● なぜ私は(自分は)、存在しなければならないのですか?

 「なぜ私(自分)は、存在しなければならないのですか? 何も、私が存在しなくても良かったはずです。誰が、私を存在させてくれと頼んだのですか? 私はそんなこと頼んだ覚えもないし、お願いした覚えもないのに、どうして私が存在しなければならないのですか? 存在しなければならない義務でもあるのですか? この宇宙に私がいなくても、何の問題もないはずです。なのに今私は、存在させられています。いや、気が付いたら存在していたのです。そのために、苦しい人生を送らなければならない、こんな理不尽な押し付けないのではありませんか? 」と、あなたは文句を言うかも知れません。そうですよね。自分が存在していなければ、何の苦しみも悲しみも体験しないで済んだのですからね。でも、良く考えてみてください。もしあなたがいなかったら、この宇宙がありますか? あなたがいるから、宇宙があるのですよ! それはあなたが宇宙の創造主だからです。あなたがいなければ、何も始まらないし、何も生まれないのです。これは、今始まったわけではないのです。永遠の昔からそうだったのです。宇宙は永遠に存在していたわけですから、あなたも永遠に存在していたのです。ということは、あなたそのものが、宇宙そのものであるという意味です。このことは、あなたのような熟した魂なら解るはずです。

 私も真理を噛じり始めの頃、あなたと同じ疑問を持ちました。自分を存在させてくれるなど、お節介だと・・・自分の意識がなかったら、何も苦しまないで済んだのにと・・・。ですから私は、「自分の意識を無くしてください!」と神様に頼んだ時期があったのです。でも、「お前がいなかったら宇宙は存在できないではないか、宇宙はお前で、お前が宇宙なのだから!・・・」との神様からの返答でした。それで私は、意識の無くなることを諦めたのです。

 意識は絶対無くすことができないのです。これだけは、神様の勝手な押し付けだと言ったって、どうしようもないことなのです。あなたは、自分の意識の無くなった後の事を考えられますか? 絶対、考えられないはずです。これはあなたの意識が、意識の当体であり、意識の源であり、意識の大元だからです。すなわち、原因無き原因者だからです。あなたの意識が、あなたの意識を生み出したのです。この宇宙に、あなたしかいないからです。絶対無くならない意識なら、どうすれば良いのですか? 幸せの中に入るしか無いではありませんか・・・。そうです。苦しみたくなかったら、幸せの中に自分の意識を留めるしかないのです。その留める方法が、神の自覚に入ることなのです。

 

注意・・この「私は」肉体の私ではなく、意識の私のことを言っているのです。誤解のないように・・・。

 

 

 

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