● 見えないモノの実体を知る

 皆さんは、見えないモノを軽んじていますが、見えないモノの実体を知ることはとても大切なことなのです。なぜなら、見えないモノの実体を知れば、幸せに近づくことができるからです。それでは、見えないモノの実体を探ってみましょう。

 なぜ、見えないのでしょうか? それは、波動が精妙で私たちの視覚で捕らえられないからです。反対に見えるモノは、波動が荒いので視覚で捕らえられるのです。私たちが住んでいるこの表現宇宙は、波動の組み合わせによって出来ている摩擦の世界なのです。波動が摩擦を生み出し、その摩擦が見えるモノを生み出すのです。見えるということは摩擦があるという意味であり、見えないということは摩擦がないという意味なのです。ということは、見えるモノの沢山ある世界は、摩擦の多い世界だということです。摩擦のある世界は抵抗があるので、いつか必ず消えて無くなります。つまり摩擦のある世界は、有限の世界なのです。しかし摩擦のない世界は、永遠に無くなりませんから無限の世界なのです。では、摩擦のある世界と摩擦のない世界のどちらが、幸せ多い世界でしょうか? それは、当然、摩擦のない世界です。なぜなら、摩擦のある世界では、次のような厄介事が起きるからです。

抵抗が生まれます。

引っかかりが生まれます。

熱が生まれます。

衝突が起きます。

躓きが起きます。

行き違いが起きます

争いが起きます。

 さらに、

情報が多くなります。

交流が多くなります。

体験が多くなります。

 このように摩擦(凹凸・波動)のある世界では、様々な波風が生まれますので、苦しみが多くなるのです。摩擦がなければ、引っかかりも、衝突も、争いも起きませんので、摩擦のない世界は苦しみがないのです。要するに、悩み苦しみが生まれる世界は不完全で、悩み苦しみが生まれない世界は完全であると言うことです。見えるモノ・一時のモノ・有限のモノは、不完全なのです。見えないモノ・永遠のモノ・無限のモノは、完全なのです。だから私たちは、見えないモノを大切にしなければならないのです。

 では神は、なぜこのような摩擦の多い世界をわざわざ創られたのでしょうか? もうお解りのことと思いますが、摩擦の多い世界では、様々な体験ができるからです。魂は体験を通して大きく育つのです。ですから摩擦の多い世界は、魂の成長のためにはどうしても必要な世界なのです。でも、皆さんのような熟した魂には、もうこのような苦しい世界は必要ありません。さあ、今皆さんが持っている見えるモノと見えないモノの見識を変え、一日も早く摩擦の多い世界から卒業しましょう。

 

※何が幸せをくれるのでしょうか? 物やお金でしょうか? 地位や名誉でしょうか? いいえ、意識です。意識が幸せをくれるのです。なぜなら、意識が幸せを感じるからです。その意識は実在です。ということは、その意識が感じている幸せも実在ということです。幸せだけは、どんな幸せであっても実在なのです。例えば、夢の中で味わっている幸せも、この世で味わっている幸せも、幽界で味わっている幸せも、自覚の境界線を超え節目節目で味わう幸せも、みな実在なのです。実在という意味では、どんな幼い魂が感じている幸せも、どんな高度な魂が感じている幸せも、平等なのです。勿論、幼い魂が味わっている幸せも、高度な魂が味わっている幸せも、比べることができませんから、幸せにおいても平等なのです。このように、実在においても、幸せにおいても、神の公平性は保たれているのです。

 

 

 

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