● 何事も思いが先に立つ

 想念は実現の母です。これは、何度言っても言い過ぎることはありません。思えば必ず実現します。それも、強く思えば強く実現し、弱く思えば弱く実現するのです。

 世の中には、心にドロドロしたものを持ちながら、世の成功者と言われる人たちがおりますが、彼らは欲念が強いからこの世の物を引き寄せることができたのです。つまり、世の成功者と言われる人たちは、ただお金や地位や権力を引き寄せる念力が強いと言うだけで、人格とは関係ないのです。だから、世の成功者を人格者と呼ぶのは、正しくないのです。生命核(魂)を大きくした人が、人格者なのです。ですから、正しくは「命格者」と呼ぶべきでしょう。 

 「身・口・意」という言葉がありますが、「身・口・意」の真の意味は、何事も思いが先立って実現されるという意味です。思って、言葉になって、行為になるのです。この世は波動が荒いため、思ってもすぐに実現しませんから、思いが言葉や行為に結びついていると思えませんが、意識界(幽界)は波動が精妙なため思ったらすぐ実現するのです。しかし波動の粗いこの世でも、何度も思えば間違いなく実現します。事実、病気・事件・事故・テロ・戦争・自然災害などは、思いの産物ではありませんか? だからイエス様は、思いに対しても「汝姦淫するなかれ!」と戒められたのです。「私は何度も思ったが実現しなかった!」という人がおりますが、それは未だ結果が降りていないだけで、いずれ必ず実現するのです。例え今生実現しなくても、来生以降何らかの形で実現するのです。

 「私は思いと裏腹な言葉が話せます」と言う人がおりますが、そんな芸当は絶対できません。裏腹な思いを持っていても、話す瞬間正常な思いを持ち正常な言葉を語っているのです。また「私は言葉は汚いが、心はきれいだ」という人がおりますが、そんなことも絶対ありません。悪い想いを持っているから、悪い言葉が出てくるのです。例え褒め言葉を語ったとしても、腹の底に悪意を持っていれば、おべんちゃらに聞こえるのです。だから、褒められても嫌な気分になるのです。

 この世では、思いの伴わない行為があります。反射運動がそうです。思わなくても体が勝手に動く現象です。何度も何度も身体に覚えさすことによって生まれる条件反射的行為ですが、それは肉体細胞自体に意識があるためで、アスリートはこの条件反射をうまく運動に利用しているわけです。しかしこれも、身体に何度も覚えさす段階で思いが関わっているわけですから、やはり思いがしているのです。

 このように、すべて思いが先立っての話なのです。

 

※ 身口意

身口意という言葉があます。この身口意の「身」とは行為のこと、「口とは言葉のこと、「意」とは想いのことです。「身」も「言葉」も五感で捉えられます。でも、「意」は五感で捉えられません。だから、どうしても「意」を軽視してしまうのです。でも、この三つのうちで一番大切なのは、「意」です。なぜなら、身を動かすのも、言葉を話すのも、想いがやっているからです。原因(想い)あっての結果(言葉や行為)です。「想」いは原因次元なのです。「言葉や行為」は結果次元なのです。結果は原因なしに生まれないのです。でも、人間は「意」を軽視し、平気で悪い想いを持っています。それは想念の恐ろしさを知らないからです。私が「想念が全てですよ!」と口うるさく言うのは、「意」だけが真実だからです。言葉も行為も現象で、真実では無いのです。何が最も大切か、この際もう一度考えてみてください。

 

 

 

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