本当の自分を知ることは永遠にできない!!

 もし姿形も無く、五感も無く、意識だけの自分なら、あなたは「自分」のことを何と思うでしょうか? 恐らく自分が解らないでしょう。だから神は、形を持たせ、自我を持たせ、自分が何なのか解るようにしたのです。でも私たちはそのために、本当の自分を見失ってしまいました。形を持つと形に惑わされ、意識の自分を見失ってしまうのです。今、私たちが苦しんでいるのは、形に惑わされ意識の自分を見失ったからです。でもそれさえも、神の愛です。なぜなら、その苦しみが、本当の自分を発見させるからです。

 今私たちは、自分の意識を感じています。感じられるのは、自分が意識だからです。自分が意識でなければ、自分が意識だと感じられないはずです。このことが解った人のみが、自分の意識が全てのモノを創っていることが解るのです。なぜなら、自分の意識が無くなれば、妻も、子も、地球も、宇宙も、すべて消えてしまうからです。

 人間も、神も、宇宙も、何もかも、自分の意識の産物なのです。ではその意識の自分とは、一体何者なのでしょうか?・・・ どこから来たのでしょうか?・・・ どこから生まれたのでしょうか?・・・確かに自我を持ち、自分が意識であることは解りましたが、自分の意識の出処が解らないのです。探っても探っても、自分の意識がどこから来ているか源が解らないのです。自分自身意識でありながら、自分の意識の出処が解らない、こんなもどかしいことがありましょうか? でも、それで良いのです。解ったら、終着駅に着いたことなるからです。終着駅のある有限の旅はつまりません。だから永遠に終着駅の来ない旅、つまり自分の意識の出処が永遠に解らない旅が楽しいのです。

 自分の意識の謎解きは永遠にできません。永遠に解けないがゆえに、私たちは幸せなのです。

 

 

 

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