● 最後の審判

 キリスト教で言われている「最後の審判」は、世の終わりに魂の選別がなされるという意味らしいですが、この世に最後などあるわけがないですから、信じてはならなりません。たとえ一時それらしきことがあったにしても、選別は誰かがするのではなく自分自身がするのです。といっても皆さんは、すでに自分の理解力でニセモノとホンモノを選別しここに来たのですから、改めてする必要はないのです。

 本屋さんに行ってごらんなさい。精神世界の本や宗教の本がところ狭しと並べられています。またインターネットでも、そのたぐいの情報が飛び交っております。その中からホンモノを選ぶのは、砂浜に落としたコンタクトレンズを探すくらい難しいでしょう。なぜなら、殆どが自我で書かれたニセモノの本ばかりだからです。皆さんは、その中から私の本を選んだわけですから、それはそれは大変な選別をしてきたわけです。これは、自分を大いに褒めてやって頂きたい、と同時に、その苦労に報いるためにも、ぜひ真理を自分のモノにして帰って欲しいと思います。

 これは外側の選別だけではなく、内側のニセモノとホンモノの選別についても言えることなのです。すなわち、自我(サタン)と真我との選別です。ぜひ、外も内も間違いのない選別をやってください。

 

 

 

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