私を知ることは永遠にできない! パート1

 一体私は何なの? 誰なの? どこから来たの? どこへ行くの? 私は、私を知りたい・・・。 私が何者なのかを知りたい・・・。

 でも、どんなに探っても私を知ることができない? なぜ知ることができないのだろうか? それは、私がいつ誕生したか分からないからです。私は生まれた覚えがないのです。だから死んだ覚えもないのです。気がついたら、私はいたのです。だから私は、誕生日を知らないのです。

 私は永遠の昔からいたのです。そして永遠の未来にもいるのです。私に生死が無いから、生い立ちが分からないのです。生い立ちが分からないから、素性も分からないのです。生い立ちも素性も分からない私を、どうして知ることができるでしょうか? 

 では私は、私を永久に知ることができないのでしょうか? そうです。私は私を永久に知ることができないのです。でも、それで良いのです。なぜなら、私を知ったその途端、私は無くなってしまうからです。知ったということは、そこまでという意味です。終わったということです。終わりは、終結・完結・有限を意味します。有限という意味は、個であるという意味です。個は必ず無くなるのです。私は、そんな無くなる存在になりたくありません。だから私は、私を知らなくて良いのです。知らなければ、無限の存在でいられるからです。無限の存在者であれば、無限の幸せが体験できるのですから・・・。

 ここで言っている私とは、肉体の私ではありません。魂の私です。生命の私です。神の私です。誤解なきように・・・。

2016年9月15日更新

 

 

 

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