● 中庸の自分を知る

 もし姿形も無く、五感も無く、意識だけの自分なら、あなたは「自分」のことを何と思うでしょうか? 恐らく自分が解らないでしょう。だから神は、形の中に私たちを入れ、自我を持たせたのです。しかし、そのために私たちは、形に惑わされ本当の自分を見失ってしまいました。今、私たちが苦しんでいるのは、本当の自分を見失ったからです。でもその苦しみの中から、必ず本当の自分を発見する時がくるのです。自我を持った自分が本当の自分を発見すれば、もう迷うことはなくなります。それは本当の自分と自我の自分の両方を体験し、中庸の自分を知ったからです。そうなれば、自分が宇宙を創り、自分が自分を創ったことも解るのです。

 人間も、神も、宇宙も、何もかも、自分の意識が作り出した観念の産物にしか過ぎないのです。その観念の産物を生み出した意識の自分とは、一体何者なのでありましょうか?・・・ どこから来たのでありましょうか?・・・ どこから生まれたのでありましょうか?・・・

 

 

 

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