神の正体!?

 神とは、いかなる存在でしょうか? 神って一体何なのでしょうか? 神って何処にいるのでしょうか? 神って? 神って? 神って?・・・・さあ、神の正体に迫ってみましょう。

 今まで神を見た者はいません。神は見えないのです。触れないのです。聞くことができないのです。味わうことができないのです。嗅ぐこともできないのです。神は、私たちの五感にかからない存在だからです。ですから、神の側に行くことは永遠にできません。永遠に掴みようのない存在、永遠に知りようのない存在が、神なのです。

 あえて言うなら、神とは意識です。意志です。意思です。理念です。知恵です。命です。光です。力(エネルギー)です。愛です。バランス(中庸)です。絶対善なる存在です。永遠不滅なる存在です。完全無欠なる存在です。無限無窮なる存在です。ゆえに、無限の発展性と、無限の可能性と、無限の創造性を秘めています。その神は、すべての創造物を創り、動かし、働かせ、生かしているのです。すべての創造物の背後におられるのが神なのです。その神のことを私たちは、生命とか、霊とか、呼んでいるわけですが、どんな言葉を使っても表しようのないのが神なのです。ではその表しようのない神を、どうすれば知ることができるのでしょうか? それは「1」を知ることです。

 神は、この宇宙に一様しかおられません。一様しかおられないがゆえに、すべては神なのです。「私は神である! あなたは神である! すべてのモノは神である!」と言えるのは、神が「私に」「あなたに」「すべてのモノに」なったからです。それは、神は「1」だからです。「一様」だからです。と言うことは、「自分」を知れば神を知ることができると言うことです。覚者が「神を知るにはその子を知れば良い!」と言うのは、「自分」は「その子」だからです。つまり、神の分身だからです。

 あなたは「自分! 自分!」とよく言いますが、「自分」とは、「神」が「自」らを分けたのです。自分は神なのです。だから、自分を知れば神を知ることができるのです。神を知るこんな簡単な方法があったのです。でも人間は、誰も「自分」を神だと思っていません。それどころか、神を畏れ多い存在にして遠くに離しています。神は、手よりも足よりも近くにおられるのです。「おい!」と言ったら、「はい!」とすぐに応えてくれるのが神なのです。

 神の言葉が違うからと言って、神の取り合いをしてはなりません。言葉が神を表しているのではないのです。神の中身が神を表しているのです。ゼウスも、アラーも、キリストも、ブッタも、同じ神です。だから、宗教戦争などしてはならないのです。

2017年7月1日更新

 

 神が1(一様)なら、どんなモノも神であるはずです。あなたの魂も神です。あなたの肉体も神です。神は完全ですから、あなたの魂も完全です。あなたの肉体も完全です。ですから、あなたの魂が迷うこともないし、病気になることもありません。

 あなたが憎んでいる人も、嫌いな人も、厭なモノも、みな神です。だから決して嫌ってはなりません。嫌えば神を嫌うことになるからです。どうか、自分を愛してください。人を愛してください。すべてのモノを愛してください。できるなら、自分を神だと心の底で思えるようになってください。心の底で思えるようになったら、もうあなたの所に病気や事故災難がやってくることはないでしょう。

 

 

 

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