寂しい人に

 私たちが寂しいと思うのは、分離観念を持っているからです。自分と他のモノとの間に溝を作り、一人になっているから寂しいと感じるのです。でも、どんなに一人だと思っても、私たちは一つのモノと一緒にいるのです。一つは、私たちを含めた沢山のモノの集まりなのです。つまり、一つは無限のモノの集まりなのです。一つは無限なのです。無限は一つなのです。

 一つのモノしか無いとは、自分を含めた沢山のモノと一緒だという意味です。なぜなら、すべてのモノは無限の現れだからです。すなわち、自分の現れだからです。だから本当は、寂しいわけは無いのです。どうか、すべてのモノは自分だと思ってください。そう思えば、寂しくありません。事実あなたは今、一つのモノと一緒にいるのですから・・・。永遠の昔より一つのモノと一緒だったし、今も一つのモノと一緒だし、未来も一つのモノと一緒にいるのです。あなたは、一つのモノから離れたことがないのです。その一つのモノは、あなた自身です。すなわち、あなたの意識です。言い換えれば、神です。生命です。一つのモノは、あなたの分身なのです。どうか、あなたの着ているモノに話しかけてやってください。あなたの乗っている車に話しかけてやってください。あなたの周りにあるモノに話しかけてやってください。きっと、喜んでくれるでしょう。

 一人で晩酌をしたくなるのも、寂しさを紛らわすためです。赤暖簾を潜りたくなるのも、夜の街を徘徊したくなるのも、寂しさを紛らわせるためです。でも、そんなことをしても、寂しさは無くなりません。それよりも、すべてのモノは自分の分身だという思いを強くすることです。  

 一つは無限なのです。無限の中に二つは無いのです。もし、ここからここまで私で、ここからここまでがあなたで、と二つに分けてしまえば、それは有限になるのです。それでは、宇宙は有限になってしまいます。そんな宇宙はあり得ないのですから、一つはあくまでも無限なのです。ということは、今存在しているあなたは、その一つのモノであり無限ではありませんか。沢山のモノがあるように見えますが、それはすべて同じ一つのモノであり無限なのです。だから、寂しいわけがないのです。

 もし寂しくなったら、

私はすべてのモノである!

すべてのモノは私である!

 と思ってください。

 この宇宙に一様の神しかおられません。だから、神様は寂しいだろうと思うかもしれませんが、一様の神は無限ですから、寂しいことはないのです。あなたも、一であり無限の存在ですから、寂しいはずはないのです。

2016 年7月15日更新

 

 

 

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