見えないものこそ 真実なるもの!

 この宇宙には、一つのモノしか有りません。一つのモノしか無いということは、見えるモノも見えないモノも、その一つのモノであるということです。見えるモノも有って見えないモノも有るなら、二つのモノが有ることになり、一つのモノしか無いという真理は崩れてしまいます。

 見えるモノも見えないモノも、同じ一つのモノなのです。見えるモノは見えないモノであり、見えないモノは見えるモノなのです。見えていても見えていなくても、それは同じ一つのモノ・・・ただ、五官で感じられるか感じられないかだけの話です。しかし、実際に有るのは見えないモノです。なぜなら、見えるモノは必ず消えて無くなるからです。ということは、消えて無くなるモノは幻であるということです。そもそも、この表現宇宙そのものが消えて無くなる幻ですから、幻の中に存在するモノが常在することは不可能なのです。

 この宇宙は、見えないモノがベースになっているのです。見えないモノの中に、見えるモノが浮いているのです。それは、海の上に氷が浮いているようなものです。氷が融ければ海に帰るように、見えるモノが融ければ、見えないモノに帰るのです。それは、見えないモノから生まれた見えるモノだからです。見えないモノから生まれた見えるモノは、いつか必ず見えないモノに帰るのが定めなのです。

  • 海から生まれたモノは、海なのです。
  • 見えないモノから生まれたモノは、見えないモノなのです。
  • 宇宙から生まれたモノは、宇宙なのです。
  • 神から生まれたモノは、神なのです。

 海が神なのです。見えないモノが神なのです。宇宙が神なのです。私たちは、「その海から」「その見えないモノから」「その宇宙から」生まれたのですから、私たちは間違いなく神なのです。だから私は堂々と、「私は神である! 」と大宣言するわけです。

 私たちが求めるべきものは、見えるモノではありません。永遠不滅の見えないモノ、すなわち真実です。どんなに過去世のことを知ったって、幽界人に会ったって、物質化できたって、UFOに乗ったって、それはみな現象ですから、夢を見ているようなものなのです。私たちは、一日も早く見えるモノから抜け出さねばならないのですよ! 。なのに現象に囚われていては、本末転倒になりかねません。どうか真実に目を向けてください。真実を探し当ててください。見えるモノに時間を使うほど、愚かなことはないのですから・・・。

 現象に時間を使っている人は、死んでいる人です。神の自覚を得ることに時間を使っている人は、生きている人です。そのことを私は、声を大にしていいたいと思います。

2015年4月15日更新

 

 

 

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