● 真理を学んでいるから、自覚の境界線が超えられるのではない!!

 学びの友の中に、真理を学んでいれば自覚の境界線が超えられると勘違いしている人がおりますが、真理が自覚の境界線を超えさせてくれるのではありません。真理を実践することによって、自覚の境界線が超えられるのです。真理は、あくまでも道理を示しているだけです。実践の伴わない真理は、単なる絵に書いたボタモチです。それは、毎週 日曜日 キリスト教会に行って賛美歌を歌っているようなものです。私の本を読んで私の話を聴いて満足しているのは、賛美歌を歌って満足しているようなものなのです。 

 真理の実践とは、原子核を増やす三つの方法のことを言っているのです。つまり、社会体験をすること、瞑想をすること、思索をすることです。

  • 社会体験している時は、心身を動かしているので実践になっているのです。
  • 瞑想をしている時は、想念を動かしているので実践になっているのです。 
  • 思索している時も、想念を動かしているので実践になっているのです。

 この三つの方法は、実際にエネルギーを動かしているわけですから、間違いなく前に進むのです。

 歩くから景色が変わるのです。座っていては、景色は変わらないのです。景色が変わらないということは、成長しないということです。あくまでも自力です。自力で成してこそ、扉が開かれるのです。私は努力の大切さを言っているのです。何かを成し遂げるには、努力が必要なのです。

 くどいようですが、繰り返し言います。真理が自覚の境界線を超えさせてくれるのではありません。真理を実践することによって、自覚の境界線が超えられるのです。くれぐれも誤解なきように・・・。

 

 ※

瞑想できる有り難さ!

瞑想できる幸せさ! 

瞑想できるところまで進化してきた自分を、どうか褒めてやってください!

私たちは、本当に幸せなのですから・・・。

 

 

 

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