神がそのモノになった

 神がモノを創る場合、神がそのモノになるしかないのです。つまり、原因者である神自らが、結果体であるそのモノになるしかないのです。なぜなら、この宇宙に神の他は何も無いからです。結果と原因のどちらが先か?という論争が無意味なのは、結果体と原因者は同じモノだからです。結果体と原因者が同じモノだと深く思えたら、どちらが先でも良くなるのです。

 私はよく、意識がモノを生み出しているという言い方をしますが、原因者である神と結果であるモノが同じ神ならば、モノが意識を生み出していると言っても何も不思議でもないでしょう。なぜなら、原因者(神)だけでは、原因なき原因者なる資格が無いからです。結果の生み出せない原因者など無意味です。結果を生み出してこそ、原因者の存在価値が生まれてくるのです。だから私は、結果体と原因者は同等の価値があるというのです。ならば、結果体(人間)が原因者(神)を生み出している、といっても言い過ぎではないでしょう。「結果をいじって原因を変える」(逆も真なり)の現代医療も、頷けるというものです。

 結果体が結果体を生み出せない無能さは分かっていますが、結果体がなくては原因者の存在も無意味なのですから、やはり結果体と原因者は同等の価値があるのです。

 

 

 

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