● すべては同じ一本の糸

 ここに一本の糸があったとしましょう。その糸は、本源の宇宙(真実の宇宙・絶対宇宙)においては見えないため、存在しているように思えないのです。でも見えなくても、思えなくても、その糸は間違いなく存在しているのです。なぜなら、見えないのが真実の証だからです。真実は見えないのです。でもそれでは存在意味が無いので、神は波動を下げて見える無数の糸にし、表現宇宙に放出したのです。だから、この表現宇宙には、波動の違う無数の糸が存在しているのです。例えば、クオークも、中性子も、陽子も、電子も、分子も、細胞も、名前は違うが同じ一本の糸です。今後新しい素粒子が発見され色々な名前がつけられるでしょうが、どんな名前がつけられようと、みな同じ一本の糸の現れに過ぎないことを忘れてはなりません。

 神も、仏も、生命も、エネルギーも、光も、同じ一本の糸の現れです。キリストも、ブッタも、アラーも、みな同じ一本の糸の現れです。土も、細菌も、ソマチットも、花も、犬も、人間も、みな同じ一本の糸の現れです。当然、白人も、黒人も、黄人も、赤人も、緑人も、同じ一本の糸の現れです。だから、形や名前や性質が違うからといって、差別したり敵対したりしてはならないのです。わざわざ探査機を飛ばして宇宙の塵を拾ってくる必要がないのも、地球の塵も、宇宙の塵も、みな同じ一本の糸の現れに過ぎないからです。真理について論議してならないのも、どんな論議の対象物も、みな同じ一本の糸の現れに過ぎないからです。

 人類は名前に囚われ、何が大切なのか見失っているのです。大切なのは名前を知ることではなく、真実の中身を知ることです。その真実は、一つしか無いのです。すなわち、一本の糸しか無いのです。神しか無いのです。だから私は、沢山のモノを知る必要はない、たった一つの神を知れば良いと言うのです。

 

 

 

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