形の無いのが幸せ

 形の有る状態は終わりの有ることを意味し、無い状態は終わりの無いことを意味します。形の有るモノは消えるのです。形の無いモノは消えないのです。誕生したモノは必ず消えるのです。誕生しないモノは絶対消えないのです。初めが有るということは、終わりが有ることを意味しますから、それは生と死のある限定された状態です。限定は有限なのです。無限定は無限なのです。つまり形が有ったら、その形が限定してしまうから、それは有限になってしまうのです。形が無いのは何の限定もないから、それは無限になるのです。有限は必ず消えますから、無い状態なのです。無限は消えませんから、有りの状態なのです。だから形の無いのが何でも有りの状態であり、形が有るのは何も無い状態だと言うわけです。

 形の世界が苦界だと言われるのは、限定された不自由な世界だからです。形のない世界が天国だと言われるのは、限定されない自由な世界だからです。限定(有限)は苦しいのです。無限定(無限)は楽しいのです。私たちは形の有るモノが幸せをくれると思っていますが、形の有るモノからは幸せは絶対貰えないのです。なぜなら、前述したように、形の有るモノは必ず消えて無くなってしまうからです。幸せは、永遠に無くならない意識が、永遠に無くならないモノの中で体験する味わいです。だから「形の無いのが幸せ!」というわけです。

 すでに創られた世界は限定された世界ですから、何も生み出せない絶望の世界です。何も創られていない世界は無限定の世界ですから、何でも生み出せる希望の世界です。だから、形の有る世界は不幸せな世界で、形の無い世界は幸せの世界だと言うのです。つまり、形が有るということは無いということですから不幸せで、形が無いということは有るということですから幸せなのです。だから私は、形の世界(物質界・幽界)を嫌い、形の無い意識(神・生命)の世界を好むのです。次のような例えで考えれば、なお解ってもらえるでしょう。

 画家の思いの中に絵の構想があるとします。その思いの中の絵の構想は、無限の可能性と発展性のある生きた状態です。でも描かれてしまえば、可能性も発展性もゼロになってしまいます。そこには、一時の幸せ感はあっても、永遠の幸せ感はありません。つまり、描かれる前の絵の構想は、無限の可能性と発展性を秘めた楽しい状態ですが、描かれた後の絵は、可能性も発展性もゼロになってしまう虚しい状態というわけです。

 真の幸せは、形の無いモノの中から生まれてくることを知ってください。

2016年12月1日更新

 

 

 

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