私は神である!

 真我意識(絶対宇宙)がすべての大本ですが、真我意識だけでは真我意識の存在がないので、真我意識は、自分を認めてくれる自我意識(相対宇宙)を創り、その意識を通して自分を認めてもらおうとしているのです。悲しいけれど、どんな偉大な能力を持っている真我意識でも、自分を認めてくれる自我意識が無くては、自分の存在が無いのです。また自我意識も、真我意識が無くては自分の存在が無いわけですから、厭でも真我意識を認めてやらなくてはならないのです。

 「真我は自我を創って自分を認めてもらい、自我は真我に創られて真我を認めることによって自分を存在させている」、と言う不思議な関係にあるのが真我と自我の間柄なのです。言い換えれば、互いに足りない部分を補完し合いながら存在しているのが、真我意識(絶対宇宙)と自我意識(相対宇宙)の関係なのです。これは他人事ではなく、神と私たち(人間)の関係のことを言っているのです。

 相手は、誰が創ったのでしょうか? 自分ではありませんか。自分がいなかったら、相手はいないのですよ! また自分がいても、相手がいなかったら自分はいないのですよ! 認めてくれる相手が無かったら、認められるモノは無いのです。つまり、認めてくれる人間がいなかったら、認められる神は無いのです。また神がいなかったら、当然人間も存在しないのですから、神と人間は相身互いの関係にあるのです。ならば、どうして人間は小さな存在なのでしょうか? 人間が、神を存在させているのですよ! 人間がいなくては、神はいないのですよ! だから私は、「神と人間は同じ価値がある」と言うのです。

 皆さん、自分を小さな存在にしないでください。「私は神である!」、と堂々と思ってください。

2017年4月1日更新

 

※ 真我(神)と自我(人間)が同じなのは、この宇宙に一つの意識しかないからです。「神が人間を生み、人間が神を認めることによって二つの自分が存在できる」この痛し痒しの滑稽さを解ってあげてください。

 

 

 

Google自動翻訳