●自分の想念に責任を持とう!

 気象異変がますます深刻化しています。火山の噴火や地震も頻繁に起きるようになっています。また、その規模も拡大しています。私たちの想念は、雨にも風にも影響を与えるのです。人類が良い想念を出している時は、雨も風も穏やかに降り穏やかに吹きます。しかし悪い想念を出せば、激しく降り激しく吹くようになるのです。自然界はそのことを、反面教師となって人類に教えているのです。異常気象を自然のせいにしないでください。地震や火山の噴火を自然のせいにしないでください。

 あなたはいつも、どんなことを想っていますか? 良いことを想っていますか? 悪いことを想っていますか? 悪いことを想っている時の方が多いのではありませんか? それでは、地球はたまったものではありません。私たち一人ひとりの想念が、地球環境を良くも悪くもしているのです。どうか、一瞬一瞬の想いに責任をもってください。あなたの想いが、地球を良くも悪くもしているのですから・・・。

 

白い息を吐くよう心がけよう!

 大都会の空気が重いのは、悪想念が多く漂っているからです。田舎の空気が軽いのは、悪想念が都会より少ないからです。良い想念は軽いのです。悪い想念は重いのです。重い空気の下では犯罪が多発するのです。あなたは、自分に責任ないと思っているかもしれませんが、悪い想念を出している時には、あなたは犯罪に加担しているのです。どうか良い想いを持って、あなたの周りの空気を軽くしてください。良い想念の一番は、神を想うことです。その時あなたは、白い息を吐いているのです。悪いことを思っている時は、黒い息を吐いているのです。黒い息を吐きながら、「社会が悪い!」「私は苦しい!」と泣き言をいわないでください。一瞬一瞬のあなたの思いが、あなたの人生を作り、社会を作っていることを知ってください。

 

●感謝の思いを持とう!

 「ありがとう!」と書いたコップの水が長持ちし、「バカヤロー!」と書いたコップの水が腐りやすいのは、人の想いが念写として残るためです。いかに想念の力が恐ろしいか、この実験からも分かろうというものです。

 あなたが無事生きていられるのは、日の恵み、雨の恵み、地の恵みなど、天の恵みのお陰ではありませんか? その恵みに感謝してください。「ありがとう!」の感謝の思いは、すべてのモノの波動を高めます。あなたの着ている服も靴もメガネも、あなたの周りにいる猫も犬も小鳥も、勿論あなたの肉体細胞も、すべてあなたの想念の影響を受けているのです。あなたが感謝の想念を持てば、あなたの肉体細胞は勿論、あなたの周りのすべてのモノが喜ぶのです。喜ぶということは、良い働きをしてくれるということです。良い環境になるということです。健康になるということです。良い人生になるということです。どうか、「ありがとう!」の感謝の思いを持って生きてください。

 繰り返し言います。「ありがとう!」の感謝の思いは波動を高めます。浄化します。幸せを持ってきます。これは想念の力からして、間違いないことなのです。 

 

●想念の性質を利用しよう!

 私たちは、自由意志を持っています。だから私たちは、何でも思えるわけです。でも、同時に二つのことは思えません。良いことも想い、同時に悪いことも想えないのです。これが想念の良い点でもあり、悪い点でもあるのです。同時に二つのことを思えないということは、悪いことを思っている時は良いことを思えず、良いことを思っている時は悪いことは思えないということです。この想念の性質を利用し、良いことに、明るいことに、建設的なことに、肯定的なことに、ポジティブなことに、想念を使いましょう。その時あなたは、宇宙に貢献していることになるのです。

 一番良いのは、神を想うことです。それも、できるだけ多く想い続けることです。神を想い続けていれば、あなたの性格は神に近づきます。そうすれば、自分の欠点を直そうとしなくても、自然と無くなってゆきます。当然、原子核も増ます。これは神を想う者に与えられる特典でず。ぜひ、神を想い続けてください。

 

●想念で邪悪な波動を退けよう!

  昨日まで体の調子が良かったのに、今日急に調子が悪くなったという人は、間違いなくネガティブな波動にやられています。つまり、サタンにやられているのです。その時は、真理を求める気持ちも弱くなっているはずです。そのことにぜひ気付いてください。気付いたら、「サタンよ見破ったぞ! サタンよ退け! サタンよ出てゆけ! 出てゆけ! 出てゆけ! 」と、心の中で叫んでください。もし、どこかに痛みがあったら、「想わない! 想わない!  想わない!  」と思ってください。「想わない! 」と思うだけで結構です。きっと調子が良くなるでしょう。調子が良くなったら、瞑想してください。瞑想しやすくなるはずです。

 想念で邪悪な波動を追い出せるのです。それほど想念は、凄い力を持っているのです。

 

●良い言葉を使おう!

 「言葉は神なりき!」です。私達の言葉には、神と同じ力が秘められているのです。それは、私達が神の子だからです。ですから、よほど注意して言葉を使わなくてはならないのです。

 社会で高い地位を占めている人の言葉ほど、人々に強い影響を与えることはありません。たとえば、医者が患者に絶望的な話をしたら、患者の命を縮めるほどのダメージを与えてしまうのです。テレビでアナウンサーが、「風邪に気をつけてくださいとか、花粉に気をつけてくださいとか、」いいますが、これは聴いている人に暗示を与え、本当に病気にしてしまうのです。それほど、言葉の力は恐ろしいのです。それは、言葉の前にあるのが想念だからです。想念は実現の母です。想念は何でも作るのです。ですから、決して一秒たりとも悪想念を持ってはなりません。その付けは、間違いなく自分に返ってきます。言葉も使うなら、良い言葉を使いましょう。良い言葉とは、肯定的な言葉です。「そうですね! よろしいですね!  いいですね!  うまくゆきますよ!   大丈夫ですよ ! 」 たとえ都合の悪いことが起きても、「勉強のために時間を与えてくれたんですよ!  成長のために必要だったんですよ! 」とポジティブに捉え、決してネガティブにならないことです。否定語は、サタンの言葉です。神の言葉に否定語は無いのです。なぜなら、神の作られた世界に悪しきことなど無いからです。良くなるための悪しきことはあっても、悪くなるための悪しきことなど、神の世界には無いのですから・・・。

 

●神経質にならないようにしよう!

 今、地球では腐敗が急激に進んでいます。人の想念が陰に傾けば、エネルギーのバランスが崩れるため、腐敗が進むのです。陰的想念とはいうまでもなく、ネガティブな想念のことです。昔は今よりも、食べ物の日持ちがしたのです。しかし今は、当時に比べ腐敗のスピードが増しています。これは、農薬や化学肥料の使用によるエネルギー低下も原因の一つですが、賞味期限に神経質になっている人の想念が、腐敗に拍車をかけているのです。人の想念がポジティブであれば、これほど腐敗は進まないのです。これは花粉症にもアレルギー病にも、いや、すべての病気にもいえることなのです。ネガティブな情報が神経質な想念を誘い、病気を重くしているのです。たとえ賞味期限が少々切れていても、気にしないことです。昔は気にしないで食べていたのです。その頃のほうが食あたりは少なかったのです。 だからといって、無神経な生き方をして良いといっているわけではありません。やはり、中庸を守る必要はあるのです。何でも行き過ぎは良くないのです。中庸については、「真理による治療法」の中で詳しく述べたいと思います。

 

 ●すべて想念の産物であることを知ろう!

 想念の影響が端的に現れるのが、スポーツ競技です。アスリートの気持ちが明るくなれば、自分たちの都合の良い方へボールが転がり、暗くなれば、都合の悪い方へ転がります。だからスポーツ競技では、連勝連敗がつきものなのです。私たちの普段の生活においても、悪いことが起きれば悪いことが続けて起こり、良いことが起きれば良いことが続けて起きる、といったことが良く見られます。すべて想念がやっていることなのです。こんなこともあります。人のアクビやクシャミにつられ、自分もしたくなることが・・・、これは外側の現象につられ、自分の思いが動くからです。よく柳の木を幽霊と見間違えて肝を冷やすことがありますが、これは想念が肉体に与える顕著な例の一つです。心配すれば、胃が痛みます。恐怖すれば、心臓の動悸が激しくなります。憎んだり怒ったりすれば、腎臓や肝臓の機能が低下します。病気は、すべて想念の産物なのです。肉体は、想(心)いの写し鏡であることを知ってください。

 

●意識を内側に向けよう!

 インターネットや携帯電話が真っ盛りの今日、地球では悪想念の垂れ流し状態になっています。この状態が続けば、地球は破壊されてしまうかもしれません。事実、テロ、暴動、事件、事故、病気、自殺、自然災害が増大しているではありませんか。

 よくテレビで残虐な殺人現場を映しますが、これほど人の心に悪意を植え付けることはありません。想念のコントロールのできない人類に、そのような残虐なことを見せれば、それが引き金となって実際に殺人を引き起しかねなくなるのです。事実、毎日のように殺人事件が起きているではありませんか。あまりにも人間は、情報の管理がずさんすぎます。要らぬ情報は受け取らないことです。また、要らぬ情報は発信しないことです。情報を欲しがるのは、心が寂しいからです。一般人は仕方がないとしても、真理を学んでいる人は、要らぬ情報を受信発信しないことです。外側から入ってくる情報は、心を乱しますので病気の要因になるのです。できるだけ意識を内側に向けてください。そうすれば心が安らぎます。安らぎの心の中に、悪の芽も、病の芽も、育ちません。

  

想念を正しくコントロールしよう!

 私たちが持っている唯一の財産は、想念です。この財産は、どんな宝物よりも価値があるのです。なぜなら、想念によって何でも得られるからです。お金も財産も健康さえも・・・。だから、想念のコントロールが大切になってくるのです。私たちは、想念のコントロールを学ぶために生まれてきたといっても過言ではないのです。想念は自由です。誰にも邪魔されず、いつでも自由に、どのようにでも思えます。それだけに、どうしても悪用してしまうのです。でもそれは、想念の恐ろしさを知らないからです。どうか、正しい想念を持ってください。そうすれば、病気にならずにすみます。

 ネガティブな想いは光を閉ざし、ポジティブな想いは光を呼び込むのです。光はエネルギーですから、光を閉ざせばエネルギーが低下し、光を呼び込めばエネルギーが高まるのです。エネルギーを低めたくなかったら、できるだけネガティブなことは考えないことです。どうしてもネガティブな思いが消せないなら、神(生命)を想い続け、ネガティブな想いの入る隙を与えないことです。ベッドで寝ている人は何もすることがないのですから、やる気になればできるはずです。真剣にやれば、間違いなくエネルギーは高まります。それでもネガティブな想いから抜け出せない人は、睡眠を多くとることです。なぜ、眠ると元気になるかといえば、眠っている間ネガティブな想いから解放されるからです。ネガティブな想いから解放されれば光が入ってきますので、エネルギーが高まり元気になるのです。といっても、睡眠薬を使って眠ることは良くありません。音楽を聴くとか、外の自然を見るとか、青空を見るとかすれば、自然と眠けに誘われますので、その方法をおすすめします。それより一番いいのは、生命(神)を想うことです。私たちの本性は生命(神)ですから、生命を想えば心が安らぎ眠くなるのです。

  

●想念によって訴えかけよう!

 あなたが病気になったのは、想念を苦しみに使っていたからです。想念を良く使えば、良いことが・・・悪いことに使えば、悪いことが・・・これが想念の仕組みですから逃れられないのです。といっても、肉体が痛んでいたら良いことを想いたいと思っても、なかなか想えるものではありません。ではどうするか?・・・このように想ってください。「何も思わない! 何も思わない! 何も思わない! 何も感じない!  何も感じない!  何も感じない!  」と自分の心にいい聞かせるのです。そうすれば、痛みが和らぎます。なぜ和らぐかといいますと、それは肉体が痛んでいるのでは無く、心が痛んでいるからです。ですから、痛んでいる心をなだめるのです。そうすれば、痛みは和らぎます。痛みが和らいだら、生命を、神を、光を、想うことができるでしょう。想念は、肉体感覚さえも支配できるのです。どうか、想念の偉大さを知ってください。さあ、良い想いを持ち続けましょう。

  明るく、明るく、朗らかに・・・

  何事も良く受け取り・・・

  生命を想い、神を想い、光を想い、日々生きましょう。

  

●自分の想念が病気にしていることを知ろう!

  病気になった結果があったということは、病気を作った原因があなたの中にあったということです。ということは、自分が自分に与えた病気だということです。 こういうことです。

 自分の課題は、自分が良く知っています。でも自我の自分は、なかなか気づかないのです。だから気づいてもらいたくて、真我の自分が自我の自分に病気を与えるのです。自分が自分に与えるわけですから、越えられない病気など無いのです。だから、病気になったからといって余り深刻にならないことです。

 病気は、想念を正しく使いなさいというシグナルなのです。それは、想念を正せば解決できる問題なのです。外から病気が来ることはありません。内なる想念から病気は来るのです。どうか、自分の想念が病気にしていることを知ってください。このことを知れば、あまり心配しないですむでしょう。

 何も難しいことはありません。自分の想念を正せば良いのですから、こんな簡単なことはありません。

 

●病気を忘れよう!

 意識すれば、エネルギーが集まります。意識しなければ、エネルギーは集まりません。良いことを意識すれば、良いエネルギーが集まってきます。悪いことを意識すれば、悪いことが集まってきます。病気は、悪いことを意識した結果なのです。ですから、悪いことを意識しなければ病気にならないし、なっていても良いことを意識すれば病気は治るのです。ということは、何も意識しなければ何も生まれないということです。だから私は言うのです。病気を忘れてくださいと・・・。この意味の深さは、半端ではないのです。意識の凄さを物語っているのです。これから述べる五つのことを、心の底に深く深く落としてください。深く落とした分の成果を我が身で体験できるでしょう。

①悪いことを一切考えないようにする

 世の中には病気になることを恐れ、必要以上に飲み物や食べ物に気を使ったりしている人がおります。でも、神経質になると返って病気になってしまうのです。健康に気を使うのは、病気になることを恐れているからです。恐れていて、どうして健康になれましょうか。不摂生な生き方も良くありませんが、余り神経質になっても良くないのです。本当は、病気のことは考えない方が良いのです。前述したように、悪いことを意識すれば悪いことを引き寄せるのです。ですから、病気のことは考えないことです。病気は実際には無いのです。そんな無い病気のことは考える暇があるなら、良いことを考えてください。

 本来、この宇宙に悪いものなど無いのです。病気など無いのです。不幸など無いのです。私達の意識が、悪しきことを作っているだけです。ですから、悪いことは意識しないことです。悪いことは一切考えないことです。それが、偉大な意識を持たされた賢い人の生き方です。

②意識しないようにする

 以前私は、後頭部に傷を負ったことがありました。治りかけて瘡蓋ができたのですが、どうもその瘡蓋が気になるのです。それ以来、瘡蓋が無くならないのです。一種の皮膚病になってしまったようです。真理をかじり始めたころ「意識が物を作る」と書いてある本を見て、ハッと気づいたのです。もしかしたら、気にしているから無くならないのではないかと・・・。そこで私は、気にしないよう心がけたのです。気にしなくなって三週間ほどたった頃、ふと頭に手をやると、何と瘡蓋が無くなっているではありませんか。当時、私の母も首筋に何かできており、毎日軟膏を塗っていました。そこで母に私の体験を話し、意識しないよう進言したのです。何週間か経ったある日、ふと母の首筋を見ると、きれいに治っているのです。母は大感激でした。「悪に抗するなかれ! 」とは、「 悪い想念を持つな! 」という意味なのです。

 こんな話もあります。ある人が医者から胃ガンの宣告を受けたのです。当人が悩んだのはいうまでもありません。でも三週間後、それが誤りだったことが分かったのです。どうも、他人のレントゲン写真と取り違えていたらしいのです。告げられた本人はホッとしましたが、どうも胃の具合が良くないのです。そこで改めてレントゲン検査したところ、何と、以前レントゲン写真に無かった病巣が写っているではありませんか。それも、見せられた写真と同じ場所にできているのです。たった三週間で、心配の想念が病気を作ってしまったというわけです。きっかけとなったのは誤報ですが、病気を作ったのは自分の想念です。肉体は生きてはいないのですから、肉体が勝手に悪くなるはずはないのです。三週間悩んだ自分の想念が病を作ったのです。ガン検診は、ガンを恐れている人達のすることです。だからガン検診を受けている人ほど、ガンになる確率が高いのです。意識しなければガンになることは無いのですから、意識しないことです。「寝ている子を起さないことです。」これは、意識しなかったら何も生まれないという、裏返しの実証例なのです。

 この宇宙には、神の意識しかありません。その同じ意識を持っているのが私達なのです。同じ神の意識だから、意識すれば何んでも作ってしまうのです。それほど私達の意識は、凄い力を持っているということです。だから、決して悪いことを想わないことです。どうか、意識の凄さを、想念の凄さを、再認識してください。

③委ねて忘れる

 私達の肉体は、大宇宙を創造した同じ力によって万全に管理されているのです。その力は、生命力という力です。その生命力は、半端な力ではないのです。もう、もう、どんな固い物も消化し、どんな壊れた物も蘇生し、どんな崩れた物も建て直し、どんな病気も癒す、もの凄い力を持っているのです。その生命力が、あなたの肉体の中で働いているのですから、病気になるわけがないのです。今体調が悪いのは、あなたの悪想念が生命力の働きを邪魔しているからです。悪想念で邪魔しなかったら、肉体は完全な働きをしてくれるのです。

さあ、あなたの肉体を生命力に委ねてください。まず、こう思いましょう。

 「私の肉体の中で偉大な生命力が働いている! 私の肉体の中で偉大な生命力が働いている! 私の肉体の中で偉大な生命力が働いている! 」と何度も自分に言い聞かせてください。そして、

 「今から私は、偉大な生命力に肉体を委ねます! 任せます!  預けます! 」と深く思ってください。次に、

 「生命力に委ねたのだから、もう何も思い煩うことは無い! すべてうまくやっってくれる!  すべてうまくやってくれる!  すべてうまくやってくれる! 」と強く思ってください。

たとえ、どこかに痛みがあっても、

「この痛みは、以前に持った悪い思いグセの名残である! 名残である! 名残である! だから消えてゆく!  消えてゆく!  消えてゆく!  何も心配することはない! 何も心配することはない !  何も心配することはない! 」と思い続けることです。

 生命力の偉大さを信じましょう。それは、それは、半端な力ではないのですから・・・宇宙を創造するくらいの力を持っているのですから・・・

「何を食べ、何を飲み、何を着けんと思い煩うことなかれ!」です。病気のことは一切忘れてください。中途半端な忘れ方ではダメです。完全に忘れましょう。宇宙を創造した同じ力が肉体の中で働いているのですから、安心して任せることです。任せたら、一切病気のことは考えないことです。すべて生命力に任せることです。生命力にすべて任せる、こんに楽な生き方無いのではありませんか? 

④分業制を守る 

 生命力は、肉体を正しく維持・管理・運営する役割を持っています。想念は、魂を大きくする役割を持っています。それぞれの役割が正しくなされることによって、肉体原子の魂と生命核の魂が平行して進化してゆくことができるのです。しかし、生命力の方は役割を守っているのですが、想念の方が役割を守っていないのです。つまり、病気になりやしないかと心配し、肉体の方に想念を向けてしまうのです。それでは、生命力の働きを邪魔するわけですから、病気になるのも無理はないのです。体を動かす時以外は、肉体の方に意識を向けないことです。分業制を守り、意識を神の方に向けることです。つまり、神を想い続けることです。どうしても肉体の方に意識を向けそうになったら、「分業! 分業!  分業! 」と自分の心に言い聞かせてください。

 どうか、あなたの悪想念を肉体に介入させないでください。生命力を自由奔放に働かせてやってください。そうすれば、あなたは一生健康でいられるでしょう。どうか、分業制を守ってください。

⑤エネルギーを断つ!

  肉我(自我・サタン)は生き残りたいから、何かと病的症状を起こしては肉体に意識を向けさそうとするのです。肉体に意識を向ければ、サタンにエネルギーを与えるわけですから、ますますサタンは横暴なるのです。つまり、病状は悪化するのです。この横暴を止めるには、エネルギーを断つしかありません。断つ方法は、肉体に意識を向けないことです。でも痛みがあると、どうしても肉体に意識が向いてしまいます。でも、それがサタンの手口なのです。たしかに痛みや苦しみは、"あなたは肉体を酷使していませんか?"、という肉体からの警告です。でも、そんなに酷使していないのに病的症状が起きるのは、サタンの仕業なのです。

 胃や腸が痛む人、胃腸の弱い人、便秘気味の人、神経性の下痢を起こす人、ガスが溜まる人、みなサタンが症状を起こしているのです。胃腸だけではありません。心臓病も、腎臓病も、肝臓病も、泌尿器の病も、肺の病も、すべてサタンが起こしているのです。

 何度も言いますが、肉体が病気になることはありません。自分の悪想念が病気にしているのです。その悪想念を誘って症状を引き起こしているのは、自我・肉我・サタンなのです。彼らの手口は、病気を意識させることでエネルギーを得ているのです。そんな手口に乗ってはなりません。といっても、症状が出ては心配しないでいられないでしょうから、次のような思いで心配を打ち消してください。

この症状は、悪想念を持っていた時の名残だから、いずれ消えてゆく! 消えてゆく! 消えてゆく! 」と思うことです。更に、「何も思わない! 何も思わない! 何も思わない!  何も感じない!  何も感じない!  何も感じない!  」と思うことです。症状が和らいだら、神を想うことです。

 想念の偉大さ、凄さは、自分の身で実体験した者でなくては分かりません。ですから、今自分は、想念の偉大さを実体験をさせられている」とポジティブに受け取ってください。そう思えば、ネガティブにならずにすみます。良く受け取れば、気分が明るくなります。明るくなれば、闇(病)は退散するしかありません。

⑥できるだけ意識を形の世界に置かない!

 形(物・肉体)は本当にあるモノではありません。はっきりいって形は幻です。でも、意識は本当にあります。幻の形に意識を置くから、不幸・災難・病気になるのです。常に意識に想念を置くことができたら、不幸・災難・病気などとは無縁な人になるでしょう。とはいっても、今の私達は形を持っていますから、形を無視して生きるわけにはゆきません。無視して生きたら形が維持できないからです。では、どうするか? 中庸に生きたら良いのです。つまり、形の世界にも生き、意識の世界にも生きるのです。私が望むのは、一日の内せめて二時間は、意識に想念を置いて頂きたい。つまり、二時間想念を瞑想に使って頂きたいのです。そのように生きれば、極端なエネルギー低下から免れます。

 本当にある意識に想念を置いたら、素晴らしいエネルギーに満たされます。形に想念を置いたら、少しのエネルギーも貰えません。意識はエネルギー(光)の海です。形は幻(暗黒)の海です。どうか、できるだけ意識に想念を置くよう心掛けてください。きっと、幸せな人生を送れることでしょう。

 

⑦意識(想念)を肉体から離す

 肉体は非常に波動が低いですから、そこに意識を置いていては、いつか必ず病気になってしまいます。どうか、波動の高いモノに意識を置いてください。そうすれば、病気になることはありません。では、波動の高いモノは何でしょうか?

 形の世界で一番波動の高いのは、大宇宙です。次に波動の高いのは、大自然です。

 ・花や木々・川や山岳・湖や海など・・・

 ・星雲や恒星や惑星や衛星などの星々・・・ 

 確かに、形の世界で一番波動が高いのは大宇宙や大自然ですが、それよりも波動が高いのは意識の世界の神・生命・光」です。この神に・生命に・光に・」多く意識を置けば置くほど幸せになれます。どうか、神を、生命を、光を、意識してください。つまり、瞑想してください。間違いなく幸せになれます。

⑧気持ちを強く持つ

 気弱になってはサタンの思う壺です。サタンは、気弱に漬け込んで忍び寄ってくるのです。強い気持ちを持っていれば、絶対サタンは寄り付きません。強い気持ちを持てば、光(エネルギー)が強くなりますから、サタンは退散するしか無いのです。昔かから「気持ちがたるんでいるから風を引く」といわれてきた理由は、気持ちが落ち込めば光(エネルギー)を閉ざしてしまうからです。何が起こっても、気持ちを強く持ってください。それは自分を強くするために起きたことですから、みな良いことなのです。良いことと想えれば、エネルギーは強まります。そこに、サタンの付け入る空きはありません。気持ちをどう持つかも、想念次第なのです。どうか、強い想念、ポジティブな想念、良い想念を常に持ってください。

 

●想念をさしおいて勝手に病気になることはない!

 自分しか存在しない、自分の想念がすべての世界において、自分の知らないところで勝手に体が悪くなることはありません。勝手に手が動くのですか? 勝手に足が動くのですか? 動かそうと思って動かすのですよ!  すべて想念がやっていることなのです。なのに、どうして自分の知らないところで病気になるのですか? みな想念が病気にしているのです。これだけは、天地がひっくり返っても崩せない真理なのです。どうか信じてください。体が勝手に病気になることは無いということを・・・。そう思えれば、心配はなくなります。自分の想念を良くすれば解決する問題だと思えたら、うんと気楽になります。なにせ病気を治すのに、薬も、手術も、何もむ必要なくなるのですから・・・。

 さあ、常に良い想念を持よう心掛けましょう。一番良い想念は、生命です。神です。「ありがとう! 」でも結構です。「ありがとう! 」の言葉は日常生活の中で一番波動の高い言葉です。どうか惜しみなく使ってください。もうあなたは、病気とは無縁な人になるでしょう。

 

  ここまで想念の持ち方、使い方について述べてきましたが、良い想念を持てば病気にならないし、病気になっていても治るのです。想念の使い方次第で、病気から逃れられるのです。私が一番に言いたいのは、どんなことも良く受け取り、決して悪想念を持たないことです。良い想念を持っていれば、絶対病気になることはありません。病気はすべて「想念病」なのです。悪的想念が病気にしているのです。この想念のコントロールができたら、私たちに不幸はないのです。

 確かにこの社会には、悪しきことが沢山あります。でもそれを、悪と受け取ってはならないのです。なぜなら、悪は善たらしめるための悪だからです。よく考えてみてください。人は不幸の中でこそ大きく飛躍できるのですよ!  苦しいから成長できるのですよ!  だから不幸を悪く捉えるのでは無く、自分を成長させるチャンスだと考え、凶を吉に変えることです。良い想念を持てば、心身共に健康になります。これは誰がやるのでもありません。自分がやるのです。だから私は、自力の治療法だというのです。

 

 

2、言葉(リーディング)による治療法

  ここでは、言葉を持ってあなたの魂に訴えかけます。訴えかけた言葉が腑に落ちたら、意識的にも肉体的にも変化が起きてきます。それは、準覚醒状態になったからです。つまり、一時自然法則外に肉体が出るのです。そうなれば、生命力(光)によって病気(闇)は消えてゆきます。勿論、人それぞれ理解力が違いますから、すべての人に同じ変化は期待できませんが、可能性は大いにあるのです。言葉は神なりきです。ですから言葉には、凄い力が秘められているのです。その言葉を文字にしたのが癒しの言葉ですから、強烈なエネルギー(光)がこもっているのです。どうか、これから述べる癒しの言葉を良く噛んで味わってください。きっと、意識に変化が起きるでしょう。意識に変化が起きれば、肉体にも変化が起きてきます。そのことを信じて読んでください。

 

●偉大な生命力で満たされている

 生命力は光です。エネルギーです。その生命力は、何でも創ります。何でも生み出します。何でも成し遂げます。何でも蘇らせます。その偉大な生命力が、今あなたの身体の中で生きて働いているのです。つまり、生命力が肉体細胞の一つ一つにエネルギーを、光を、注ぎ込んでいるのです。だから、あなたの肉体細胞は健全健康です。さあ、次のように想ってください。

「私の身体は、今、目が眩まんばかりに光り輝いている! 光り輝いている! 光り輝いている! 」

「今、はちきれんばかりに、エネルギーで満たされている! 満たされている! 満たされている! 」

もうあなたの肉体細胞が、光り輝いていること疑いなしです。実際そうなのですから・・・。なぜなら、あなたの肉体細胞の本質は、宇宙生命そのものだからです。

 

●偉大な生命力が支配している

 生命は、宇宙をも創造するくらいの偉大な力を持っています。その生命が、生命力として私たちの肉体を支配しているのです。だから、病気になどなるわけがないのです。

私の肉体細胞は、偉大な生命力によって完璧な働きをしている!

・私の肉体細胞は、偉大な生命力に満たされ光り輝いている!

・私の肉体細胞は、それはそれは神々しく光り輝いている!

・私の肉体細胞は、まるで水晶のように一点の曇りもない!

・私の肉体細胞は、完璧な働きをしている!

どうか、「私の肉体細胞は生命力に満たされ光り輝いている!」と思ってください。

「私の身体はどこまでも健全健康である!」と思ってください。本当に、本当に、本当に、そうなのですから・・・。

さあ、生命力を信じ「生命力に任せましょう!」「生命力に委ねましょう!」「生命力に預けましょう」

 

●完全が支配している肉体

 生命は完全です。神は完全です。このことは、宇宙が今日まで存続してきたことが証明しています。その生命の素材で出来ている肉体が、どうして不完全な病になるでしょうか? 生命が完全であるということは、私たちの肉体も完全であるということです。私たちの肉体は、完全なる生命の塊なのです。どこを見ても、どこを取っても、どこをつまんでみても、不完全なところは見当たらないのです。

その完全な生命を信じましょう。 

「今私の身体の中で、完全な生命が生きて働いている!  生きて働いている!  生きて働いている!  もう私の肉体は、完全・健全・健康そのものである! 」と、強く想いましょう。実際その通りなのですから・・・。

 

●完全な生命は、完全なモノしか創れない! 

 なぜ生命(神)は、完全なモノしか創れないのでしょうか? それは、完全しか知らないからです。不完全を知らない生命は、不完全なモノは創れないのです。完全しか知らないのですから、不完全なモノが創れるわけがないのです。ということは、完全な生命が人間を創ろうと思ったら、完全な人間しか創れないということです。だから私たちは、間違いなく完全なのです。

さあ、

「完全な生命に創られた私は、完全である! 完全である! 完全である! 」

「完全なる生命に創られた私は、健全である! 健全である! 健全である! 」

「完全なる生命に創られた私は、健康そのものである! 健康そのものである!  健康そのものである!  」と想い続けましょう。

 

●想いを身体から離す

 想念は実現の母です。なぜ想念は実現の母かといいますと、想念は何でも創造することができるエネルギーだからです。力だからです。想念は、もの凄い力を持っているのです。その想念の力を利用することです。もし体が痛んだら、「思わない! 思わない! 思わない!   」あるいは、「受け取らない!  受け取らない!  受け取らない!  」思ってください。そうすれば、痛みや苦しみは半減します。半減したら、想念を神の方に向けてください。つまり、「吾神なり!」「吾生命なり!」と瞑想することです。今まで身体に向けていた意識を、身体から離すのです。身体から離すために、神を想うわけです。生命を想うわけです。そうすれば、痛みは消えてゆきます。想念は、痛みや苦しみまで消す力を持っているのです。

 さあ、痛みを「思わない! 思わない! 思わない! 」思い続け、痛みが和らいだら「吾神なり!」「吾生命なり!」と、さらに思い続けてください。

 

●病気は無い!

 完全な神が創られた宇宙に、病気などあるわけがないのです。もしあるなら、神は不完全になってしまいます。ということは、宇宙は消えてしまうということです。この宇宙に不幸などないのです。病気など無いのです。神が完全であるということは、そういうことなのです。

 神は完全です。宇宙は完全です。ということは、あなたも完全であるということです。健全・健康・完全であるということです。これは間違いないことなのです。

「完全な宇宙に病気があるわけがない! 」と心の底で思えたら、病気は消えてゆきます。さあ、「病気は無い! 病気は無い! 病気は無い!」と想いましょう。あるのは、「健全・健康・完全な肉体だけです」

あなたの肉体は・・・

 ・間違いなく、今、健全・健康・完全なのです。

 ・一つの欠陥も無いのです。

 ・一つの齟齬も無いのです。

 ・どこの細胞も光り輝いているのです。

 ・どこの器官も光り輝いているのです。

 ・どこの臓器も光り輝いているのです。

これは間違いないことなのです。

 

●神は偉大な生命力を与えてくれている

 私たちの身体の中には、無限の生命力が宿っています。なのにあなたは、どうして身体に気を使うのでしょうか。病気にならないようにと、目の色を変えサプリメントや薬を買いあさるのでしょうか。それほど、神が創られた身体が信じられないのですか?・・・。

 人は動けば動くほど元気になるようにできているのですよ。肉体は使えば使うほど丈夫になるようにできているのですよ。使わなかったら、かえって錆び付いてしまうのです。少々のことで壊れないようにできているのが、神が創られた肉体なのです。神が創られた肉体は、幅広い許容量を持っているのです。なのに心配し、恐る恐る肉体を使うから病気になるのです。神が創られた肉体は、ものすごい許容量を持っているのです。少々のことでへこたれない、潜在能力を持っているのです。ものすごい強さを持っているのです。その許容力を、潜在能力を、強さを、信じることです。

私の身体は・・

「ものすごい許容力を持っている。ものすごい潜在能力を持っている。もうすごい強さを持っている。使えば使うほど、強くなる!  強くなる ! 強くなる! 使えば使うほど、頑健になる!  頑健になる!  頑健になる!   使えば使うほど、力が漲る!  力が漲る!  力が漲る! 」

と想い続けてください。

 

●生命力に委ねる 

 私たちの本性は生命ですから、私たちの中には偉大な生命力が備わっています。その生命力に何もかも委ねることです。任せることです。預けることです。心から委ねれば、偉大な生命力が働き出します。こう思いましょう。

「私は生命そのものだから、私の中には偉大な治癒力が備わっている。その治癒力にすべてを委ねます! 」と……。 

 生命力に委ねるという意味は、本当の自分に委ねるという意味です。私たちの本性は生命ですから、心から生命に委ねれば、自分の本性が目を覚ますのです。それは、自分と生命が一つになったからです。一つになれば、閉ざされていた回路が開き、エネルギーが流れてくるのです。どうか生命力を信じ、生命力に委ねてください。自分(肉体)で生きようとしないでください。自分(肉体)で生きようとすれば力みが入ります。力みは生命エネルギーを閉ざします。力んで生きれば生きるほど、生命力を手放すことを知ってください。任せましょう。委ねましょう。所詮、あなたの自我の力では何もできないのですから・・・。このように想いましょう。

「今から私の肉体を生命に、預けます!  預けます!  預けます!  任せます! 任せます! 任せます! 委ねます!  委ねます!  委ねます!・・・ああ、今生命が働き出した!  生命が働き出した!  生命が働き出した! だから私の肉体は、もう健全健康だ!  健全健康だ!  健全健康だ! 」と・・・。

 

細胞は神の住処

 私たちの肉体細胞は、神の素材によって創られていますので、神自らが肉体細胞になっているのです。だから肉体は、神そのものです。その肉体が、どうして病気になるのでしょうか? もし病気になるなら、神は不完全になってしまいます。そんな不完全な神がいるわけがないのですから、肉体はどこまでも完全なのです。さあ、完全なる神が肉体の中で働いていると思ってください。そう思えば肉体は完全な働きをします。次のように想い続けましょう。

「何を食べても完全に消化する! どんなに傷を負っても復元する! どんなにこき使ってもへこたれない! 私の肉体は、強い! 強い! 強い! 頑丈だ! 頑丈だ! 頑丈だ!」と・・・。

 どうか、神が創られた強い肉体の働きを信じ、神に肉体を預けてください。委ねてください。実際、神が創られた身体は、どこまでも頑健なのですから・・・。

 

●肉体は完全な働きをしている

 あなたは今、自分のことを人間だと思っていますね。それは自我の思いです。でもあなたの本性は神ですから、その自我の思いは神と等しい力を持っているのです。だから悪的想念を持てば、肉体さえも病気にしてしまうのです。それほどあなたの想念力は偉大だということです。その偉大な想念力を良く使ってください。良く使えば、肉体は完全な働きをします。

 今の病は、悪的想念を肉体に介入させていたからなったのです。悪的想念を介入させなかったら、神意識によって生かされている肉体は、完全な働きをするのです。だから、肉体に何が起きても心配しないことです。一番いいのは、何も思わないことです。思うなら、「神意識で生かされている細胞は、良い働きをしてくれている」と思うことです。思えば、良い働きをしてくれます。神は良い働きしかできないのですから・・・。

さあ、神が支配している細胞は、「完全な働きをしている! 完全な働きをしている! 完全な働きをしている! 」と想い続けてください。

 

●神の意識は絶対善です。完全意識です

 神の意識は絶対善です。完全意識です。その完全意識に満たされて肉体細胞は、当然絶対善であり完全です。だから本来、あなたの悪的想念さえ介入させなければ、肉体が病気になることはないのです。もし肉体に異変が起こったら、この異変は自分の悪的想念の介入によるものだと思ってください。そして、自分の思いを神の完全な意識の中に放り込んでください。神の意識と一体にしてください。つまり、「吾神なり! 吾神なり! 吾神なり! 」と想い続けることです。そう想えば、神の意識と一体になるので、あなたの悪的想念は神の意識の中に溶け込んで消えて行きます。消えて行けば気持ちが良くなります。もうあなたの肉体に、一片の闇も(病)も無いでしょう。そうなるのは、神意識そのものが善の塊だからです。完全の塊だからです。

 ああ、私の悪想念が神の意識の中に「溶け込んでゆく!  溶け込んでゆく!  溶け込んでゆく!  心地良い!  心地良い!  心地良い! もう一つの悪想念も、浮かばない!  浮かばない!  浮かばない!  」と想い続けてください。

 

●不完全なものは何をしなくても消えてゆく

 神が創られた宇宙は完全です。その宇宙に不完全があると思いますか? ありません。そこにあるのは、完全のみです。そんな完全の中に、不完全が生まれるわけがないのです。生まれるとしたら、不完全の中にのみ生まれるのです。

 あなたが悪想念を持つから、悪想念の中に不完全が生まれるのです。それが、あなたの宇宙(身体)を病気にするのです。あなたの迷いが作った悪の住処です。悪は悪の住処にのみ生まれるのです。完全の中には、不完全は生まれようがないのです。でも心配しないでください。あなたの迷いが作った不完全や悪は、実在するものではないからです。あなたの迷いの思いが生み出した一時の不完全であり悪ですから、迷いの思いさえ消えれば、黙っていても不完全や悪は無くなってゆくのです。無くす必要はありません。あなたの想いの中に完全を持ってきたら、黙っていても無くなってゆくのです。

 あなたの完全な想いとは、神の想いです。完全の想いを持ってきたら、そこには完全しか生まれないのです。悪の中に悪が生まれるように、完全の中には完全しか生まれないのです。苦しくなったら、神を想ってください。苦しみを、神の想いの中に放り込んでください。つまり、「吾神なり! 吾神なり! 吾神なり!」「吾完全なり! 吾完全なり! 吾完全なり!」と想いを投げ入れてください。そうすれば、苦しみも痛みも溶けて無くなってしまいます。

 

●想いがすべて

 思いほど速いものはありません。思った瞬間原子が集められ、想った通りのモノを創造するのです。想いは何でも作るのです。想念は製造機なのです。良いことを想えば良いことが作られ、悪いことを想えば悪いことが作られるのです。それだけに良いことを想わねばならないのです。

 どうせ作るなら、良いモノを作りましょう。良いモノの一番は、神です。神を想っている限り、決して悪いことはやってきません。もしあなたが、一日中神を想っていたら、その日は良い一日になるでしょう。その日が一年重なれば、良い一年になるでしょう。その日が一生重なれば、良い一生になるでしょう。すなわち、バラ色の人生が保証されるということです。これは私が保証するのではなく、原因と結果の法則が保証するのですから、確かなことなのです。

 さあ、神を想ってください。「吾神なり! 吾神なり! 吾神なり!」と思い続けてください。

 

●自分の中に完全がいる

 この世は現象の世界です。幻の世界です。想ったことが現れる世界です。だから良いことを想えば良いことが現れ、悪いことを想えば悪いことが現れるのです。世の人々は、世の幻に惑わされ、自分の想念で苦しみを作っています。そんな幻に惑わされ自分の宇宙(心)を汚してはなりません。汚せば、苦しむのは自分自身です。どうか想念の管理を、しっかりしてください。想念の管理をしっかりするとは、悪い想念を持たないようにするということです。それは自分の自由意志でできるのです。たとえ外側からどんな悪的なものが入ってきても、想念をしっかり管理していたら、自分の宇宙が汚されることはないのです。汚さなかったら、不幸災難など他人事になるのです。

 肉体の背後には完全な神が存在するのです。その完全な神が、私たちの肉体の中で生きて働いているのです。ですから、私たちの肉体は完全な働きをするのです。さあ、こう思ってください。

「私は今完全の中にいる!  完全の中にいる!  完全の中にいる! だから私は、健全健康である!  健全健康である!  健全健康である! 」と・・・。

さあ何度も何度も、想い続けてください。その想いは光のベールとなり、闇をはね退けてくれるでしょう。想念があなたの肉体を光り輝かせるのです。もう安心です。安泰です。さあ繰り返し言いましょう。「私は完全である! 完全である! 完全である! 」と・・・

 

●生命力は霊太陽から来ている偉大な力である

 あなたの肉体細胞は生命力で満たされているのです。その生命力は、霊太陽から来ているのです。あなたの肉体細胞の一つ一つは、その霊太陽に満たされて輝いているのです。だから、一片の闇もないのです。健全健康そのものです。自分の肉体細胞が光り輝いているとイメージしてください。事実あなたの肉体細胞は、光り輝いているのですから・・・。それは、あなたの肉体細胞の中に霊太陽があるからです。肉体細胞は原子で出来ていますが、その原子一つ一つの中に霊太陽が存在するのです。その霊太陽は天につながっているわけですから、あなたの肉体細胞は天につながっているのです。そんな肉体細胞が病気になるわけがないのです。

 霊太陽はエネルギーそのものです。光そのものです。だから、あなたの肉体細胞はエネルギーそのもの、光そのものです。あなたの肉体細胞は、エネルギーに満ち満ちているのです。光に満ち満ちているのです。だからあなたの身体は、どこまでも健全健康なのです。

ああ! 私の肉体細胞は「霊太陽に包まれ光り輝いている!  光り輝いている!  光り輝いている !  弾けんばかりのエネルギーで、満たされている!  満たされている!  満たされている! 」と想い続けてください。

 

●天から来ている完全な力

 今あなたは、間違いなく生きています。それは今完全だから生きていられるのです。今不完全なら、一秒たりと生きていられないのです。完全は生きている証であり、生きているのは完全の証なのです。その生かしている力は、天から来ております。生きているモノの中に、必ず天がおられるのです。神がおられるのです。生命がおられるのです。ということは、あなたの中に天が、神が、生命が、おられるということです。その天が、神が、生命がおられるあなたが、病気になると思いますか? もし病気になるなら、天は、神は、生命は、不完全になってしまいます。そんな不完全な、天が、神が、生命が、おられるわけがないのですから、あなたはどこまでも健全健康なのです。生きているから、今存在できているのです。生きていなかったら、今存在できていないのです。存在していること自体が、生きている証なのです。こう想ってください。

 「私の中に天がいる! 神がいる!   生命がいる!   だから私は完全である! 天が働いている! 神が働いている! 生命が働いている! だから私は健全健康である!  」と・・・。どうか、天が、神が、生命が働いている自分の身体に、自信を持ってください。

 

●完全な意識を持っている肉体細胞

 肉体細胞の中で、完全な生命が生きて働いています。だから細胞は、どこまでも完全です。細胞自身も、完全だ! 健全だ! と思っているのです。その細胞意識に体を任せましょう。委ねましょう。委ねれば、肉体細胞は完全な働きをしてくれるのです。その完全な細胞に、あなたのネガティブな想いでチヨッカイを出すから、「私が信じられないのか!!」と細胞が横を向いてしまうのです。

 細胞の感情と、あなたの感情は、何も変わらないのです。良いことを想えば喜ぶし、悪いことを想えば苦しむのです。もう細胞にチヨッカイを出すのを止めましょう。細胞は偉大な力を持っているのですから・・・。その偉大な力を持っている細胞に全託しましょう。そうすれば、「私を信じてくれたか!」と、細胞は喜んで働いてくれるでしょう。

 

●崩れようのない神の完全性

 神は完全です。それは、神は完全しか知らないからです。完全しか知らない神が不完全を創るわけがないのです。この神の完全性は、崩れようがないのです。あなたの自我の想念でどんなに崩そうと思っても、神の完全性を崩すことはできないのです。だから何も心配せず、安心して任せることです。委ねることです。良からぬ想いが湧いてきたら、口を開けて、肩の力を抜いて、空中に良からぬ思いを放散させてください。そうすれば、良からぬ想いは空中に消散してゆきます。想いを丸くしてください。丸くすれば引っかかりが無くなりますから、悪い想いは消えてゆきます。さあ、口を開け、肩の力を抜き、「ああ今、良からぬ想いが消えてゆく! 良からぬ想いが消えてゆく! 良からぬ想いが消えてゆく!  」と思ってください。

 

一つのモノは完全である

 この宇宙には完全なモノが、一つ存在するだけです。その完全なモノが、すべてのモノの中に生きて働いているのです。ということは、どんなモノも完全であるということになります。ならば当然、人間も完全です。なのに、どうして不完全な病気があるのですか?  いいえ、そんなモノは無いのです。病気は、人間の迷いが生み出した幻であって実在するものではないのです。これは、天地が引っくり返っても間違いない事実です。こう思ってください。

この宇宙に一つの完全しかない。その一つの完全は私である。ゆえに私は完全である。

この宇宙に不完全があるなら、不完全な病気はあるでしょう。でも、完全しかないのですから、不完全な病気があるはすがないのです。

 「完全しかない、だから私は完全である!」

 「完全が私の中で生きている、だから私は完全である!」

 「私は完全である! だから私は完全である! 」

   私は、完全である! 完全である! 完全である!」

あなたが完全なのは、今あなたが存在しているくらい、確かなことなのです。

  

●思いを放散させる

 あなたは今日まで、どれほど汚れた想いを持ってきたことでしょう。それが身体の生命意識を歪め、病気にしてしまったのです。さあ、汚れた想いを放散させましょう。目を閉じ、口を開け、肩の力を抜き、何も考えず、思いをボーっと放散させることです。思いをボーっと放散させれば、汚れた想いは消えてゆきます。そうすると光が入ってきます。気持ち良くなります。心が安らぎます。そうすれば、生命力が活発に働き出します。細胞が目覚め、元気になります。思いをボーっと放散させながら、細胞が元気になる様をイメージしましょう。間違いなく細胞は元気になります。

「ああ、汚れた想いが消えてゆく、消えてゆく、消えてゆく・・・」そう思い、光り輝く細胞をイメージを持ちましょう。

 

●幻ほどよく騒ぐ!

 実在しない幻ほど、うるさく騒ぎ立てるものです。うるさく騒ぎ立てれば立てるほど、注目してもらえるからです。病気も同じなのです。大したこともないのに、注目してもらいたいために、騒ぎ立てるのです。そんな騒ぎに惑わされてはなりません。大したことがないのですから・・・。もし騒ぎ立てたら、こう思ってください。「ああ、幻が騒ぎ立てている! 騒ぎ立てている! 」と・・・。どんなに騒いでも放っておくことです。そうすればエネルギーを与えないので、幻である病気は消えてゆくのです。幻はエネルギーが欲しいのです。だから、騒ぎ立てて意識させるようにするのです。そんな手に乗ってはなりません。騒ぎ立てたら、エネルギーが欲しいから騒ぎ立てているのだと思って放っておくことです。放っておいたら、病気は消えてゆきます。どんなにうるさく騒いでも、「ああ、今病気が消えていっている! 消えていっている! 消えていっている! 」と思うことです。必ず騒ぎは収まります。なぜなら、エネルギーが途絶えるからです。注目しなければ、意識しなければ、病気はエネルギーを失い消えてゆくしかないのです。

 

●天の火柱で満たされている

 あなたの肉体に宿っている生命力は、天とつながっているのです。だから常に、天からエネルギーが降りているのです。つまり、天の火柱が降りているのです。エネルギーは天の火柱なのです。その天の火柱で満たされている肉体が、病気になることはないのです。あなたの悪的想いが天の火柱を閉ざし、病気にしているだけです。悪想念で天の火柱を閉ざさないでください。そうすれば、あなたは死ぬまで健全健康でいられます。常に「天の火柱が降りている! 降りている! 」と想ってください。そうすれば、どんな病気も寄せ付けません。もし体調に異変が起きたら、天の火柱で異常な細胞を焼いてください。その場合、次のようなイメージを持ってください。「ああ今、肉体細胞が天の火柱で焼かれている!  焼かれている!  焼かれている!  」天の火柱とは光のことですから、「ああ今、天の光で焼かれている!  光で焼かれている! 光で焼かれている! 」とイメージすることです。必ず病気は光で焼きつくされます。

 

●想念は何でも清める

 あなたの想念は偉大な消毒薬です。どんな悪しき菌も消毒してしまいます。あなたの想念は正義の武者なのです。悪しきものを退治する正義の武者なのです。どんなに悪しきものが対抗してきても、打ち負かすことのできる偉大な武者なのです。真っ白な衣装で身を包み、弱き者を助けてくれる天から使わされた正義の武者なのです。その武者の想念が一旦通り過ぎれば、そこは清められるのです。台風一過で、空気が清まるように、武者の想念が通った後は清まるのです。

どうか自分の想念で肉体細胞を清めてください。身体が光り輝く様を、じっと想念で見つめてください。光り輝く想念によって、肉体細胞が清められてゆく様をイメージしてください。真っ白な想念が、細胞一つひとつを清めてゆく様をイメージしてください。「ああ、清まっている!  清まっている! 清まっている!  」と想ってください。事実想念は、神から与えられた清めの光なのですから・・・。

 

●生命力は何でも癒す

 この宇宙は真善美で固められています。偽りも、悪も、醜いものも、不完全なものも、何一つないのです。それは、神が宇宙を支配しているからです。その神は、あなたの中で生命力として生きて働いているのですから、あなたの「肉体細胞は健全健康そのもの」なのです。たとえあなたの細胞に何か異変が起きていても、生命力が支配しているあなたの細胞は、どこまでも健全健康なのです。生命力が支配している地域に、悪しきものなど侵入できないのです。侵入してきても、生命力にそくざに追い払われるからです。もし細胞に異変が起こったら、こう思ってください。生命力という正義の使者が駆け参じて、即座に異変が解消されると・・・。生命力が支配している肉体に、悪しきことなど起こりようがないのです。そこは、神の完全性で満たされているからです。清いからです。光り輝いているからです。あなたの肉体は、光り輝いているのです。光は闇を弾き飛ばすのです。生命力は病気を弾き飛ばすのです。生命力は何でも癒すのです。何でも蘇生させるのです。それは正義の使者だからです。真・善・美の塊だからです。だからあなたの肉体は、どこまでも健全健康なのです。

さあ、「ああ、私の身体は光り輝いている!  私の身体は光り輝いている! ああ、私の身体は光り輝いている!  」と想ってください。これは、あなたが存在しているくらい確かなことなのですから・・・。

 

●生命力の許容範囲は広い

 生命力の凄さは、その許容範囲の広さで示すことができます。たとえば空気の悪いところに住めば、鼻毛が長く伸びるようになります。砂漠に住んでいる人は、まつ毛が長くなります。空気の薄い所に住めば、肺が大きくなります。沢山食べれば胃が大きくなります。肉体を鍛錬すれば、ドンドン強くなります。それだけ肉体には、順応性があるということです。これは肉体の許容範囲の広さを示し、神が創られた完全性の証にもなっているのです。つまり、私たちの肉体で働いている生命力のすごさを物語っているのです。あなたが考えているような、か弱い肉体では無いということです。なのにあなたは、自分の肉体をか弱いものと見下げているのです。その思いが肉体を、か弱いものにしているのです。体のことを心配するのは、生命力の偉大さが信じられないからです。どうか生命力の偉大さを信じてください。信じれば信じるほど、あなたの中に宿っている生命力は強くなります。さあ、「私の中に宿っている生命力は強い!  強い!  強い!  」と思ってください。「私の肉体は無限の許容量をもっている!  無限の潜在能力を持っている!  無限の力を持っている! 」「だから、どこまでも健全だ!  健康だ! 完全だ! 」と思ってください。

  

●良いイメージを持つ

 眠りに就く前に、次のようなイメージを持ってください。「私の肉体細胞は、生命で満たされ光り輝いている、身体全体が光り輝いている」と・・・。このイメージを持って眠りに就けば、翌朝、爽快な目覚めが期待できます。イメージは創造力の源です。イメージそく創造力と思ったらいいでしょう。ですから、常に良いイメージを持ち続けることです。そうすれば、病気になることは絶対ありません。

「ああ私は今、光のドームの中にいる! 光のドームの中にいる! 光のドームの中にいる!ああ私は今そのドームの中で、光に満たされている! 光に満たされている! 光に満たされている! 」と常に、光で満たされているイメージを持ち続けてください。どうか、光のドームの中に自分を投げ入れ、身体を光で満たしてください。

 

●思い込ませる

 自分の肉体の完全性を信じてください。なぜ完全なのか? それは、神が完全だからです。完全な神が創られた肉体が、どうして不完全になるでしょうか? もし不完全なら、この宇宙はすでに存在していないでしょう。今宇宙が存在しているということは、神が完全である証なのです。ということは、自分の肉体も完全だという証ではありませんか? だから肉体のことを心配せず、遠慮無く使ったらいいのです。

 この世に病気が絶えないのは、神の作られた肉体を人間の想念でか弱いものにしているからです。私たちの想念は恐ろしいもので、思い込んだことを実際に実現させてしまうのです。どんな良いことも悪いことも、思い込みで作り上げてしまうのです。ならばこの思い込みの力を、良いことに使わない手はありません。まず「神は完全である!」という思い込みを持ってください。その上で神は完全だから、この宇宙に完全なものしかあり得ない。だから「私の肉体も完全である! 完全である! 完全である! 」と思い込ませることです。どうか「肉体は完全である!」という思い込みを、自分の中に作り上げてください。

 

●負荷をかければかけるほど強くなる生命力

 生命は、宇宙を創造するくらいの偉大な力を持っています。その力には限界がありません。だから、その生命に満たされている肉体に負荷をかければかけるほど、偉大な力が発揮されるのです。私たちの肉体中で働いている生命力は、それほどすごい力を秘めているのです。しかし残念なことに私たちは、その生命力を使い切っていないのです。それは肉体だけを見て、中で働いている生命力を見ていないからです。

 偉大な生命力を引き出すためには、意識して負荷をかける必要があるのです。なんでもそうですが、使わなければどんな力も錆び付いてしまうのです。物質には耐用年数とか、賞味期限とかがありますが、生命力には耐用年数も賞味期限もないのです。生命力は、使えば使うほど目を覚まし、偉大な力を発揮するのです。二日酔いを覚ますために、迎え酒を飲む人がおりますが、これは理にかなっているのです。ホメオパシーという治療法も、この仕組を利用した治療法です。それほど、生命力は偉大な力を秘めているのです。ただしこの仕組みを利用するためには、信じる強い気持ちが必要です。つまり、生命力を信じる、強い気持ちが必要なのです。信じる人は、効果てきめんです。でも信じない人は、逆効果になる恐れがあるので要注意です。

 負荷をかける具体的方法は、弱気で使っていた肉体を、強気で使うことです。たとえば、何でも食べることです。何でも飲むことです。何でもやることです。負荷をかけ肉体を使うことです。負荷をかけて使えば使うほど、肉体の働きは強くなります。神は、か弱い肉体などは作ってはいないのです。弱気になった途端、肉体の働きは弱まってしまうのです。強い気持ちで肉体を使うことです。ただし、いっぺんに負荷をかけてはなりません。少しずつ、負荷をかけることです。つまり、中庸に沿って負荷をかけることです。どれほどの負荷をかけるか、その判断力を身につけるのも学びの一つです。

 宇宙に遍満している原子は、常に進化を求めて、様々な体験をしています。この進化の歩みは、負荷をかければかけるほど、スピードアップするようになっているのです。ということは、肉体を形作っている原子一個一個の進化も、負荷をかければかけるほど、スピードアップするということです。なのに私たちは、肉体を甘やかしています。甘やかしては、進化が遅くなるのです。神の愛が峻厳なのは、できるだけ早く進化させたいからです。人情をかけてはならないのは、進化を遅らせてしまうからです。

 次のような動機を持って、肉体を使ってください。「私は原子を強くするために、肉体に厳しく当たるのだ!」と・・・。これは肉体の原子だけでなく、どんな物の原子も、同じ考えで使うべきです。そのような動機で物を使えば、物もきっと分かってくれ、強い働きをしてくれるでしょう。何事も動機が大切です。自分の欲望を満足させるためにやるのではなく、「原子を強くするために、進化させるために、負荷をかけてやるのだ!」と思ってやれば、原子は喜んで応えてくれるでしょう。勿論、これも「中庸を考え」やることです。

 

●健康に気を使わないようにする

 あまり健康に気を使わないでください。健康に気を使うのは、"病気になるのではないか?" という怖れを持っているからです。それでは、病気を掴んでいるようなものですから、かえって病気になってしまうのです。

 あなたの肉体の中には、偉大な生命力が宿っているのですよ。なのにどうして、健康に気を使うのですか? 健康に気を使うのは、生命力を信じていないからです。生命力の信じられない人は、どうしても健康食品などに頼るのです。生命はこう言うでしょう。「そんなに私が信じられないなら、勝手に生きてください!」と・・・。生命は、気を悪くしてしまうかもしれませんよ!・・・。それでは、生命力は働いてくれません。

どうか、生命力を信じてください。大切なのは、病気のことを考えないこと、心配しないこと、怖れないこと、悪いことを考えないことです。生命力が信じられるようになったら、もう健康に気を使わなくなるでしょう。

 

●生命力に任せる

 あなたは神の子です。神の子ですから、神と同じ想念を持っているのです。その想念をポジティブなことに使えば、幸せを探しに行かなくても向こうからやってくるのです。ポジティブな想念の代表は、神・生命・光・愛などの想いです。この想いを、時間あるごとに自分の意識に打ち込んでください。つまり、「吾生命なり!」「吾神なり!」「吾は光なり!」「吾は愛なり!」と、瞑想することです。

 自分で生きようとしないことです。自分で生きようとすれば、どうしても力んでしまいます。それでは、生命力が働いてくれません。生命力に任せましょう。生命力に委ねましょう。所詮、あなたが胃を働かしたり、肺を働かしたり、腎臓を働かしたり、肝臓を働かしたり、心臓を働かしたりすことなどできないのですから・・・。生命力に任せて生きる、こんな楽な生き方はないではありませんか。

 

●想念を生命力の味方にする

 どんな悪しきことが起きても、すべて良く受け取ってください。たとえ今病気で苦しんでいたとしても、「この痛みや苦しみは、業が消えていっている状態だから良いことなんだ! 」 良くなっている印なんだ!」という、良い想念を持ってください。良い想念を持てば、今まで敵だった想念が、生命力の味方になってくれます。そうなると、病気は目に見えて良くなります。

 もし痛みが来たら、これは病気が良くなっている印だ思ってください。痛みは悪業の消えていっている状態ですから、痛むことは良いことなのです。そう思えば、心配しないですみます。良い想念を持ってください。あなたの想念は、肉体を支配している生命力を凌ぐほどの力を持っているのですよ。その想念を今まで誤用して、生命力を弱めていたのです。ということは、生命の敵に回っていたということです。こんな不遜なことはありません。さあ、今日からその想念を、味方につけてください。そうすれば、病気は消えて無くなります。味方につけるとは、良いことを思うことです。想念をポジティブに使うことです。つまり、「この痛みは良くなっている印だ! ありがたいことだ! ありがたいことだ! 」と思うことです。さらに「吾生命なり!  吾神なり!  吾光なり!  」と思えば最高です。

 

●病気に感謝する

 神は完全です。神が完全であるということは、この宇宙に悪はないということです。あるのは、善のみみです。私たちがどんなに悪を犯しても、みな進化や進歩につながっているのです。病気は一見悪のように見えますが、病苦があるから生き方の間違いに気付き成長できるのです。だから病気は有り難いことなのです。

 病気になった人は、なぜ病気になったのか良く考えてみてください。必ず心あたりがあるはずです。深く反省すれば、色々な悪い原因が発見できます。つまり、想念の使い方の過ち、言葉の遣い方の過ち、行動の過ちなどが発見できます。そのとき、「そうか、病気さんありがとう!」と感謝できるでしょう。感謝できれば、病気は消えてゆきます。それはもう気付かせる必要がなくなったからです。必要のない人に、神がどうして苦しみを与えるでしょうか。どうか、病気が訴えていることに気づいてください。

 繰り返し言います。病気に感謝しましょう。身体が痛んだら、想念が、言葉が、行為が病んでいるシグナルだと思い、「病気さん教えてくれてありがとう!」と感謝しましょう。誰もが、無意識のうちに悪いことを思っているのです。でもそのことに、なかなか気付かないのです。病気は、そのことを教えてくれているのです。気付くことが大切です。気付けば思いを変えることができます。思いを変えれば、病気は間違いなく改善に向かいます。ぜひ、病気を悪と思わず、自分を成長させてくれる味方だと思い、病気に感謝してください。

 

3、真理による治療法

 

  真理を深め自覚の境界線に近づいて行くと、なぜ心身共に変化が生じてくるかといいますと、言葉による準覚醒状態より一段と深い準覚醒状態に入るからです。そうなると肉体は、自然法則に縛られない働きをするようになります。たとえ縛られていても、準覚醒状態になった途端、不正常な働きが正常な働きに戻ります。

 私たちは、長いこと自然の法則に縛られてきたために、無意識の内に「自然の法則は超えられない! 」といった意識の壁を作ってしまいました。しかし、真理を深めるとその意識の壁が壊され、自然の法則に縛られなくなるのです。人類は100メーターを十秒切るのに相当の時間がかかりました。でも、十秒を切る人が一人出てきたら、次々に切る人が出てきました。これは、意識の壁が壊されたからです。どうか、これから述べる三っの確信を深めてください。確信が深まり意識の壁が壊されたら、病気に犯されることはなくなります。

 

(1)真理の確信を深める

 真理とは「宇宙の法則」のことです。この法則は、目に見えず肌で感じられないのでなかなか信じられないかもしれません。でも私たちの運命は、間違いなくこの法則によっ決定づけられているのです

 "私はなぜこんな人生を歩まねばならないのだ!" と嘆く人がおりますが、それは法則を犯しているからです。法則を守って生きれば、苦しい人生など無いのです。これが真理を実践した人としなかった人との違いです。悪い原因を作らなければ悪い結果はやってこないわけですから、それだけ幸せな人生が送れるわけです。幸せな人生を送りたいなら、まず宇宙法則を知り、その確信を深めてください。確信が深まれば、いやでも法則を守るようになります。法則を守れば、あなたはもう事故・災難・病気などとは無縁な人になるでしょう。

※宇宙の法則とは、「原因と結果の法則・陰陽の法則」のことですが、詳しくは第一章をご参照ください。

 

(2)本当の自分を知る

 さらに確信を深めてもらいたいのは、「本当の自分は生命であるという確信です。あなたの本性は、間違いなく生命なのです。私と思えること自体が、生命である証なのです。なぜなら、生命しか思えないからです。生命しか考えられないからです。生命しか話せないからです。生命しか行動できないからです。生命が思い、考え、言葉を話し、行動しているのです。生命がなければ、あなたは指一本動かすことができないのです。いや、一時だって生きていられないでしょう。たとえあなたが意地を張って、「人間だ! 肉体だ! 個人だ! 」と言おうとも、あなたが生命である事実は覆せないのです。これは、太陽が東から昇るくらい確かなことなのです。「自分は生命である!」という確信を深めてください。私たちは間違いなく、「生命」なのですから・・・。

 

(3)病気がないことを知る

 最後に確信を深めてもらいたいのは「この宇宙に病気が無いという確信」です。そうです。この宇宙に病気などありません。なぜなら、病気は不完全なモノだからです。神の創られた完全な世界に、そんな不完全な病気などあるわけがないのです。もしあるなら、神は完全でなくなってしまいます。その証拠に、自然界には病気はありません。病気は、人間界にだけある異常な現象なのです。では、なぜ人間界だけ病気はあるのでしょうか。それは、人間には自由に使える想念を持っているからです。もし人間に自由に使える想念がなかったら、自然界のように病気はなかったでしょうが、神を客観的に認知するという使命も果せなかったでしょう。人類の尊厳は、その想念を使って神を認知するところにあるのです。しかし残念なことに人類は、その想念を悪用して、自ら苦しい病気を作っているのです。

 医者も一般人も、肉体は病気になるものだと思い込んでいます。でも、肉体は病気になることはありません。肉体は影ですから、影が病気になることはないのです。想念が(光)が病むから、肉体(影)が病むのです。だから私は、病気は「想念病」だというのです。病気で苦しんでいる人は、まずこのことを知ってください。そして、肉体が病んでいるという誤解を解いてください。肉体が病んでいると思えば、どうしても心配してしまいます。その心配の思いが、病気を重くしてしまうのです。自分の想念が病気にしていると思えば、想念を正せば良いわけですから、そう心配しなくてすみます。これは、気持ちが楽になる大切な意識の転換です。さあ、「病気は無い!」という確信を深めてください。

 では三つの確信を深めたところで、これより真理をもってあなたの心に訴えかけます。どうか、真理の確信を深めてください。確信が深まれば深まるほど、あなたの心の中からネガティブな思いが消えてゆくでしょう。それがあなたを健康にするのです。

 

悪想念を持たないようにする

 完全な生命によって作られ、完全な生命によって生かされ、完全な生命によって働かされている肉体が、病気になることは絶対ありません。病気になるのは、肉体に自分の悪想念に介入させるからです。肉体は、生命の乗り物です。肉体の中で、完全な生命が生きて働いているのです。その完全な生命に肉体を任せれば、病気になることはないのです。生命を信じないで、「病気になりやしないか?」と心配するから病気になるのです。

 不安・心配・恐怖・怒りなどの悪想念で肉体を痛めつけないことです。悪想念を持つのではなく、良い想念を持つようにしましょう。すなわち、建設的な思い、積極的な思い、前向きな思い、希望溢れる思い、ポジティブな思い、つまり良い思いを持つことです。良い思いの一番は、生命を想うことです。神を想うことです。光を想うことです。愛を想うことです。本当の自分を想うことです。同時に二つのことは思えませんから、良い思いを持っているときは悪い思いは持てません。悪い思いを持たなければ、悪いことはやって来ません。また、原子核(魂)が増えますから環境も良くなります。何よりも、神の自覚が深まります。このように良い思いを持てば、二重三重の恩恵を受けることできるのです。これは原因と結果の法則によるものですから、間違いないことなのです。

 

自我想念(サタン)に負けないようにする

 ネガティブな想念は自我です。つまり、サタンなのです。誰もが知らない間にサタンにやられているのです。霊障とは、このことをいっているのです。はっきりいって病気は、すべて霊障なのです。自分の悪想念に周りの悪想念が同調し、病気を引き起こしているのです。

 自分の心の中にネガティブな思いが潜んでいないか、常に注意してください。といっても、このネガティブな思いは気づかれないように忍び寄ってきますから、見破るのが大変です。見破るには、サタンの特徴を知っておく必要があります。ではサタンは、どのような特徴を持っているのか、具体的に述べることにしましょう。

・自我は、身体を動かすことが大の苦手です。

・自我は、厳しいことをするのが嫌いです。

・自我は、集中することが嫌いです。

・自我は、我慢することが嫌いです。

・自我は、繰り返すことが嫌いです。

・自我は、消極的です。後ろ向きです。ウジウジしています。臆病者です。

・自我は、協調性がありません。

・自我は、反対したがります。否定したがります。

・自我は、判断力が鈍いです。見分けることが苦手なのです。

・自我は、明るいところが嫌いです。肉体は闇ですから光を嫌うのです。

・自我は、清いものが嫌いです。

・自我は、五感を喜ばしたがります。

・自我は、楽なことが好きです。怠け者なのです。

・自我は、感情的です。すぐに怒ります。憎みます。恨みます。妬みます。誹ります。嫉妬します。

・自我は、欲望的です。肉欲・金銭欲・物欲・地位名誉権勢欲など、あらゆる欲望が強いのです。

・自我は、心配症です。悪く受け取ります。クヨクヨします。悔やみます。自分を虐めます。

・自我は、嘘をつきます。騙します。陥れます。人の苦しみを見て喜びます。

・自我は、甘えん坊です。すぐ人に頼ろうとします。人に憐れみを乞います。人に心配されたいのです。親のすねをかじって生活している人は、みな自我にやられているのです。

・自我は、「真善美」を嫌います。すなわち、「真・誠・信」「善・正義・道理・法則」「美しさ・清さ・浄さ」を嫌うのです。

・自我は、真理の話を嫌います。

・自我は、わざわざ物事を難しくします。簡素簡潔なことが嫌いなのです。

・自我は、必要以上に時間を掛けたがります。整理整頓が苦手です。当然、不衛生な環境になるでしょう。

・自我は、ひねくれた考えを持ちます。素直でないのです。

・自我は、自己顕示欲が強いです。自分を良く見せたいのです。人に認めてもらいたいのです。自分の成果を誇示したいのです。ですから、もったいぶります。

・自我は、人を責めたがります。人を攻撃するのが好きなのです。気がすむまで相手を許しません。

・自我は、自分の弱みや欠点を指摘されると腹を立てます。

・自我は、争い事が好きです。すぐに騒ぎ立てます。小さな問題も、わざわざ大きくします。 

 書き切れないのでこのくらいにしておきますが、自我は全てにおいて偏った性質を持っているのです。だから、躁と鬱が交互にやってくるのです。このような性質が自分の心の中にないか、一度確かめてみてください。

 自我の一番苦手なことは、身体を動かすことです。私が運動を勧めるのは、自我の弱みを突くためです。その弱みを突くことができたら、他の弱みも総崩れになってしまうでしょう。なぜ彼らは身体を動かすことが苦手かといいますと、運動すると原子核が増えるからです。サタンの弱みを突きたかったら、運動を始めてください。はじめは軽い運動から、徐々に強い運動に、最後はフルマラソンをやるくらいまで挑戦してみてください。運動をし汗をかいた後のあの爽やかさ、清々しさ、みなさんも体験があると思います。汗をかくとなぜ爽やかになるかといいますと、老廃物が汗と共に体外に出るからです。余分な脂肪も燃します。身体から老廃物が出ると波動が高くなるので、身体が軽くなるのです。さらに運動が良いのは、手足の筋肉が多く酸素を取り込むため、体内エネルギーが高くなるからです。酸素は宇宙エネルギーの一種ですから、酸素を多く取り込めばエネルギーが高まるのです。エネルギーが高まるということは、光が多くなるということですから、光に弱いサタンは退散するしかないのです。運動選手に心身共に健康な人が多いのは、エネルギーを多く取り入れ、サタンを入れる隙間を与えないからです。 

 このように身体を多く動かせば、精神的にも肉体的にも健康になるのです。今サタンで苦しんでいる人は、まず身体を動かすことから始めてください。運動が生活の一部になれば、サタンとは無縁な人になるでしょう。最後に、真理の探求をお勧めします。サタンにやられやすい人は、私の本を読んでください。光のメロディー集を見てください。勉強会の動画を見てください。特に勉強会の動画は効果があります。自我は、本当の自分を知られることが怖ろしいのです。だから、真理の話を聴きに行こうとすると体調不良にさせ邪魔をするのです。瞑想を否定したくなるのも、サタンの仕業です。サタンは弱い自分を様々な方法で誘惑し、真理を求めさせないようにするのです。 

 もし、サタンにやられていることに気づいたら、「見破ったぞ!、自我よ去れ!、ネガティブな想いよ出てゆけ!、サタンよ退け! 」と心の中で叫んでください。この方法は、特に精神を病んでいる人に効果があります。さあ、「見破る!」という張り紙を見える所に貼っておいてください。そうすれば、サタンにやられずにすみます。どうかサタンに負けない、強い自分になってください。

 

特注・・サタンにやられ気分が落ち込んだ時は、汗をかくぐらい体を動かしてください。間違いなく気分が明るくなります。 

 

何かに打ち込む

 昔から「忙人に病人なし!」といわれてきましたが、それは忙しければネガティブな想念を持つ暇がないからです。人は、暇があれば色々とネガティブな事を考えるのです。でも、忙しい時は悪いことを考える暇がないので、病気を作らないのです。病気のことをクヨクヨ考える人は、何か趣味を持ってください。スポーツでも、旅行でも、音楽でも、何でも結構です。考える暇を与えない、集中できる趣味を持ってください。その趣味が、真理を求める趣味であれば最高です。さらに、神(生命)を想う瞑想が趣味であれば、もっと最高です。

 

良い話題の提供をし合う

 今日からどんな悪しき話題も、良い話題に変えてしまいましょう。どんな悪いことも良く受け取れば、良い話題に変えられるのです。これは考え方ひとつなのです。例えば、家族の誰かが怪我をしたとしましょう。"これは業が消えている状態だから良いことだ!"とポジティブに捉えれば、良い話題に変えられるのです。私たちは、自由意思によって何でも思えるのです。その思いを私たちは、悪いことに使っているのです。だから、悪いことが起きるのです。どうか良いことに想念を使ってください。良い想念を持てば、絶対悪いことは起きません。それは誰かがするのではなく、自分がするのです。

 良い想念を持てば良いことが・・、悪い想念を持てば悪いことが・・、これは「原因と結果の法則」の働きによるものですから、絶対間違いありません。

 

人の言葉に惑わされないようにする

 医者が寿命を決めるのではありません。自分の想念が寿命を決めるのです。医者に何を言われても、決して動揺しないことです。医者の言っていることが、すべて正しいわけではないからです。なぜなら、彼らは経験値で判断し語っているからです。この宇宙には、人類の知らないことが山ほどあるのです。人類が得た知識なんて、氷山の一角に過ぎないのです。だから、医者の言うことを全面的に信じてはならないのです。自分の中に偉大な生命力が存在するのですから、その力を信ずることです。決して、自我人間の言葉に振り回されないでください。神が創られた肉体を信じてください。肉体を支配している生命力を信じてください。その生命力は、想念の使い方次第で偉大な力を発揮するのです。

 すべて想念次第なのです。さあ、自我人間の言うことを信じるのではなく、自分の想念を信じてください。薬を信じるより、自分の中で働いている偉大な生命力を信じてください。

 

 要らぬ情報を入れないようにする

 私達が苦しんでいるのは、苦しい情報を自分の意識の中に入れるからです。これは丁度、美味しそうな食べ物を勧められて食べ、腹を壊してるようなものです。勧められても食べる食べないは、自分の自由意志なのです。情報も、入れる入れないは自分の自由意志なのです。食べなければ腹を壊すことはなし、情報も入れなければ惑わされることはないのです。だから、食べないことです。入れないことです。

 病気の情報・薬の情報・食事療法の情報・ガン検査の情報・紫外線情報・花粉情報など、マスコミは良かれと思って報じているのでしょうが、これは想念の恐ろしさを知らない無知な者のする所業です。だからといって、マスコミを責めるわけにはゆきません。食べて腹を壊したのは誰でもない、自由意志を持つ自分なのですからね・・・。

 悪しき情報によって心が乱されれば、どうしても自分の中に悪しき想いを作ってしまいます。思いは実現しますから、病気という形で現象化されるのです。これは自分の想念で作ったのですから、誰に責任を問うこともできません。正に泣き寝入りです。そんな愚かなことはしないようにしましょう。どうか要らぬ情報を自分の意識に入れないようにしてください。といっても、肉体を持っている限り生活に必要な情報は必要ですから、その情報は入れても結構です。でも、できるだけ少なくすることです。そうすれば、あまり心を乱さないですみます。

 

何事も良く受け取る

 どんなことも良く受け止めれば、心が暗くならずにすみます。神の完全性、生命の完全が信じられれば、それができます。たとえば、自分に何か悪しきことが起きたとしましょう。でもこれは、「自分を成長させてくれる悪しきことだ!」と良く受け取れば、心を暗くしなくてすむのです。悪く受け取ればエネルギーを落とし、良く受け取ればエネルギーを高めます。どうか、何ごとも良く受け取るようにしてください。それは、考え方一つでできるのです。

 幸せは、自分が何をどう受け取るかで決まるのです。幸せの売買人は、自分の想いなのです。それは、すべて自分の考え方次第だということです。だから、不幸を人のせいにしてはならないのです。これは病気についても言えることなのです。一番良いのは、病気を味方に付けるポジティブな考え方です。つまり、病気を悪と思わず善と思うことです。病気は、過ちを気づかせてくれます。人生の目的を発見させてくれます。つまり、自分を成長させてくれます。ですから、「病気さんありがとう!と感謝することです。病気を味方につけたら、病気は消えてなくなります。恐れて敵対するから、病気が暴れるのです。もし病気がなかったら、過ちに気づかずますます深い罪を作ってしまうでしょう。そうなると取り返しがつきません。だから気付かせてくれる病気は、ありがたいことなのです。

 

宇宙の法則を守る

  この宇宙には、きっちりとした法則が存在します。その法則は、宇宙を秩序立てている原因と結果の法則です。その法則を守って生きれば、人間界に病気などないのです。法則を守るか、法則を犯すか、それは、自由意思を持った人間に任せられているのです。賢い者は、法則を守り幸せな人生を送っています。愚かな者は法則を犯し、苦しい人生を送っています。誰のせいでもありません。みな自己責任です。でもそのことを知らない者は、自分の自由意思で苦しみを作り、それを人のせいにしたり、何かのせいにしたりして腹を立てているのです。そんな愚かな人生から足を洗いましょう。そのためには、まず宇宙の法則を知ることです。知ったら、守ることです。宇宙の法則は、私たちの想念に正直に従ってくれます。良い想念を持てば幸せが・・・、悪い想念を持てば苦しみが・・・。どうか、想念を悪用しないでください。さあ、想念を良いことに使いましょう!。

 

業の上塗りをしない

 事故・災難・病気などの苦しみは、過去に自分が放った悪想念の結果なのです。でも、そう悲観することはありません。なぜなら、その痛みや苦しみは悪業の消えている姿だからです。悪業は放っておいたら消えてゆくのです。なぜなら、悪業自体は生きていないからです。悪業を生かしているのは、人の悪的想念なのです。その悪的想念を良い想念に切り替えれば、悪業は力を失い消えてゆくのです。悪業の消滅を、このように考えてください。

 例えば、今自分の倉庫(心)に悪い在庫品(悪業)が100個あったとしましょう。今日10の痛み苦しみがやってきたら、悪い在庫品が10個はけたと思ってください。たとえ一度に50個の痛み苦しみがやってきても、それだけ多くの在庫品がはけたのですから良いことなのです。ただし注意しなければならないのは、新たな在庫品を抱えないようにすることです。多くの人が痛み苦しみから抜け出せないのは、新たな悪業を作り在庫品を多くするからです。

 たしかに痛み苦しみがくれば、どうしても悪業の上塗りをしてしまうものです。でもそれに打ち勝たねば、いつまでも悪業の輪廻から抜け出せないのです。では、打ち勝つにはどうすればいいのでしょうか?・・・

「この痛みや苦しみは、悪業が消えている姿だから有り難いことだ! 」と思うことです。つまり、痛みや苦しみがやってくる度に「今一つ悪業が消えて行った! ああまた一つ悪業が消えて行った! 有難うございます! 有難うございます!」と思うことです。そのように思えば、痛み苦しみは半減します。

 事故・災難・病気などの苦しみは、過去の過ちが消えていっている状態ですから、過ちの上塗りさえしなければ苦しみは消えてゆくのです。この過ちの上塗りさえしなければという意味は、「身・口・意」を正すこと、つまり、悪い想いを持たない、悪い言葉遣いをしない、悪い行いをしないという意味です。業の上塗りをしなければ、原因と結果の法則によって幸せになれるのです。

  

真理を探求する

 痴呆症になりたくなかったら、真理の探求心の旺盛な人になってください。その人はもう、痴呆症とは無縁な人になるでしょう。なぜなら、想念を神の方に向ければ光(エネルギー)が強まるからです。痴呆症は闇の状態なのです。ですから、光が強まれば闇が消え痴呆症にならずにすむのです。

 人生の目的は、真理を探求することです。つまり、本当の自分を知ることです。もし真剣に真理を探求したら、どんな病気も治ってしまうでしょう。ただし、「病気を治したいから真理を探求する!」という不純な動機ではダメです。「本当の自分を知りたいから真理を探求する!」という純粋な動機でなくてはなりません。そのような動機で真理を追求したら、間違いなく病気は治ります。生命(神)に顔を向けるようになった我が子を、生命(神)は苦しめると思いますか? 向けないから向けさせるために、病気を与えるのです。さあ、純粋な動機を持って真理を探求しましょう。純粋な動機かどうかは、自分の良心が一番良く知っています。どうか自分の良心を偽らない、真剣な真理の求め方をしてください。

 

 気を充実させる  

 何度も言うように病気は、気(光・エネルギー)が不足することによって起きているのです。気を不足させているのは、物質に偏らせている想念です。想念が陰陽の法則を犯しているから病気になるのです。陰とは物質のことです。陽とはエネルギー(生命)のことです。想念が陰(物質)に偏るとエネルギーが低下するため、どうしても病気になるのです。物質文明が栄えると病気が増えるのはそのためです。物質は陰性で影(闇)なのです。影には、少しのエネルギーも無いのです。その物質ばかりを意識していては、ドンドンエネルギーは低下してゆきます。それでは健康を保つことはできません。どうか生命を意識してください。生命を意識すれば気が充実します。そうすれば、病気になることはありません。

「吾は気の塊である!  吾は気の塊である!  吾は気の塊である!」「吾はエネルギーの塊である! 吾はエネルギーの塊である! 吾はエネルギーの塊である! 」と想ってください。

 

良いエネルギーを使う

 エネルギーに、良いエネルギーとか悪いエネルギーとか、区分けされたエネルギーはありません。エネルギーを良くするも悪くするも、想念の持ち方次第なのです。エネルギーは、想念の色に素直に沿ってくれるのです。想念の色=エネルギーの色なのです。そのエネルギーは、想念の力によって強くも弱くもできるのです。ですから、エネルギーを強めたかったら、良い色の想念を強く発信することです。山彦の原理と同じなのが、想念の原理なのです。良い色の想念とは、ポジティブな想念のことです。中でも生命(神)の想念は、その代表格です。生命(神)を想っているとき、あなたはエネルギー人間になるのです。

 私達は肉体を持っている限り、エネルギーと関わらないでは生きられません。その証に私達の健康は、大気中のエネルギーと密接な関係にあります。天気の悪い日に古傷が痛んだりするのは、大気中のエネルギーが少ないからです。低気圧のときはエネルギーが低く、高気圧のときはエネルギーが高いのです。天気の良いとき晴れ晴れし、天気の悪いとき気分がすぐれないのはそのためです。このようなこともあります。よく森林浴に行く人がおりますが、自然の豊かなところは酸素が多いのです。酸素そのものがエネルギーですから、酸素の多い山に行くと体調が良くなるのです。よく地場の良い所へ行けば病気が治るといわれますが、三角地帯や円錐形地帯など地場の良い所はエネルギーの流れが良いのです。でも、一番エネルギーを高めてくれるのは、生命(神)を想う瞑想です。これに勝るエネルギーの高め方はありません。外側のモノに頼るのは他力です。内側の瞑想に頼るのは自力です。ぜひ、瞑想によってエネルギーを高めてください。

 

唯心的な考え方を持つ

 人間には右脳と左脳がありますが、唯心的なものの考え方をすると右脳が開発され、エネルギーが強まるのです。反対に、唯物的ものの考え方をすると左脳が開発され、エネルギーが弱まるのです。理由は、右脳は宇宙(天)と直結しており、左脳は物質(地)と直結しているためです。天はエネルギーが高く、地はエネルギーが低いのです。物質を想っている時は、低いエネルギーと接しているわけですから、体内エネルギーは落ちるのです。若い時はそれでも良いでしょうが、年を取り体内エネルギーが落ちてくると、病気という形で現れてくるのです。

 物質は実在するものではありません。でもエネルギーは、実在するのです。その実在するエネルギーを想うようにしましょう。その人は、エネルギーが高まるので健康になります。しかし物質を想っている人は、エネルギーが低くなるのでどうしても不健康になるのです。できだけ唯物的な想いから離れ、唯心的な想いを持つようにしましょう。

 

リスクはことごとく善である 

 どんなことにも裏と表があるものですが、その裏と表は二つで一つなのです。裏は表であり表は裏なのです。真実の扉は、表裏一体の中から開かれますので、どちらも必要なのです。例えば、病気になったとしましょう。当然その人は、苦しむでしょう。でもその苦しみの中から、必ず何かを発見します。それは、裏を体験することで表を知ったからです。ということは、それは悪ではなく善です。よくリスクを負うといいますが、リスクには、良いリスクと悪いリスクがあるのです。言葉の意味としてはおかしいかも知れませんが、要するに、良いことには悪いことが伴い、悪いことには良いことが伴うのです。それも高ければ高く、低ければ低く・・・。この世は裏と表が交互にやってくることで、善を知り、完全を知り、成長できるようになっているのです。この宇宙に一方通行がないと言われるのは、必ず見返りがあり、その見返りが成長の後押しをしてくれるからです。病苦は、私達を成長させてくれる有り難いリスクです。どうか、病気を良いリスクと考え、決してネガティブにならないでください。苦しい病気の中に、間違いなく良いリスクが潜んでいるのですから・・・。

 

病気は影である 

 病気は影なのです。影は実際にあるものではありませんから、エネルギー(光)を与えなければ消えてゆくしかないのです。それは、消極だからです。自分の力で生きていないからです。でも、光は自分の力で生きています。光は能動的なのです。しかも、光は永遠に存在します。その光は、影を動かしている黒子のような存在です。光が弱ければ影が薄くなり、光が強ければ影が濃くなるのは、影は光の操り人形だからです。影が演技しているのではなく、後ろで光が演技しているのです。影自体には何の力もないのです。病気はこの影と同じなのです。影だから、自分の力で悪くなることも、良くなることもできないのです。放っておいたら風船が萎むように、病気も放っておいたら萎んでゆくのです。ネガティブな想いを持ってならないのは、影にエネルギーを与えてしまうからです。ネガティブな想いは悪しきエネルギーですから、悪しきエネルギーを与えれば病気は進行するのです。だから、決して悪いことは想わないことです。想わなければ悪いエネルギーを与えないわけですから、病気(影)は消えてゆくしかないのです。 

 社会の闇も同じです。人間は何か問題が起きるとすぐに騒ぎ立てますが、騒げば騒ぐほど闇に力を与え問題を大きくしてしまうのです。闇は実在するものではありませんから、そんなものは放っておいたらいいのです。そうすればエネルギーを与えないわけですから、消えてゆくしかないのです。よく靖国神社問題で騒ぎ立てますが、騒ぎ立てるから問題が大きくなるのです。騒ぎ立てればエネルギーを与えるわけですから、ますます問題が大きくなりこじれるのです。エネルギーを与えなければ自然消滅するのですから、放っておいたらいいのです。靖国神社にお参りしてもお参りしなくても、何の意味もないのです。問題を起こす方も悪いですが、問題にする方も悪いのです。まさに、子供じみています。大人なら、もう少し賢くなってください。自我はサタンです。肉体人間はサタンです。サタンを相手に事を大きくしないでください。

 

肉体が幻ならば感覚も幻である 

 病気は実際に有るものではありません。なぜなら、肉体そのものが実在していないからです。もし、肉体が実在するなら病気も実在することになり、一旦病気になったら永久に病気は無くならないでしょう。肉体は実在しない影ですから、肉体が亡くなれば痛みも、苦しみも、消えて無くなるのです。有るように見える、痛い、痒い、寒い、暑い、の感覚は、肉体人間の迷いの産物なのです。「 でも、実際に、痛くて、苦しいではありませんか! 」といわれるかもしれません。それは、意識が受け取るから感じるのです。肉体から意識が出たら、痛みは感じなくなるのです。これは、肉体と意識が別ものであることの証明なのです。痛みや苦しみの感覚は、真理を気付かせる手段になっているのです。もし痛んだら、この痛みは幻だから「受け取らない!  受け取らない!  受け取らない!  」あるいは、「思わない!  思わない!  思わない!  」と自分の心に言い聞かせてください。 

 痛みや苦しみは幻の肉体に付属するものであって、真実の意識に付属するものではありません。影から生まれたものは影なのです。幻から生まれたものは幻なのです。実在しないものから生まれたものは実在しないのです。すなわち、現象から生まれたものはすべて現象なのです。人間は、その現象に翻弄され苦しんでいるのです。もし、幽界と同じように肉体に感覚がなかったら、夢幻だと思って誰も真剣に生きようとしないでしょう。それでは表現世界で生きる意味がなくなるので、神は人間に感覚器官を与えたのです。痛みや苦しみを通して真実を知るのですから、痛みや苦しみは必要なのです。さあ目を覚まし、何がホンモノで何がニセモノか見抜きましょう。もし見抜くことができたら、もう病気で苦しむことはないでしょう。

 

病気は覚醒剤のようなもの 

 五感から生まれた感覚は、実際にあるものではありません。なぜなら、肉体そのものが実際にないものだからです。でも、五感がなければ安全に生きてゆくことができませんから、神は実際にない肉体感覚と実際にある意識とを結びつけ、この世で無事生きられるようにしたのです。肉体感覚は幻で、本当にあるのは意識です。意識が受け取らなければ、そんな感覚は無いのです。その証に、針麻酔や薬による麻酔で痛みを遮断することができます。意識が受け取るから痛むのです。傷を負っても、意識(魂)が抜けていれば痛みは感じないのです。だから肉体が痛んでいるのではなく、意識が痛んでいるのです。なぜ神は、このような仕組みをお創りになったかといいますと、肉体と意識が別ものと知れば、自分の本性(生命)に目覚めてもらえるからです。 

 何度もいうように、私たちの本性は生命です。肉体の自分と生命の自分とは別モノなのです。しかし多くの人間は、自分のことを肉体だと思っているのです。肉体だと思っている間は、自分の本性が見抜けないのです。見抜くためには、疑問を持たせなくてはならないのです。だから神は、苦しい病気を与え疑問を持たせるようにしたのです。その意味では、病気は人間にとって必要不可欠な覚醒剤といっていいでしょう。

 

なぜ痛みや苦しみが必要か? 

 神はなぜ痛みや苦しみを用意されたのでしょうか。それは次のような理由からです

①肉体を粗末に扱うのを避けるため

 もし痛みや苦しみが無かったら、自分の体を粗末に扱ってしまうでしょう。それでは肉体維持は適いません。(それでなくても人間は、怪我をしたり、病気をしたり、人殺しをしたり、自殺をしたり、肉体を粗末にしている。)痛いから気を付けるのです。痛いから、身を守ることができるのです。痛みや苦しみは、危険から身を守る警報装置の役割を果たしているのです。

②現実を現実たらしめるため 

 もし痛みや苦しみが無かったら、私達はこの世を夢か幻だと思い、真剣に生きようとしないでしょう。それでは何一つ学ぶことができません。この世が修業の道場といわれるのは、痛みや苦しみを通して真剣に学べるからです。

③神に顔を向けさせるため

 人間は真実を知るために生まれてきたにもかかわらず、一向に真実に顔を向けようとしません。だから神は、顔を向けさせるために痛みや苦しみを用意したのです。誰でも耐えられない痛みや苦しみに襲われると、「神様助けて下さい!」と神頼みするようになるものです。これは人生の思索を始める重要な一歩になるのです。

④反省をさせるため

 痛みや苦しみに襲われると、「なぜ私はこんなに苦しまねばならないのか?、何かバチでも当たったのか?」と疑問を持つようになります。痛みや苦しみが無かったら、自分が暴走していても気付きません。振り返ってこそ、反省してこそ、どんな走り方をしているか気付くのです。反省は方向転換させる大変意義あることなのです。

⑤疑問を持たせるため

 ④の反省は、結局人生の思索を始めるきっかけになります。人間とは何か?。人生とは何か?。人は死んだらどうなるのだろうか?等々・・・。これは特に、死に直面している人の中に芽生えてきます。疑問は気付きにつながり、気付きは目覚めにつながります。だから痛みや苦しみは、眠っている魂にはどうしても必要なのです。

⑥因果の法則を知らしめるため 

 善い行いには良い結果が、悪い行いには悪い結果がついてきます。でも痛みや苦しみが伴わなかったら、そのことに気付くことはありません。悲しいことですが、人はこの身で痛みや苦しみを体験しなければ、自分の過ちに気付かないのです。痛みや苦しみは、因果の法則を知らしめるための、重要な役割を果たしているのです。

⑦肉体の執着を解くため

 幼い魂は、肉体を自分だと思い違いしていますので、寿命が来てもなかなか肉体から離れようとしません。でもどんなに執着を持っている魂も、耐え切れない痛みや苦しみに襲われると、肉体から出たいと思うようになります。痛みや苦しみは、肉体の執着を解く重要な役目を果たしているのです。

⑧相手をいたわる心を育てるため 

 自分が体験した痛みや苦しみは、結局相手をいたわる心を育てます。"自分があれだけ痛かったのだから、相手も同じように痛いはずだと"・・・。つまり自分の苦しみを、相手の中に見ることができるようになるわけです。特に肉親の痛みや苦しみは、自分のこととして受け止められるだけに、より切実に感じるでしょう。この切実感が魂を大きく成長させるのです。 

 

 このように痛みや苦しみは、今の地球人類にとってなくてはならないものなのです。神は何一つ不要なものはお作りになっていません。だから痛いから苦しいからといって、神を憎んではならないのです。憎むのではなく、なぜこのような苦しみが与えられたのか、自分に問いかけることが大切なのです。

 

幻の中に現れたものは幻である 

 幻の中に現れたものは幻です。夢の中に現れたものは夢です。妄想の中に現れたものは妄想です。人間の肉体は、いつか必ず消えてなくなります。消えてなくなるのは、実際にないものだからです。実際にないということは、肉体は幻であるということです。ならば、幻の肉体に現れた病気は幻ではないでしょうか? 夢に現れたものが夢であるように、幻の肉体に現れた病気も夢と同じ幻なのです。 

 肉体は物質です。物質には一寸の力もありません。それは幻だからです。そんな力のない幻が、病気を作ることなどできないのです。病気を作っているのは、実際にある意識です。あなたは意識を持っていますね。その意識が病気を作っているのです。「病」は「気」からといわれるのは、「気」そのものが意識だからです。意識(想念・気)は、何でも作り出す偉大な力を持っているのです。その偉大な力を悪用して、人間は病気を作っているのです。この事実をしっかりと認識して欲しいと思います。

 

原因を作らない!

 どうすれば病気にならずにすむのでしょうか? 簡単なことです。それは原因を作らないことです。病気は結果です。想念は原因です。想念を正しく使えば良い原因を作るわけですから、病気になるわけがないのです。人間はそのことを知らないから、想念を悪く使って自ら病気を作っているのです。

 では、想念をどう正しく使えばいいのでしょうか? それは、怒らない、憎まない、恨まない、嫉妬しない、妬まない、囚われない、心配しない、恐れない、イライラしないことです。要するに、ネガティブな思いを持たないことです。

 この宇宙はうまく出来ているもので、真理を知れば知るほど(理解力が増せば増すほど)苦しみが少なくなるようにできているのです。真理を知った人は、想念を悪用しなくなるからです。だから私は、真理を知ってくださいと口煩く言うのです。どうか、想念を良く使ってください。そうすれば良い原因を作るわけですから、良い結果がやってくるのです。

 

痴呆症は必要悪である 

 「痴呆症は必要悪である」というと、そんな馬鹿な! と思われるかもしれませんが、これは本当の話なのです。神は完全です。その完全なる神が、意味のない痴呆症を与えるわけがないのです。痴呆症には、二つの目的があるのです。

 ・一つは、地球をこれ以上悪想念で汚染させないための目的です。

今地球の周りは、悪想念でいっぱいです。それは多くの人が、悪想念の垂れ流しをしているからです。これ以上悪想念の垂れ流しされたのでは、地球は持ちません。だから神は、垂れ流しにストップを掛けるために、痴呆症を用意したのです。ボケ老人を見てください。何んの心配も、何の悩みもない顔をしています。左脳の機能が失われると、悪想念(心配・恐怖・憎しみ・怒りなど)が持てなくなるのです。神は左脳の機能を失わせ、人生の悩みから開放すると同時に、悪想念の垂れ流しを止めようとしているのです。

 ・ 二つは、真理を知らしめるためです。

私たちは、「本当の自分を知るため」、つまり「神を知るため」に生まれてきました。しかし殆どの人は、この世のことに夢中になり、神を知ろうとしません。知ろうとしないどころか、多くの人が神を否定しています。これでは、この世に生まれた意味がありません。そこで神に顔を向けない唯物的な人たちのために、「痴呆症」という病気を用意したのです。痴呆症という病気は、前述したように左脳の機能が失われる病気です。左脳の機能が失われると自我が弱まるため、これまで頑なに真理を否定していた人が、素直に耳を傾けるようになるのです。頭のおかしい人に真理の話をしても無駄ではないか?、と思われるかもしれませんがその反対なのです。 

 左脳は物質的なものを重んじる脳です。右脳は精神的なものを重んじる脳です。左脳の働きが鈍くなってくると、今まで抑えられていた右脳の働きが活発化してくるため、真理の受け入れる土壌が整うのです。痴呆症になると、徘徊したり、物を集めたり、物を隠したりするおかしな行動を取るようになりますが、これは神を求める右脳の働きによるのです。彼らは、神探しを何かをすることで紛らわせているのです。紛らわせているわけですから、そんな人に真理の食べ物を与えれば、むさぼるように食いつくのです。頭がおかしいと思わず、真理を植え付ける絶好のチャンスだと思って真理の話をしてあげてください。自我は聴いていなくても、魂はしっかりと聴いているのですから・・・。 このように痴呆症は、真理に顔を向けさせる神の計らいなのです。もしこの計らいがなければ、地球人類の進化は相当遅れるでしょう。どうかわけの分からない人だと思わず、真理の話をしてあげてください。うつろな瞳の向こうで、魂はしっかり聴いているのですから・・・

 

懺悔(反省) 

 心に曇りを付けていると、宇宙エネルギーを閉ざしてしまいます。たとえ入ってきても、完全燃焼させることができません。宇宙エネルギーを完全燃焼させるためには、心の曇りを取り除く反省が必要なのです。これまでの人生の過ちを反省し、二度と過ちを犯さないと堅く心に誓えば、心の曇りが晴れ光(エネルギー)が入ってきます。心から反省すると身体が軽くなったり気持が晴れ晴れするのは、光に満たされたためです。反省は悪い原因を消す一番の方法なのです。ただし注意しなければならないのは、反省を後に引きづらないようにすることです。つまり、一度心から反省したらスパっと忘れることです。また、反省のための反省であってもならないし、業を消したいから反省するという反省であってもなりません。反省は、心から悔い改めるためにするのです。「私はこういう悪いことをしました。御免なさい! もう二度とこのような過ちは犯かしません。」と心から詫びることです。わざわざキリスト教会に行ってやる必要はありません。神がおられる自分の心の前でやってください。罪に苛まれ苦しんでいる人は、ぜひ、反省することをお勧めします。

 

ポジティブな想いを持って生きる

 私達は飲食物だけからエネルギーを摂取していると思っていますが、呼吸によって空気からも摂取しているのです。でも、いくら摂取してもネガティブな想いを持っていては、エネルギーを完全燃焼させることができないのです。なぜなら、ネガティブな想いは光を閉ざしてしまうからです。(光は酸素のように燃焼効率を高める働きがある)反対にポジティブな想いは、光を呼び込みますので燃焼効率が上がるのです。明るく朗らかな人が健康なのは、そういった理由があるからです。もう一点、私達の周りには、良い波動から悪い波動まで様々な波動が飛び交っています。私達はその波動に、良くも悪くも影響を受けているのです。たとえば、良い想いを持てば良い波動と同調し幸せがやってきます。悪い想いを持てば悪い波動と同調し不幸せがやってきます。精神病という病気は、自分が出したネガティブな想いに、周りの悪的波動が同調して起きているのです。これは、波動の世界で生きている私達にとって、逃れられない宿命なのです。だから、常に良い想いを持つ必要があるのです。どうしてもネガティブな想いが消せない場合は、神を思うことです。生命を思うことです。「ありがとう!、うれしいな!、楽しいな!、」といった思いを持っても結構です。何せ、ネガティブな想いをポジティブな想いで打ち消すことです。

 思いは見えません。でも、見えないからといって思いを軽んじてはなりません。思いは創造の力です。思いほど偉大な力はないのです。ぜひ良い想いを持ってください。

 

自分の本性(生命)を意識して生きる

 人間の本性は生命です。でも私達は、人間だと思っています。この人間という思いがエネルギーを低下させているのです。物質はエネルギーが低いのです。生命はエネルギーが高いのです。低い物質(肉体人間)を意識していて、どうしてエネルギーが高まりましょうか? さあ、常に「私は生命である!」と思ってください。生命を意識していれば、間違いなくエネルギーが高まります。それも強く思えば思うほど、多く思えば思うほど高まります。意識することは自由にできます。誰にも邪魔されません。その自由な意識を、生命に、神に、無限に、本当の自分に、向けてください。本当の自分は、生命であり、神であり、無限なのですから・・・。

 

人生の思索をする

 人生の思索を行う者に痴呆症はありません。神様が、本当の自分を知ろうとしている者の頭を狂わすわけがないからです。ですから痴呆症になりたくなかったら、人生の思索をしてください。その者は、気付きと健康の二つの恵みが与えられるでしょう。人生の思索を始めると、宇宙エネルギー(光)を体感できます。(反省する者も、感謝する者も、同じ体験をします)それは、本当の自分が側で手伝ってくれるからです。人生の思索とは、 「人生は何のためにあるのか?」 「人間とは何か?」 「人の死とは何か?」など、疑問に思っていることを自分に問いかけることです。人生の思索は、右脳を活発化させます。生命につながる通路を、太く広く大きくします。そうなると、宇宙エネルギーが入りやすくなります。ぜひ人生の思索、自然界の思索、宇宙の思索、つまり、真理の思索をしてください。

 

日々感謝の思いを持って生きる

 無感謝の思いは光(エネルギー)を閉ざし、感謝の思いは光(エネルギー)を呼び込みます。なぜ感謝の思いが光を呼び込むかといいますと、感謝の思いは「ありがとう!」の思いそのものだからです。「ありがとう!」の思いは、ものすごく波動が高いのです。波動が高いということは、光が強いということです。だから、心から「ありがとう!」と声を出して言えば、言われた人は嬉しくなるのです。どうか、感謝してください。感謝の思いは、光を呼び込む最良の方法なのです。あなたの両親に、兄弟姉妹に、友達に、あなたの周りのすべての人達に、鉱物・植物・動物に、感謝してください。また自分の身体にも感謝しましょう。更に、過ちを気付かせてくれた病気にも感謝しましょう。声に出さなくても結構です。思うだけでいいです。勿論、「言葉は神なりき」ですから、声に出した方が効果は大きいでしょう。

 「あ・い・う・え・お」の入った言葉は、波動が高いのです。その波動の高い『ありがとう!』の言葉を多く使えば、闇である病気は退散するしかないのです。どうか、日々感謝の思いを持って生きてください。

 

人生で大切なのは何か?

 病気で死ぬ人と生還する人がおります。また、事故や災害で死ぬ人と生還する人がおります。でも、どちらでも良いのです。長命が幸せか?、短命が幸せか?、そんなことは、生命にとってどうでも良いからです。

 人の生き死には、生命だけが知っています。生命は完全ですから、どのような死に方をしても、それは良いことなのです。重要なのは、人生で何を学んだか? 何を掴んだか? すなわち、人間とは何かを知ることです。それを今人類は、苦しみを通して知ろうとしているのです。病気や事故災難は、それを知るための手段です。たしかに苦しいです。痛いです。でも、成長のための苦しみですから良いことなのです。

 肉体は朽ち果てますが、生命は永遠です。私たちは永遠の生命ですから、永遠の目で人生を見なくてはならないのです。そうすれば、人生において何が一番大切かが見えてくるでしょう。

 

汝の見るもの受け継がん!

 宇宙の約束ごとに、「汝の見るもの受け継がん!」という決まりがあります。これは、想ったことは何でも受け継ぐという決まりです。つまり、良いことを想えば(意識すれば)良いことを受け継ぎ、悪いことを想えば(意識すれば)悪いことを受け継ぐという決まりです。皆さんは病気のことは想わなかったかもしれませんが、病気と同じ悪い想いを持っていたから病気になったのです。つまり、恨み、憎しみ、悩み、怒り、心配、恐怖、妬み、誹り、などの悪想念を持っていたから、病気になったのです。勿論、病気は複雑な原因が絡んでいますから一概に言い切れませんが、自分の想いが作ったのは間違いないのです。ではこの決まりを、逆手に利用したらどうでしょうか? つまり、良いことを想うことです。そうすれば良いことを受け継ぐわけですから、病気から生還できるはずです。これは、白隠和尚が証明してくれているので間違いありません。彼は肺結核になりましたが、神を想い続けることで病気から生還できたのです。

 良い思いの一番は、神・生命・大霊の想いです。その思いを持っている時は、悪い想いは持てません。悪い想いを持たなければ、悪いことは受け継ぎません。ぜひ、良い想いを持ってください。間違いなくあなたの人生は良い方向へ転換します。これは私が保証するのではなく、宇宙の法則が保証するのですから間違いありません。

 

意識の偉大さを信じる

 私達の肉体の中で働いている意識の力(生命力)は、半端では無いのです。宇宙をも動かす、ものすごい力量を持っているのです。ですから、その意識によって生かされている肉体が、壊れたり病気になったりするはずがなのです。肉体をか弱いものと考え使うから病気になるのです。もし、心から意識の力が信じられたら、肉体はとんでもない力量を発揮するでしょう。見てご覧なさい!  コンクリートの隙間で強かに生きている雑草を・・・踏まれても踏まれてもめげず生きている草花を・・・それほど意識(生命力)の力はすごいのです。その同じ意識が、私達の肉体の中で働いているのですから、少々負荷をかけてもヘコたれるものではないのです。いや、負荷をかければかけるほど強く働いてくれるのです。

 では、その意識が働いている肉体が、なぜ病気になるのでしょうか? それは、肉体は壊れるものだ、病気になるものだ、といった私達の誤った概念が、肉体をか弱いものにしてしまったからです。肉体を自分だと思えば、どうしてもか弱いものにしてしまうのです。でも、肉体の中で働いている意識が本当の自分だと思えれば、肉体は一千年でも二千年でも、いや一万年だって健康に働いてくれるのです。どうか、か弱い肉体の概念を、強い肉体の概念に置き換えてください。そうすれば肉体は、力強く働いてくれるでしょう。ただし、意識の偉大さが信じられなくては、肉体は力強く働いてくれません。これが一番の問題点です。どうしても信じられないなら、少しずつ負荷を掛けて肉体がどう変化するか試してください。試して確信が得られたら、確信が得られた分の負荷を掛けてやってください。きっと肉体は、確信を得た分の力量を発揮してくれるでしょう。

 

想念で取捨選択する

 「心の乱れは技の乱れ」という格言があります。スポーツ選手の泣き所はこれなのです。心が乱されれば、技も乱されてしまうのです。病気も同じです。心が乱れるから、病気になってしまうのです。心を乱さないためには、良いことは意識し、悪いことは意識しないことです。これは想念で取捨選択することができるのです。たとえば、何か厭なものを見たり聞いたりしたとしましょう。でも厭なモノを受け取らなければ、心が乱されることはないのです。つまり、自分の宇宙に厭にモノを入れなければ、自分の宇宙は汚されないのです。見て観ず、聞いて聴かずです。要するに、五感から入ってきた厭なモノを想念で仕分けし、心に入れないようにすることです。勿論、良いことは入れましょう。でも、悪いことは入れないことです。これは自由意志で取捨選択できるのです。

 外側のモノが病気にすることはありません。なぜなら、外側のモノはみな現象だからです。内側の意識が病気にするのです。ですから、悪いモノを意識の中に入れなければ、つまり悪いモノを見ず聞かず想わなければ、決して病気になることはありません。これは断言しておきます。

 

 中庸の目安

 

 中庸の大切さはこれまでも述べてきたところですが、ではどの程度の中庸を目指すべきか? ここで目安を示したいと思います。 

 ①偏らない食生活 

 私たちの体は、何を食べてもエネルギーに変わるようできております。しかし現代人の食生活は、一物すべてを食べておりません。食べづらい部分を捨てているのです。一物一価といって、本来食べ物に捨てる部分は無いのです。どんな食べ物も丸ごと食べれば、それだけで十分栄養が摂れるようになっているのです。その証拠に昔のエスキモー人は、魚や獣を丸ごと食べていたので野菜や果物など食べなくても健康でいられたのです。その意味からいえば何を食べても良いわけですが、現代人の食生活は食べづらい部分を切り捨てているので、一物一価になっていないのです。だから適数な種類の食べ物を、適量摂る必要があるのです。ただしこれも、すべては一つという真理を心の底で知ったら守る必要はありません。一つの物の中に、すべてのモノが含まれているからです。

 食べ過ぎるのは良くありません。食べ無いのも良くありません。また辛すぎるのも、甘すぎるのも、濃すぎるのも、脂っこすぎるのも、良くありません。「中庸・中道の法則」から逸脱しているからです。では、目安はどこに置くべきでしょう。それはあなたの肉体が知っています。つまり、肉体が欲している、甘さ、辛さ、油っこさ、濃さ、量、に従ってください。この目安の程度は、真理の理解力に比例して変わってくると思いますが、とりあえず今の肉体の欲求に従ってください。

 ②適度な体重

 純粋なエネルギー(宇宙エネルギー)は、いくら摂っても太ることはありません。でも不純なエネルギー(食べ物のエネルギー)は、摂り過ぎると脂肪となって体内に残るので太るのです。この脂肪は波動を落としますので、悪しき波動(サタン)を呼び込むきっかけともなります。ですから、極端に太らない中庸の食生活を守ってください。また、痩せ過ぎるのも良くありません。精神的疾患からくる拒食症は、特に注意が必要です。太り過ぎか痩せ過ぎかは、自分がよく知っているはずです。自分が納得できる体重を維持してください。

 ③適度な運動

 人間は、体を動かすことによって使命が果たせるようできています。動けば人との出会いが生まれます。そうすれば、そこに様々なドラマが生まれ、たくさんの体験ができます。その体験が、魂を大きく成長させるのです。また生理学的にいっても、適度な運動は身体に良いのです。適度な運動は体内の気の流れを良くし、細胞を活性化させるからです。特に血液の濃い人は、適度な運動が必要です。さらに良い点は、身体を動かせば、原子核を増やすことができる点です。でも、きつい運動は避けてください。なんでもそうですが、「適度な運動、ホドホド」が宇宙の法則に適っているのです。

 なぜ行動力のある人は病気になりづらいかといいますと、意識が陽に傾いているからです。陽はエネルギーそのものですから、陽の意識を持っている人は、エネルギッシュなので病気になりづらいのです。陽の意識とは、積極的な意識、果敢に挑戦する意識、突き進む意識、動じない意識、やり抜く意識、何でも良く受け取る意識です。このような意識を持っている人は、エネルギーが強いので病気になりづらいのです。どうか行動力のある人、積極的な人になってください。その人は病気とは縁遠い人になります。

 ④適度な楽しみ

 楽しみも、極端な快楽は良くありません。なぜなら、「楽あれば苦あり」の格言が示すように、楽は苦の対極にあるからです。麻薬はその典型的事例です。濃い楽しみの後には、必ず虚しさがやってきます。それは、私達の魂が中庸の大切さを知っているからです。偏れば苦しみがやってくることを、長い転生の中で体験してきたからです。運動も食事も楽しみも、ホドホドが良いのです。エネルギーはバランスが取れた時、一番高くなるようなっているからです。 

 ⑤適度な生活環境

 生活環境は、沢山お金をかけたからといって良くなるとは限りません。いやかえって、悪くなることの方が多いです。なぜなら、エネルギーの偏った環境には、危険人物(欲の深い人)が多く集まってくるからです。といって、あまりお金をかけない不潔な環境も良くありません。

 生活環境は、人生を大きく左右するのです。明るく清潔な環境には幸せが、暗く不潔な環境には不幸が・・・。それは、明るい環境はエネルギーが高く、暗い環境はエネルギーが低いからです。エネルギーが高ければ腐らないので清潔なのです。エネルギーが低ければ腐るので不潔なのです。では、どうすればお金をかけず良い環境を調えることができるかというば、それは工夫次第です。つまり、部屋が狭くても工夫次第で整理整頓できるし、部屋も明るくできるし、清潔も保てるからです。確かに明るく清潔な生活環境は必要です。でもそれ以上に、人との交わりによる環境の方が大切なのです。その人的環境は、自分が明るければ波動の同調によって明るい人達が集まってきますから、あえて意識する必要はないのです。

 自由意志を持つ私達には、良い環境を選ぶ特権があるのです。でもその良い環境を呼び寄せるのは、本人の想念なのです。良い想念を持てば、良い環境が与えられます。悪い想念を持てば、悪い環境が与えられます。これは原因と結果の法則によるものですから間違いないのです。どうか、普段から良い想念を持つよう心掛けてください。

 生活環境は与えられるのではありません。自分の想念で自分が持ってくるのです。それは意識せずとも、自分の原子核が増えれば自然と整ってゆくものなのです。

  ⑥適度なお金や物

 どんなに沢山の物を得ても虚しさが増すばかりで、一向に幸せ感は得られません。当然です。お金や物に思いを向ければ向けるほど、宇宙エネルギー(光)から遠ざかってしまうからです。物質は波動が低いのです。いやこの世のモノは、すべて波動が低いです。波動を高めるには、「神・生命・無限・愛」を想うことです。「神・生命・心・愛」などの思いは波動が高いので、宇宙エネルギーが高められるのです。日々生きられるだけの物やお金があれば良いのですから、そんな物にあまり執着しないことです。それよりも、宇宙エネルギーを高める「神・生命・無限・愛」に思いを向けるようにしてください。

  

神の完全性を信じる

 ①神は完全の塊

 神が完全なのは、今宇宙が存在していることが証明しています。その完全な神が私達になっているのですから、私達は完全そのものなのです。私達は完全の塊なのです。それも、半端な完全の塊ではないのです。非の打ち所のない完全の塊なのです。一ミリの狂いもない完全の塊なのです。 

 完全の中には、完全しか無いのです。完全の中には、完全な神しかおられないのです。その完全な神が私達なっているのですから、私達は完全にしかなれないのです。

  ②神が完全なるがゆえに、あなたも完全である

 神の意識が不完全なら、この宇宙は今存在していないのです。宇宙が今存在していられるのは、神の意識が完全だからです。ということは、存在しているどんなモノも完全であることになります。完全な神が、不完全なモノを創るわけがないからです。もし創るなら、神は不完全になってしまいます。ですから、今存在しているどんなモノも完全なのです。ならば、今存在しているあなたは、完全ではありませんか? 神が完全なるがゆえに、あなたは完全なのです。

 ③完全なるモノのみが存在できる

 完全なモノのみが存在できるのです。不完全なモノはこの宇宙に存在できないのです。もし、この宇宙に不完全なモノが存在できるなら、神は完全でなくなってしまうからです。ということは、今存在しているあなたは完全ではありませんか? そうです。今存在しているあなたは、間違いなく完全なのです。さあ、「神が完全なるがゆえに自分も完全である! 」と思ってください。あなたは間違いなく、完全、健全、健康なのですから・・・。それは、今あなたが存在していることが証明しているのです。

 ④完全なモノのみが息できる

 完全なモノのみが息できるのです。息していることが完全の証なのです。ならば、今息しているあなたは、完全ではありませんか? 

 原子が息しているのは完全だからです。

 鉱物が息しているのは完全だからです。

 植物が息しているのは完全だからです。

 動物が息しているのは完全だからです。

 地球が息しているのは完全だからです。

 宇宙が息しているのは完全だからです。

あなたもそうです。今息をしているあなたは、完全なのです。これは疑いのないことなのです。息は完全の証なのです。息そのものが、完全なる神だからです。

 ⑤完全な者だけが、思え、語らえ、行える

 完全な者だけが、モノ思え、モノ語らえ、モノ行えるのです。不完全なものは、モノ思えず、モノ語らえず、モノ行えないのです。あなたはモノ思え、モノ語らえ、モノ行えます。だからあなたは、完全なのです。あなたが完全なのは、120%間違いないことなのです。

 さあ、堂々と自分は完全であると思ってください。完全だと思えた途端、病気は消えてしまいます。なぜなら、病気は不完全なモノだからです。完全の中に不完全な病気は存在できないのです。 

  ⑥神と同じ想念を持っているモノは完全である

 あなたは、神と同じ想念を持っています。ということは、あなたは完全であるという証です。なぜなら、神の想念は完全だからです。神と同じ想念を持っているから、病気も作れるのです。もし、あなたの想念にそのような力が無かったら、病気はおろか何も作れないでしょう。幸いなことに何でも生み出す想念を持っているから、あなたは喜怒哀楽の人生体験ができるのです。それほどあなたの想念は、すごい力を持っているということです。その想念を悪用しないでください。想念を悪用しなかったら、間違いなくあなたは幸せになれるのです。

 ⑦この宇宙に不完全なモノは何一つない!

 この宇宙に不完全なモノは、何一つないのです。なぜなら、完全な神によって差配されている宇宙だからです。ということは、その宇宙に存在するあなたは、完全であるということです。しかしあなたの周りには、なぜか不完全なモノがあります。なぜでしょう? それは、あなたの迷いの想いが、不完全なモノを作っているからです。もし、あなたが迷いの想いを持たなかったら、この宇宙に不完全なモノは何一つないでしょう。あるとしたら、あなたが悪想念を持った時であると思ってください。

  ⑧完全な者だけが今を感じられる

 今あなたは、今を感じています。それは、あなたが完全だからです。不完全なモノは、今を感じることができないのです。なぜなら、不完全なモノは意識を持っていないからです。ということは、意識を持っているあなたは、完全であるということです。その完全な意識の持ち主が、病気になるはずがないのです。なぜなら、病気は不完全なモノだからです。

 あなたには、今があります。あなたに今がある限り、あなたは完全なのです。このことをどれほど信じられるかです。もし心の底で信じられたら、途端に心身に変性変容が起きるでしょう。それは、実在する今を利用したからです。意識は光ですから完全です。病気は影ですから不完全です。光が灯れば影が無くなるのは、不完全は完全には勝てないからです。

 

●自己完結型宇宙の完全性

 ①自己完結型宇宙の素晴らしさ

 この宇宙には、あなたしかいないのです。あなたしかいないならば、どんな事も自分が計画し用意するしか無いでしょう。たとえば、自分の成長に必要な相手役は、自分が用意しなければならなりません。ということは、嫌なことをするあの人も、憎まれ口を言うこの人も、みなあなたが頼んで連れてきた相手役だということです。だから、人を憎んでも、恨んでも、怒っても、ならいわけです。

 自分しかいない宇宙で自分を成長させるためには、このように自分で自分に課題を与え、その課題を自力で克服してゆくしかないわけですが、それを叶えてくれるのが嫌な相手役であり、苦しい病気や事故災難なのです。ということは、病気や事故災難は無くてはならない警笛だということです。では、どうすれば警笛に応えることができるかということですが、それにはまず課題を見つけることです。つまり、自分の過ちや欠点を見つけることです。見つけたら、すぐ直せる過ちは直しましょう。すぐ直せない欠点は、無理して直す必要はありません。自分の魂を大きくすれば良いのです。なぜなら、魂が大きくなれば、自然と欠点は無くなってゆくからです。これが、自己完結型宇宙の素晴らしいところなのです。

 自己完結型宇宙の主は自分自身ですから、自分が克服できない課題は与えないのです。だから心配せず、原子核(魂)を増やすことだけやってください。原子核が増えるに従い、病気は消えてゆきます。それはもう課題を与える必要がなくなったからです。

 ②すべてあなたが用意した自己完結型宇宙

 あなたの自己完結型宇宙に、嫌な性格を持った人物が登場してきたとしましょう。でもその人物を、批判したり、罵ったり、軽蔑したり、怒ったりしてはなりません。また、その人物の嫌な性格を直そうとしてもなりません。なぜならその人物は、あなたの嫌な性格を気づかせるためにあなたが連れてきた役者だからです。あなたが、その人物の嫌な性格が気になるのは、あなたに同じ嫌な性格があるからです。その人物は、そのことを気づかせようとして、わざわざ嫌な演技をして教えてくれているのです。あなたがその事に気づき嫌な性格を直したら、あなたの学びが終わったことになるので、その人物の性格も変わるでしょう。もしかしたらその人物は、あなたの宇宙からいなくなるかもしれません。それはもう、あなたの宇宙に必要なくなったからです。

 このように、あなたの人生舞台に登場してくる人物は、みなあなたを成長させるたに演技してくれている役者さん達です。だから感謝してください。決してその役者さん達を嫌ってはなりません。

  

 ●神の自覚を持てば癒される

 私たちが、今生学ぶ最終章は自覚です。私たちの本性は間違いなく神です。でも私たちは、長いこと人間として生きてきたために、人間グセをつけてしまいました。そのクセを取るには、それはそれは大変な努力と忍耐がいるのです。でも本性は神ですから、人間グセさえ取れば間違いなく神に戻ることができるのです。人間グセを取るには、人間に傾いていた想いを、神の想いに傾ける瞑想が必要なのです。つまり、人間の自覚から神の自覚に転換する瞑想が必要になるのです。

 神の自覚とは、「自分は神であった!」と心の底で思えた状態です。その意識状態になったら、もう病気になることはありません。それは、自然の法則の外に完全に出たからです。つまり、闇から出て光の中に入ったからです。病は闇です。不幸は闇です。闇人間として生きるから、病や不幸に苦しむのです。神の自覚が得られたら光の中に入るわけですから、闇はすべて消え去るのです。

 神の自覚を得ることが、人生の最大の目的なのです。といってもこの自覚は、簡単に得られるものではありませんから、ここでは神の自覚が得られたらもう病気で苦しむことはない、ということだけ述べておきます。もしこの小冊子を読み、真剣に神の自覚を得たいと思われた方は、ぜひ「人類の夜明2・3・4」「更新集」「今週の真言」「勉強会の動画」などを読んで、見て、真理を探求してください。

 

●私が本当に望んでいること!!

 この本の締めくくりとして、私が一番に望んでいることを述べさせていただきたいと思います。こんなことを言っては、お叱りを受けるかも知れませんが、私は病気が治る治らないなどは、どうでも良いと思っているのです。なぜなら、人生の目的は「本当の自分を知る」ことにあるからです。肉体はこの世限りのモノです。でも真理は、永遠のモノです。病気になって永遠のモノが手に入るなら、こんな有り難いことはないのではありませんか。

 どうか、病気で悩まないでください。できたら、病気のことは忘れてください。真理を学んで病気を治そうと思うのは、矛盾なのです。なぜなら、病気を治したいと思うのは、病気を認めているからです。病気を認めながら、どうして病気が治るでしょうか? もともと病気など無いのですから、病気のことは忘れることです。もし忘れることができたら、いつのまにか病気は無くなっているでしょう。でも、なかなか忘れることができない。常に病気のことを考えている。では、どうしたら病気を忘れることができるかということですが、それは神を想い続けること以外ありません。それも、病気を治したいから神を想うのではなく、本当の自分を知りたいから神を想うのです。

 繰り返します。人生において一番大切なのは、いかに「本当の自分を知るか」です。どうか、不純な動機で真理を学ばないでください。「本当の自分を知りたいから真理を学ぶ!」という純粋な動悸をもって学んでください。そのような動機で神を求めたら、次の三つの果実を手に入れることができるでしょう。一つは、原子核が増える果実・・もう一つは、自分の欠点が無くなる果実・・あとの一つは・・、もう言うまでもないでしょう。

 

 

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