理想社会を考える会(かとう塾)
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金言集:2022.07


金言:2022.07.01


二つの宇宙

 

 宇宙には、二つの宇宙があるのです。

  • 一つは、見える宇宙(相対宇宙・外宇宙とも言う)です。
  • もう一つは、見えない宇宙(絶対宇宙・内宇宙とも言う)です。

 見える宇宙は、望遠鏡で見ることができますが、見えない宇宙は、見ることができません。

 何で見るのかと言いますと、意識で観るのです。

 意識で見ると言う意味は、理解力で見ると言う意味です。

 見えない宇宙は、姿形が無いのですから、意識で観るしかないのです。

 意識が、「あーそうか!」と納得した時、観たと言うのです。

 これが、理解眼と言われるものです。

 見えない内宇宙は、意識の世界です。生命の世界とも、神の世界とも、言います。

 言葉は違っても、同じ世界です。

 この世界には、何もありません。何一つ表現されない世界なのです。

 それでは、存在意味がありませんので、自分の存在を誇示するために、神は、見える外宇宙を創ったのです。

 その見える外宇宙は、必ず、消えてしまう、無常の宇宙です。

 無常の宇宙ですから、そこには、真実なるものは、一つもありません。

 まるで蜃気楼のような、ふわふわとした幻の宇宙です。

 しかし、その蜃気楼のような、ふわふわした幻の宇宙の中に、内宇宙の謎が隠されているのです。

 ですから、外宇宙を探れば、内宇宙を知ることができるのです。

 私たちの住んでいる世界は、無常の世界と言われ、必ず、消えてなくなる世界です。

 でも、その幻の世界の中に、真実が隠されているのです。

 ですから、私たちが住んでいる幻の世界(物質界・幽界)は、とても大切な世界なわけです。

 今、地球の科学者たちは、物質の謎を探っていますが、それは、内宇宙を知るためなのです。

 でも、そのことに、気づいている、科学者は、誰もいません。

 

 

※ 真の宇宙とは、 人類が考えているような、宇宙ではありません。

 つまり、衛星があり、惑星があり、流星群があり、銀河があり、と言うような、見える宇宙ではないのです。

 真の宇宙とは、内宇宙のこと、意識の宇宙のこと、見えない宇宙のことです。

 人類が探求すべきことは、宇宙の塵を集め、生命の起源を探ることではなく、

 「内宇宙が、自分である! 意識が、自分である!」と、心の底に落とすこと・・・つまり、自覚することなのです。

 

 

※ 宇宙! 宇宙! なんて響きのいい言葉なんでしょう!

 宇宙は、私たちの故郷です。 私たちは、その宇宙から出てきたのです。

 そして、いつか、その宇宙に帰るのです。たくさんのお土産を持って・・・。

 お土産・・・それは、原子核のことです。つまり、魂のことです。

 私たちは、地球で色々なことを学び、魂を大きくして帰るのです。

 地球よ、ありがとう!

 縁生の友よ、ありがとう!

 

 

光の写真集より「夏の夜空」

 

2017年8月20日 大阪塾より抜粋

 

2022.07.01  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.02


一様の存在者

 

 自己完結型の宇宙には、一様の存在者しかおりません。

 一様の存在者しかいないなら、今、現に存在している人間は、その一様の存在者ではないでしょうか?

 その一様の存在者を「神」と呼ぶなら、人間は、「神」ではないでしょうか?

  • 陽子が電子を産んだのです。
  • 陽が陰を産んだのです。
  • 光が影を産んだのです。
  • 原因が結果を産んだのです。
  • 神が人間を産んだのです。

 一様の存在者が、何かを生み出すには、その一様の存在者が、そのモノになるしかないのです。

 なぜなら、自分の他に、そのモノになってもらえる者がいないからです。

 また、自分しかいないなら、自分が産みだしたモノを成長させるには、自分で成長させるしかないでしょう。

 また、自分しかいないなら、自分で生み出したモノを終わらせるのも、自分でやるしかないでしょう。

 人間は、一様の「神」が産み出した自分自身です。

 つまり、1が1を産みだした自分自身です。この事実は、否定できません。

 自己完結型宇宙は、元数1を肯定し、一様の「神」を肯定し、さらに、人間が「神」であることを肯定しているのです。

 一様の存在者しかいないとは、そう言う意味なのです。

 

(2015年11月22日 今週の真言より)

 

 

※ 私たちは、間違いなく、神なのです。

 なぜならば、意識を持っているからです。

 意識は、神だけが持っているのです。

 その意識を、私たちは、持っているのですから、私たちは、間違いなく、神なのです。

 今は、ただ、意識の核が少ないために、「神の子」の状態なだけです。

 ドンドンと意識核が増えてゆけば、いずれ、大人の神になるのです。

 おたまじゃくしは、 大人になれば、カエルと呼ばれるようになるのです。

 人間も、大人になれば、神と呼ばれるようになるのです。

 

 

※ あなたが、どんなに否定しようと、あなたが、神であることは、間違いないのです。なぜならば、 あなたは、今、存在しているからです。

 考えて見てください!

 今、あなたが、存在しなかったら、何かあるでしょうか?

 今、あなたが、存在しているから、親がおり、子がおり、妻がおり、地球があり、宇宙があるのでありませんか?

 と言うことは、あなたが、全てを創っている、と言うことです。

 全てを創れるのは、誰ですか? 神ではありませんか?

 このように、今、あなたが、存在していること自体、あなたが、神である証拠なのです。

 神と言う言葉が嫌いなら、生命でも結構です。 光でも結構です。意識でも結構です。

 言葉は、どうあれ、今、存在している、あなたは、間違いなく、神なのです。

 

 

新・光のメロディ「あなたは神」

 

2015年4月12日 東京塾より抜粋

 

2022.07.02  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.03


信じることの大切さ!

 

 世に、信仰心を持たない人は、一人もいません。

 誰もが、何らかの信仰心を持って生きています。

 例えば、

物や、お金を、信仰している人がいます。

地位や、名誉や、権力を、信仰している人がいます。

芸術や、スポーツを、信仰している人がいます。

神仏を、信仰している人がいます。

 信仰していると言う意味は、「信じている!」と言う意味・・「頼っている!」と言う意味・・です。

 人間は、何かを信仰していなくては、不安で生きられない生き物なのです。

 大半の人は、その不安を、物やお金で解消しようとします。

 でも、いくら、物やお金を手に入れても、不安は解消されません。

 そこで、今度は、地位や名誉や権力で解消しようとします。

 しかし、それでも、不安は解消されません。

 そのうちに気づきます。「この世のものでは、不安は解消されない!」 と言うことを・・・。

 気づいた人は、目に見えないモノを探し始めます。

 

 人間は、信じていなければ、安心して生きられない生き物なのです。

 あなたが、

安心して、街を歩けるのも、

安心して、電車やバスを待てるのも、

安心して、友達と待ち合わせできるのも、

 信じているからです。

 もし・・、

「 頭上から看板が落ちてくるのではないか? 」

「バスや電車が時間通り来ないのではないか? 」

「友達が約束を守らないのではないか? 」

 と疑ったら、安心して生きられるでしょうか?

 私たちは、曲がりなりにも信じているから、安心して生きられるのです。

 「曲がりなりにも」と言うのは、心から信じられるものが、この世には、無いからです。

 実際に、あなたは、信じていた人や物に、裏切られたことはありませんか?

  • 人に騙された!
  • 手形が落ちなかった!
  • 時刻表が変わっていた!

 法律は変わり、世代交代は進み、人は生まれ、人は死に、世の中は、目まぐるしく変わって行きます。この世は、そう言う世界なのです。

 そのことを知った人は、本当に信じられるモノを信仰するようになります。

 つまり、皆さんのように、神を信仰するようになるのです。

 しかし、心から神を信じられるようになるのは、容易ではありません。

 なぜなら、神は、逆様に思えるようなものを、見せる場合があるからです。

 でも、信じてください! 神は、決して、悪いようにはしないのですから・・・。

 そう言えるのは、私が体験者だからです。

 私が信じているように、皆さんも、次のことを信じてください。

  • 自分が、神の子であると言うことを・・
  • どんな苦しいことも、進化成長に結びついていると言うことを・・
  • 自分の想念が、全てを実現させていると言うことを・・・
  • 宇宙の法則(原因と結果の法則)によって、秩序立てられていると言うことを・・・

 このことが、信じられるようになれば、安心して生きられるようになるでしょう!

 

 

※ 信じられるものを持った人は、幸せです。

 私が幸せなのは、神と言う信じられるものを持ったからです。

 皆さんも、信じられる神を持ってください。

 もう、身を守るのに、たくさんの物やお金がいらなくなります。

 なぜなら、神が守ってくれるからです。

 世の中には、外側から危害が来ることを心配し、色々なことして身を守る人がいますが、どんなに頑丈な家に入っていても、どんなに分厚い金庫の中に入っていても、身の安全を図ることはできません。

 なぜなら、外側から危害が来なくても、病気と言う形で、内側から危害がやって来るからです。

 危害は、外側からやってくるのではないのです。

 自分の不安な心が、連れてくるのです。

 心の平安・・・これに勝る、セキュリティはありません。

 このセキュリティには、1円のお金もかかりません。

 

 

※ もし、人類が、神しか想わなかったら、悪いことは、一切やってきません。

 悪い原因を創らないのですから、当然です。

 でも、神以外のことを、想わないでいられるでしょうか?

 どんなに、神しか想わないと思っても、他のことを、チラチラと思ってしまうのです。

 これが、想念のコントロールの難しさです。

 「想念は実現の母です。」 全て、想念が創っているのです。

 戦争も、飢餓も、事件も、事故も、自然災害さえも・・・。

 ですから、想念さえ、きっちり、管理されたら、即、地球は、平和になるのです。

 私は、今、凄いことを言っているのです。

世界から、戦争をなくす・・

世界から、飢餓をなくす ・・

世界から、苦しんでいる人をなくす・・

 凄いことを言っているのです。

 でも、今の地球では、誰も信じてくれないでしょう!

 だから、地球人類は、信じられるようになるまで、苦しみ喘がねばならないのです。

 

 

2018年10月27日 修善寺塾より抜粋

 

2022.07.03  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.04


1は神・・○は神人・・

 

 1は、完全です。1を横にしても、斜めにしても、逆様にしても、1は、分かります。

 1は、歪みがありません。引っかかりがありません。

 でも、 分数 (2・3・4・5・6・7・8・9)は、横にしたり、斜めにしたり、逆様にしたら、分からなくなります。

 分数には、歪みがあり、引っかかりがあります。

 1の中には、無限の数字(分数)があるのです。

 無限の数字があると言うことは、無限の発展性と、無限の可能性と、無限の創造性があると言う意味です。

 1の引き出し(パンドラの箱)の中は、夢と希望で満ち溢れているのです。

 1の引き出しの中は、無限の宝庫なのです。

 でも、1の引き出しの中にある時は、発展性や、可能性や、創造性は、潜在しています。引き出しから出た時に、その能力が発揮されるのです。

 表現宇宙は、その引き出し(パンドラの箱)が開けられ、その引き出しから生まれたのです。

 ○も、完全です。どこから見ても、○は、分かります。

 歪みがありません。引っかかりがありません。丸く収まるのが、○なのです。

 1は、神なのです。

 ○は、神人なのです。   

 分数は、神の子(人間)なのです。

 私たちは、1から出てきた、神の子なのです。

 その神の子が、○である神人になろうとしているのです。

 なぜ、このようなことを、くどくど言うのかと言いますと、人間が、神の子であることを知って欲しいからです。

 どうか、自分を卑下しないでください。

 私たちは、偉大な神の子なのですから・・・。

 

 

※ 神は、完全です。

 神が完全である、と言うことは、この宇宙に、不完全なものは、何一つ無い!、と言うことになります。

 と言うことは、人間は、完全である、と言うことです。

 自分を卑下しないでください。

 人間は、完全な神の分身なのですから・・・。

 

 

※ 私たちが、神の子である理由は、神と同じ意識を持っているからです。

 

 

※ 人間がいるから、神がいるのです。

 また、神がいるから、人間がいるのです。

 どちらもいなければ、どちらもいないのです。

 

 

※ 人間と神は、二つで一つなのです。

 認める者がいなければ、認められるモノがないからです。

 

 

※ 裏だけの手もありません。表だけの手もありません。

 裏と表が揃って手があるのです。

 

 

※ 神を探しに出掛ける必要はありません。

 神に逢いたかったら、自分の中を探してください。

 

(2020年12月20日 今週の真言より)

 

 

神のメロディ「神の想い!」

 

2015年9月12日 東京塾より抜粋

 

2022.07.04  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.05


心の強い人はエネルギーの強い人である!

 

 サタン(自我・肉我)の常套手段は、人の気持ちを、萎えさせること、落ち込ませること、不安にさせること、心配させることです。

 そうすれば、エネルギーが低くなるので、彼らは、活動しやすくなるのです。

 これに打ち勝つには、心を強くすることです。

 心を強くするには、原子核を増やすことです。

 原子核が増えれば、エネルギーが強くなるので、サタンが寄って来づらくなるのです。

 原子核を増やす手短な方法としては、

  • 寒い朝、勇気を持って、寝床から出ること、
  • 勇気を持って、冷たい水で顔を洗うこと、
  • 勇気を持って、寒風の中、散歩すること、
  • 暑い夏、勇気を持って、ジョギングすること、など、

 誰にでも出来る簡単なことです。ただ、続けることが面倒なだけです。

 原子核を増やすことは、日常生活の中で、いくらでもできるのです。

 例えば、何かやる場合、

  • いちいち、しゃがんですること、
  • いちいち、踏み台を持ってきてすること、
  • いちいち、測りながらすること、
  • いちいち、戸を閉めに行くこと、
  • いちいち、出向くことです。

 要領は、悪いかも知れませんが、要領の悪い方が、原子核を増やせるのです。

 これは、小さなことと思うかも知れませんが、結構、原子核を増やすことができるのです。

 病気は、心の弱い人がなりやすいのです。

 気にしすぎる人、クヨクヨ考える人、心配性の人、何でも悪く受け取る人、妄念を作り上げる人などは、 病気になりやすいのです。

 今、病気で苦しんでいる人は、ぜひ、心を強くしてください。

 薬を飲んで癒すのは、他力ですから、根本治癒に結びつきませんが、心を強くして癒すのは、自力ですから、根本治癒に結びつくのです。

 これは、肉体的な病で苦しんでいる人は、勿論、精神的な病で苦しんでいる人にも言えることです。

 小さなことと思わず、やってください。

 

 

※ 私が、最近、発見したことは、単純な作業や、簡単な作業を、繰り返し行うと、宇宙エネルギーが入ってくる、と言う発見です。

 それも、無心でやれば、たくさん、入ってきます。

 宇宙エネルギーが入ってくれば、気持ちの良い状態で作業が出来ます。

 ですから、あまり、疲れないのです。

 雑念(欲・こだわり)を持ちながら、やっては、駄目です。

 ただ一心に、その作業をやることだけ考え、やってください。

 神は、肉体と言う媒体を通して、地上に「真・善・美」を現わしたいのです。

 媒体が無心の時は、神は、媒体が使いやすいのです。

 どうか、欲を捨て、無心で、今、やるべきことを、やってください。

 

 

※ 日常生活の中でも、心を強くすること(原子核を大きくすること)は、いくらでもできます。

 例えば、

  • ゴミを捨てに行くこと ・・
  • 風呂の掃除をすること・・
  • 窓ガラスを拭くこと・・
  • 食器を洗うこと・・
  • 戸棚の整理をすること ・・

 いくらでもあります。

 小さなことと思うかも知れませんが、 これは、総理大臣がやる仕事と同じ効果があるのです。

 やることは、簡単です。ただ、続けてやるか、やらないかだけです。

 難しいのは、続けられないことです。

 継続は力なりです。 是非、続けてやってください!

 

(2016年1月17日 今週の真言より)

 

 

2019年9月29日 修善寺塾より抜粋

 

2022.07.05  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.06


生き人とは?

 

 今、どんな苦しい環境にあろうと、そんな苦しみなど、笑い飛ばしなさい。

 どうせ夢幻の、ドラマの世界にしか過ぎないのですから・・・。

 この世の、どんな出来ごとも、みな、消えて無くなる夢幻です。

 そんな夢幻のために、心を痛めるなど愚かです。

 さあ、真実のために生きましょう!

 真実のために生きるとは、本当の自分に生きると言う意味です。

 つまり、生命なる、神なる、自分に生きると言う意味です。

 夢幻に生きている者は、死人なのです。

 本当の自分に生きている者は、生き人なのです。

 ぜひ、生き人になってください。

 

 

※ この宇宙で確かなモノは、自分の意識です。

 この意識だけが、本当に有るモノなのです。

 その意識が望んでいるモノは、真の幸せです。

 幻に生きていては、一時の幸せは得られても、真の幸せは得られません。

 どうか、真実のために人生を使ってください。

 

(2016年2月21日 今週の真言より)

 

 

 

掴みどころのない現象の世界!

 

 この現象の世界は、有るようで無く、無いようで有り、無いようで有り、有るようで無い、「うなぎ」のような、掴みどころのない世界です。

 それは、刻々と変化変滅し、消えてしまう世界だからです。

 ゆえに、この現象の世界には、確かなものは、何一つ無いのです。

 掴んでいたつもりが、いつの間にか、手からすり抜けてゆくのが、この現象の世界なのです。

 と言うことは、自殺しようと悩むほどの世界ではない、と言うことです。

 あなたが、今、見て感じているモノ、あなたが、今、真剣に演じているドラマ、これ、すべて、消えゆく夢幻です。

 だからと言って、この世界を軽んじて良いと言っているわけではありません。

 なぜなら、この世界で演じているドラマのすべてが、永遠に尽きない、永遠に色褪せない、幸せの味付け材料になっているからです。

 私が言いたいのは、そんな夢幻のために、悩まないで欲しい、と言うことです。

 今、あなたが、やらねばならないことは、本当にあるモノに生きることです。

 本当にあるモノとは、あなたの意識です。

 あなたの意識は、永遠になくならないのです。

 その意識を、永遠に尽きない、永遠に色褪せない、幸せの中に入れることが、人生の最大の目的なのです。

 家族のこと、仕事のこと、この社会のことは、すべて、幸せを得るための方便です。

 では、どうすれば、幸せの中に入れるか? と言うことですが、

 それは、「人類の夜明2・3・4」の書の中で述べていますので、じっくりと読んでください!

 

 

※ 一番大切なのは、何なのか? 形なのか?、意識なのか? 意識ではないでしょうか・・・。

 なぜなら、形は、一時の自分だけれど、意識は、永遠の自分だからです。

 では、その意識が欲しているものは、何でしょうか?

 それは、永遠に尽きない、永遠に色褪せない、究極の幸せです。

 私たちは、形がなくても、肉体がなくても、究極の幸せがあったら、それでいいのですから・・・。意識が自分なら、当然でしょう。

 人生の最大の目的は、究極の幸せの中に、自分の意識を入れることです。

 あなたが、今、真剣にやっている、この世のことは、すべて、究極の幸せを得るための方便であることを、知ってください。

 

(2016年4月17日 今週の真言より)

 

 

2018年8月11日 東京塾より抜粋

 

2022.07.06  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.07


絶対宇宙と相対宇宙は等価値である!

 

 絶対と言う言葉は、対がない! 相手がない! と言う意味で、一を意味する言葉です。

 宇宙には、その絶対宇宙が、厳然として実在しております。

 その絶対宇宙は、何もかも揃っている、総合された宇宙です。

 ゆえに、絶対宇宙は、無限の創造性と、無限の可能性と、無限の発展性が、秘められているのです。

 この絶対宇宙は、永遠に無くならない宇宙ですから、真実の宇宙と言えるでしょう。

 相対と言う言葉は、対がある! 相手がある! と言う意味で、複数を意味する言葉です。

 この相対宇宙は、現れては消える、不確定な宇宙です。

 ゆえに、相対宇宙は、非真実の世界、幻の世界と言えるでしょう。

 相対宇宙は、現れては消える、不確定の世界ですから、存在価値が無いように思えますが、絶対宇宙と同等の存在価値を持っているのです。

 なぜなら、相対宇宙がなければ、絶対宇宙の存在意味が無いからです。

 この二つの宇宙は、相身互いの関係にあるのです。

 相対宇宙だけでも、絶対宇宙だけでも、存在できないのです。

 両宇宙の存在価値が高められるのは、相対宇宙と絶対宇宙が相俟って、中庸宇宙(対宇宙)に姿を変えた時です。

 

 

※ 「宇宙」、それは、私たちなのです。 私たちの中には、「宇宙」があるのです。

 なぜならば、私たちの中に、「宇」と「宙」があるからです。

 つまり、「時」と「間」があるからです。

 「時」は、意識です。「間」は、空間です。

 時と間が一緒になって、時間になっているのです。

 つまり、「宇」と「宙」が一緒になって、「宇宙」になっているのです。 

 そうです! 

 私たちは、宇宙そのものなのです。

 ですから、私たちの中を探れば、宇宙を知ることができるのです。

 

 

※ 宇宙は、意識そのものなのです。

 宇宙とは、意識のことなのです。意識とは、宇宙のことなのです。

 だから、私たちは、宇宙そのものなのです。

 なぜなら、私たちは、意識を持っているからです。

 私たちの意識が、宇宙を存在させているのです。

 いや、私たちの意識が、宇宙を創っているのです。

 私たちの意識がなかったら、何も存在しないのです。

 よく考えてみてください !

 あなたの意識がなかったら、何かあるでしょうか?

 

 

※ 私たちが星空を見ると懐かしく思うのは、自分が宇宙だったからです。

 私たちは、宇宙から出てきたのです。そして、宇宙に帰るのです。

 宇宙は、私たちの故郷なのです。

 「吾は宇宙なり!」です。

 

 

新・光のメロディー 「大宇宙」

 

2018年11月25日 修善寺塾より抜粋

 

2022.07.07  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.08


外側から来る問題は一つもない!

 

 皆さんは、外側から問題が来ると思っていますが、外側から来る問題なんか、一つもありません。

 なぜなら、結果が原因に影響を与えることは、できないからです。

 外側は、結果です。内側は、原因です。原因あっての結果なのです。

 ですから、全て、内側の問題なのです。

 内側の問題と言うことは、想念の問題であると言うことです。

 人間の想念が、全てを創っているのです。

  • 一人一人の幸せも・・・
  • 人類の幸せも・・・
  • 地球の幸せも ・・・
  • 宇宙の幸せも・・・

 このことを解ってもらうまで、私は、何度も同じことを言い続けます。 

 「全て、内側の問題ですよ! つまり、想念の問題ですよ!」と・・・。

 

 

※「意・口・身」なのです。

 先に、想い(意)があり、それが、言葉(口)になり、行為(身)になるのです。

 このことから言っても、想念が問題を創ることは、理解できると思います。

 でも、解っていても、想念を正しく使えないのが、私たちです。

 それほど、想念のコントロールは、難しいと言うことです。

 でも、本当は、想念のコントロールは、簡単なのです。

 ただ、良いことを、想えばいいのですから ・・・。

 良いことの一番は、神を想うことです。

 私が、瞑想を勧めるのは、瞑想している時は、想念をコントロールしているからです。

 知花敏彦 先生は、「瞑想によって、どんな問題も解決できますよ!」と言っておられましたが、まさに、その通りです。

 

 

※ 神様は、難しいことをしなくても、簡単に幸せになれる方法を用意してくれているのです。

 それは、想念を正しく使えば良いだけです。

  • お金もかかりません。
  • 外に出て行く必要もありません。
  • 誰の邪魔も受けません。

 ただ、良いことを、想うか、想わないかだけです。

 こんな、簡単な方法で、私たちは、幸せになれるのです。

 

 

※ 人類が、想念の偉大さを知れば、

  • 命を削って働くようなことも、しなくなるでしょう !
  • 人と競い合うことも、しなくなるでしょう!
  • 戦争も、しなくなるでしょう! 
  • 飢餓で苦しむ人も、いなくなるでしょう!
  • 事件も、事故も、災害も、起きなくなるでしょう!
  • 何よりも、病気がなくなるでしょう!

 このことを、科学者にも、宗教家にも、医学者にも、政治家にも、 一般人にも、知って欲しいと思います。

 

 

2014年9月13日 東京塾より抜粋

 

2022.07.08  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.09


心の空白を物やお金で埋めようとする人間!

 

 どうして、人間は、競い合って、物やお金を集めようとするのでしょうか?

 それは、心の空白を埋めたいがためです。

 人間は、真実を求めているのです。

 でも、その真実が、何か分からないので、この世の代替品で、心の空白を埋めているのです。

 肉体が自分だと思えば、そのような生き方をするのは、仕方のないことなのです。

 私も、そうだったのです。学びの友の皆さんも、そうだったのです。

 だから、批判はできません。

 だからと言って、そのまま放っておいたのでは、いつまでたっても、進化成長できません。

 そこで、神は、この世のものを多く集めると、痛み、苦しみが、来るようにしたのです。 

 痛み、苦しみが、やってくれば、なぜか? と疑問を持つでしょう。

 それが、進化成長させるのです。

 物も、お金も、エネルギーの塊なのです。

 エネルギーが偏れば、苦しみが来るようになっているのです。

 大金持ちに、争いごとが多いのも、中東で、争いが絶えないのも、エネルギーが、たくさん、あるからです。

 エネルギーは、集まれば、集まるほど、危険物になるのです。

 どんなに、たくさんの物やお金を集めても、心が満足しないのは、物やお金は、消えて無くなる幻だからです。

 永遠の心が、消えて無くなる幻を得て、満足できるわけがないのです。

 心が満足できるのは、唯一、真実のみです。 つまり、神のみです。

 

 

 

楽しみがなくては生きていけない人類!

 

 人間は、 どうして、楽しみを求めたがるのでしょうか?

 それは、心の空白を埋めたいためです。

 私たちは、常に、心の空白を埋める、何かを 探しているのです。

 でも、その何かが分からない?

 だから、この世の楽しみで埋めようとするのです。

 この世の楽しみを得るためには、物やお金が必要ですから、誰もが躍起になって、モノやお金を集めるわけです。

 自分が肉体だと思えば、そう言う生き方をするのは、仕方がないことなのです。

 でも、真理を深め、本当の自分を知った人は、余り、この世の楽しみを求めなくなります。

 どんなに求めても、心の空白が埋まらないことを知ったからです。

 当然、物やお金集めをしなくなるでしょう。

 人間は、 楽しみで、心の空白が埋まると錯覚しているのです。

 しかし、どんなに埋めても、一時、埋ったような感じがするだけで、心の空白が解消するわけではないのです。

 心の空白を埋められるのは、この世のモノではありません。唯一、真実のみです。

 つまり、真理のみです。神のみです。

 だから、私は言うのです。学びの友の皆さんは、幸せですと・・・・それは、真実を求めているからです。

 一般人は、空踏みをしているのです。

 学びの友の皆さんは、 実際に歩いているのです。

 地球は、真実を学ぶ最良の環境なのです。

 そして、あなたの周りの人たちは、真実を学ぶ最良の友なのです。

 地球に感謝しましょう! 縁生の友に感謝しましょう!

 

 

真実を求めている人へ捧げるメロディ「きらめく光の世界」

 

2018年4月15日 東京塾より抜粋

 

2022.07.09  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.10


現象に囚われてもならないが、軽んじてもならない。

 

 私は、今まで、必要以上に、現象を嫌ってきたように思います。

 それは、現象に惑わされ、人生の目的を見失っている人たちが、あまりにも、多いからです。

 でも、私は、それでも良いことに気付かされたのです。

 V字の左側にいる幼い魂は、全く、神に顔を向けません。

 彼らは、肉体維持のために、毎日、物やお金集めに躍起になっています。

 でも、彼らも、必ず、V字の右側に進化して来るのです。

 なぜ、神に顔を向けない魂が進化するのか?

 それは、物質的な生き方をしても(現象に生きても)、原子核が増える仕組になっているからです。

 私は良く言います。「原因を良くしなければ、結果は良くなりませんよ!」と・・・。

 つまり、「どんなに川下でゴミ拾いしても、川は綺麗になりませんよ! 」と・・・。

 確かに、人の心(魂)を成長させなくては、根本的解決にはなりません。

 でも、よく考えてみてください。原因と結果は、離れていないのです。

 離れていないと言うことは、互いに影響しあっていると言うことです。

 と言うことは、結果をいじって、原因に影響を与えることができる、と言うことです。

 それは、結果の中に、原因があるからです。

 つまり、描かれた絵の中に、画家の思いがあるからです。

 だから、絵を見て、画家の思いを汲み取れた人は、感動するのです。

 これは、汗水流して、ゴミ拾いしている人たちの姿を見たら、ゴミを捨てている人の心に影響を与えられるのと同じです。

 真剣に平和を叫んでデモしている人たちの姿を見たら、好戦的な人たちの心に影響を与えられるのと同じです。

 私が、「人類の夜明」の書を手書きして欲しいと願っているのも、同じ可能性を信じてのことです。

 結果は、結果だけで終わっていないのです。

 文字は、文字だけで終わっていないのです。

 文字(結果)の中に、原因者の思いがあるのです。

 その思いは、文字を書くことで、汲み取ることができるのです。

 言葉は、神の思いが、響き(音)として、形に現れたものです。

 同様に、文字も、神の思いが、形として現れたものです。

 つまり、「身・・・行為」と「口・・・言葉」と「意・・・思い」は、一つなのです。

 一つゆえに、文字から、思いを汲み取ることができるのです。

 この物質世界も、幽界も、神の思いが、形として現れた夢幻の世界です。

 でも、今、私たちは、その夢幻の世界で学んで、目覚めようとしているではありませんか?

 実際に、目覚めた先輩たちが、沢山いるのです。

 それは、結果で原因を変えられたと言う証拠です。

 もし、夢幻の世界から、何も学べないなら、私たちは、永久に、目覚めることはできないでしょう。

 と言うことは、V字の左側にいる幼い魂は、永遠に、V字の右側に来られない、と言うことです。

 そんな無慈悲な宇宙を、神が創られるわけありません。

 ですから、文字も、言葉も、単なる文字や言葉ではないのです。

 つまり、現象は、単なる現象ではないのです。

 神は、現象の世界(結果の世界)からでも、成長できるようにしてくれているのです。

 だから、私は、現象を軽んじてはならないと言うのです。

 だからと言って、皆さんに、ゴミを拾いに行きなさい! デモをしに行きなさい! とは言いません。

 そんな時間があるなら、原因を良くすることに、時間を使ってください。

 つまり、瞑想して、原子核を増やすことに、時間を使ってください。

 客観的見方しかできない、一般人は、外側に生きても(川下でゴミを拾ったり、デモをしたりしても)、仕方ありませんが、主観的見方ができるようになった、皆さんは、内側に生きるべきです。

 つまり、瞑想して、原子核を増やすべきです。

 それが、熟した魂の生き方です。

 

 

※ 現象の世界(結果の世界)は、意識の世界(原因の世界)を知るための教室ですから、学び終えたら、直ちに、上の学年に進むべきです。

 懐かしがっていては、留年してしまいます。

 

 

※ 夢から目覚めたと思っても・・それは、夢です。

 その夢から目覚めたと思っても・・それも、また、夢です。

 また、その夢から目覚めたと思っても、それも、また、また、夢です。

 私たちは、永遠に、夢を見続けてゆくのです。

 でも、これは、喜ぶべきことなのです。

 なぜなら、その夢の中においても、原子核を増やしていくことができるからです。

 また、その見続ける夢も 、苦しみ多い夢から、楽しみ多い夢に変わってゆくのです。

 それが、進化です。

 

(2018年5月13日 今週の真言より)

 

 

 

私の独り言 パート4 ・・私が嬉しいこと

 

 あなたの前で、何かが起きた!

 それは、誰のために、起きたのですか? 何のために、起きたのですか?

 それは、自分の進化成長のために、起きたのではありませんか?

 自分の意識の前で起きたことは、すべて、自分の進化成長のために、起きた必然なのです。

 未だかつて、自分の意識以外の前で、何かが起きたことはないのです。

 自分の意識の前でしか起きようがないのは、自分が認識して、はじめて、起きるからです。

 それは、自分が、主観の主(創造主)だからです。

 だから、起こっているのじゃない!、自分が起こしているのです。見せられているのじゃない!、自分が見せているのです。

 私が、嬉しいのは、どんなことも、私(自分)の進化成長のために起きている、と言う、必然です。

 

 

※ 宇宙も、地球も、社会も、家族も、恋人も、私(自分)の進化成長のために、存在し、私(自分)の進化成長のために、生まれてきたのです。

 こんな嬉しいことがありましょうか・・・。

 

(2018年9月9日 今週の真言より)

 

 

2016年12月17日 大阪塾より抜粋

 

2022.07.10  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.11


自分が理解した独自の世界があるだけである!

 

 人それぞれ、独自の世界観を持っています。

 同じ世界観を持っている人は、一人もいません。

 なぜなら、その人の理解力によって、世界観が違ってくるからです。

 と言うことは、世界は、外側にあるのではなく、その人が理解した思いの中にあることになるでしょう。

 世界観は、見方によって、客観的世界観と主観的世界観に別れます。

 客観的世界観で見た場合は、外側に波動の違う世界が無数に存在し、そこには、相手が存在します。

 相手が存在しますので、そこには、利害関係が発生し、争いごとが起こります。

 その体験から、自分が成長します。

 これは、「原因と結果の法則」が成長させるのです。

 主観的世界観で見た場合、その世界に存在するものは、すべて、自分の進化成長に都合の良いものばかりになります。

 なぜなら、自分の進化成長に必要な「物・人・環境」を、自分が用意するからです。

 当然、そこで起きたことは、みな、自分が起こさせたことです。

 自分が計画し、自分が進化成長させるのです。

 客観的世界観における進化成長と、主観的世界観における進化成長は、同じなのです。

 

 

※ 外側に世界があるように見えますが、それは、誤解なのです。

 なぜなら、自分しか存在しないからです。

 客観的世界があると思っている人は、自分の想念で、客観的世界を創ってしまうのです。

 その客観的世界は、今の自分の理解力が創った、自分独自の世界なのです。

 客観的世界観を持っている人も、理解力が増せば、今、見て、感じている、世界は消えて、新たな世界が見えてくるようになります。

 それも、理解力が増した分の高度な世界が見えてくるようになります。

 しかし、それも、本当にある世界ではないのです。

 自分の理解力が創った、独自の世界なのです。

 このように、世界は、外側にあるのではなく、自分の理解力が創った、内側の世界があるだけなのです。

 このことは、自覚の境界線を超えなくては、解らないかも知れませんが、 世界とは、そう言うものである、と言うことだけ、知っておいてください。

 

 

※ ある学びの友の気づきをご紹介しましょう。

【人間は、嫌な形をしているからゴキブリを殺します。

 と言うことは、人間は、神を殺しているって言うこと・・・?

 虫の知らせとは、神のお告げみたいな意味ですよね。

 だから、ゴキブリの虫(真我)さんは、「この汚い所を掃除しなさい!」と、お告げをしてくれているのですね・・・。

 人間は、真我の思いが分からないから、代わりに、ゴキブリさんが気づかせるしかない!ってことですね。

 形のキレイなもの、キタナイもの、全て真我の思いの現れだったのですね!・・・なんと凄い仕組みでしょう!!

 地球上の表現物が、これほどまでに歪曲して表現されねばならない理由は、地球人類の魂が未熟で過ちに気づけないからなのですね!

 見るからに嫌な形のゴキブリを見せることで掃除させる・・・歪曲したやり方だけど、未熟な魂には、そう言う方法でしか気づかせることができないのですね! 納得です!!】

 

 

2017年5月20日 大阪塾より抜粋

 

2022.07.11  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.12


人生は命生に刻まれてゆく!

 

 肉体を持って生きることは、実に厳しいです。

 肉体の誘惑に打ち勝つ厳しさ、痛い・苦しい感覚に打ち勝つ厳しさ・・・老いれば、老いるほど、実感させられるものです。

 しかし、この肉体があるからこそ、今日まで、成長してこられたのですから、肉体は、ありがたい、神様からの贈り物です。

 肉体の一生一生の「人生」は、点です。

 その点が繋がって、「命生」になっているのです。

 一生一生の「人生の点」は、その生、限りですが、命生は、永遠に引き継がれて行くのです。(一生一生の人生体験は、魂に刻まれ、成長してゆく。)

 だから、どんな泣き笑いの人生も、無駄にはなっていない、と言うことです。

 一般の人には、分かって頂けないかも知れませんが、学びの友の皆さんなら、分かって頂けると思います。

 肉体人生に、感謝しましょう!

 

 

 

法則通り展開されてゆく宇宙!

 

 この世で起きている、すべての事象は、法則どおり、寸分の狂いもなく、展開されて行きます。

 そこに、一切の偶然も、奇跡も、例外も、ありません。

 ただ、法則どおりに、粛々と進められて行くだけです。

 ですから、法則どおり、生きていれば、私たちに、苦しみはないのです。

 情け容赦なく、法則どおり、展開してゆく宇宙は、まさに、神の峻厳な愛の現れです。

 冷たいように思えますが、それが、一番、間違いのない、進化の方法だからです。

 もし、人間のように、情をかけたら、宇宙の進化は、大きく遅れてしまうでしょう。

 とは言っても、神は、一つだけ、恩情を示されました。

 それは、「二度と罪を犯さない!」と、堅く心に誓った時に許される恩情です。

 神は、ご存じです。「肉体を持っている限り、罪を犯すのは仕方がない!」と・・・。

 だから、神は、悔改めた者に、恩情を示されたのです。(反省・懺悔)

 私たちが、安心して生きられる、一番の方法は、「原因と結果の法則」を守ることです。

 具体的には、良い想いを持ち続けることです。

 法則どおり生きていたら、保険に入る必要はありません。セキュリティにお金をかける必要もありません。法則が守ってくれます。

 これほど、完全なセキュリティはないのです。

 どうか、法則に違わない生き方をしてください!

 

 

※ 今、あなたの人生に、何か問題があるとしたら、それは、今生、克服しなければならない、課題の一つだと思ってください。

 確かに、辛いかもしれません。苦しいかもしれません。

 でも、神は、決して、乗り越えられない課題は与えません。

 一般の人たちは、人生の目的も知らないで、ただ、肉体維持のために、漫然と生きております。

 でも、それでさえ、成長しているのです。

 何もしなくても、息しているだけで、課題を克服している、と言う意味です。

 肉体そのものが、厳しい課題の一つだからです。

 ただし、一般人と違って、学びの友の皆さんは、漫然と生きていてはいけません。

 次の二つのことだけは、やってください。

  • 一つは、社会体験です。
  • もう一つは、瞑想です。

 

 

※ 学びの友の皆さんは、一般人と違って、積極的に課題を克服して行かねばならない魂です。

 そのためには、社会体験と瞑想は、必須事項です。

 社会体験は、すでにやっておりますので、何も言うことはありません。

 一つ付け加えるとすれば、何をやるにしても、真心を込めてやることです。

 瞑想は、神を心の深いところで想うことですが、これは、やり続けることです。

 この二つのことを、やっていれば、あなたの魂は、間違いなく、成長します。

 魂が成長した分、 意識状態が、少しずつ変わってきます。また、環境も変わってきます。

 変化は、顕在意識では感じられないかも知れませんが、魂は、ちゃんと知っております。

 ですから、何も変化が起きないからと言って、諦めないでください。

 二つのことを、やり続けていれば、間違いなく、変化が起きてきます。

 これは、「原因と結果の法則」が保証してくれるのですから、間違いありません。

 

 

2017年11月19日 大阪塾より抜粋

 

2022.07.12  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.13


認めてやれる者だけが、原因者になれる!

 

 「何かを認めてやれる者だけが、原因者になれるのです。」、だから、神は、表現宇宙を創造し、それを認めることで、原因者になろうとしているのです。

 と言うことは、今、人間が表現宇宙を認めていると言うことは、人間は、原因者である証ではないでしょうか?

 つまり、人間が、神である証ではないでしょうか?

 私たちが、存在できるのは、結果を認めて原因者になれる意識を持っているからです。

 と言うことは、自分の意識が、宇宙を(何かを)認めた時、すでに、原因者になっている、と言うことです。

 原因の原因は、意識される前の状態です。

 しかし、意識される前の状態は、存在の範疇にないので、何の意味もありません。

 だから、自ら、幻を創造して、幻を認め、原因なき原因者になろうとしているのです。

 それは、永遠に幻を認め続けなければ、永遠の自分を維持できないからです。

 「認められる者がいなくては、原因者になれない!、つまり、認められる者がいるから、原因者になれる!(認める者が存在できる!)」と言うのは、実に滑稽な話ではないでしょうか?

 

 

 

自己完結型の道場

 

 あなたの出したモノは、どんなモノであろうと、必ず、あなたのところに返ってくるのが、宇宙の法則(原因と結果の法則と、エネルギー均衡の法則)の仕組みです。

 世の人々は、人から憎しみを受けたと言って腹を立てますが、それは、自分が出していたからです。

 「私は、そんな憎しみを出した覚えはない!」と言いますが、原因を出していない人の所に、結果が返ってくるわけがないのですから、間違いなく、自分が出していたのです。

 「お~い!」と出した山彦は、必ず、「お~い!」と返ってくるのです。

 つまり、憎しみの「お~い!」と出した山彦は、憎しみの「お~い!」と言う山彦となって返ってくるのです。

 自分の中にないモノが出せない理由は、自分の倉庫にない在庫品は、出しようがないからです。

 人の欠点は、気づいても、自分の欠点は、なかなか、気づかないものです。

 だから、気づかせるために、自分の欠点を、人の欠点として見せられるのです。

 もし、あなたが、人の欠点を見せられ、嫌な気分になったら、それは、自分の欠点を見せられ、嫌な気分になったと思ってください。

 そのように思えれば、欠点を気づかせてくれた相手にも、宇宙の法則にも、感謝できるでしょう。

 「人の振りみて、我が振り直せる!」仕組みは、自分を成長させてくれる、有り難い仕組みです。

 でも、これは、誰かが仕組んだのではなく、自分が仕組んだのです。

 「自分で鏡を作り、その鏡に自分の姿を写して、自分の欠点を見つけ、その欠点を修正し、自分が成長してゆく」、この表現世界は、正に自己完結型の有り難い学習道場です。

 

 

※「ありがとう!」と出した言葉が、「バカヤロウ!」とは返ってきません。

 山彦は、正直です。「原因と結果の法則」は、正直です。

 良い原因を創って、悪い結果がやってくることはないのです。

 人のせいにしないでください!、全て、自分が原因者です。 

 自分あっての相手なのです。自分あっての宇宙なのです。自分あっての神なのです。

 自分抜きで、何も起きないことを、知ってください!

 

 

2016年1月10日 東京塾より抜粋

 

2022.07.13  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.14


幻の話をしても意味が無い!

 

 よく、幽界の話を聞きたがる人がいますが、意識の高さ(理解力の高さ)によって進展してゆく、階層の宇宙のことを、どうして、お話できるでしょうか?

 オレンジ色と黄色との間には、無限の色があるのですよ!

 ドとレの間には、無限の音があるのですよ!

 同様に、表現宇宙にも、無限の階層があるのですよ!

 その無限の階層の話を、どうして、出来るでしょうか?・・・。

 私たちが、知るべきことは、そんな幻の世界の話ではなく、真実の世界の話ではないでしょうか?・・・。

 自分の宇宙しか無いと知った者(唯我独尊(存)の意味を知った者)は、もう、幽界の話や、過去世の話や、物質化現象の話や、UFOの話などはしないでしょう。

 なぜなら、実在しない幻の話をしても、何の意味も無いからです。

 この宇宙で、本当に存在するのは、真実の宇宙(自分の宇宙)だけです。

 なのに、幻の話に惑わされるとは、どういう、了見なのか?

 よく、自省してほしいものです。

 

(2016年2月14日 今週の真言より)

 

 

 

気楽に生きよう!

 

 世の人々は、悩み多い人生を送っていますが、この世は、夢幻の世界なのですよ!

  あなたに、起きている、どんな出来事も、時間がくれば、事情が変わってしまうのです。

 もし、今、あなたに、死にたいほどの悩み事があるなら、そんな悩み事など、笑い飛ばしてしまいなさい! どうせ、夢幻なのですから・・・。

 そうです! この世は、あなたが、悩むほど、価値のある世界では無いのです。

 それよりも、せっかく、夢幻の世界に出てきたのですから、楽しんでください。

 あなたは、「今夜は、楽しい夢を見よう!」と思って、床についたことはありませんか? 日々の人生も、そうしたら良いのです。

 ただし、夢を真剣に楽しんではなりません。

 真剣に楽しんでは、ミイラ取りがミイラになってしまいます。

 夢幻だと自覚した上で、楽しんでください。

 考えてみると、神は、実に、うまい方法で、私たちを目覚めさそうとしています。

 夢の中で真理の勉強をさせ、目覚めさそうとしているのですからね。

 これは、神ならでの見事な覚醒法です。実に、ありがたいことです。

 

 

※ 例え、あなたに、罪深い過去があったとしても、それは、真理に目覚めるために必要な過去だったのです。

 罪を犯さない人など、一人もいないのです。自分を責めないでください。

 どんな苦しい過去も、みな、自分の成長に必要だったのですから・・・。

 

 

※ 自分の思い通りに生きてください。

 それが、必然であり、良いことなのですから・・・。

 その証拠に、今日まで、自分の思い通りに生きてきて、真理に、つながったではありませんか?

 これからも、そのように生きたら良いのです。

 ただし、社会体験と瞑想だけは、やってください。

 それを、やらなくては、本末転倒になってしまいます。

 

(2018年5月20日 今週の真言より)

 

 

2015年3月15日 東京塾より抜粋

 

2022.07.14  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.15


外側の物が内側のモノを進化成長させている!

 

 外側のモノは、

どんなに、美しく見えても、

どんなに、醜く見えても、

どんなに、楽しく見えても、

どんなに、苦しく見えても、

どんなに、心地良く感じても、

どんなに、痛く感じても、

 現象ですから、みな、幻です。

 でも、その幻によって、心がダメージを受ければ、みな、真実になるのです。

 柳の木を幽霊と見間違えて、心臓がドキッとした時、柳の木は、真実になるのです。

 木の切り株をクマと見間違えて、心臓がドキッとした時、木の切り株は、真実になるのです。

 このように、現象であっても、心がダメージを受けた時、現象は、真実になるのです。

 私たちは、五感を持っているため、どうしても、外側の現象の影響を受けてしまうのです。

 でも、これは、決して、悪いことではないのです。

 なぜなら、外側の現象のお蔭で、進化成長できるからです。

 現象を軽んじてはならないと言うのは、外側の物が、内側のモノ(魂・心)を、進化成長させるからです。

 現象だからと言って、病気を軽んじないでください!

 必要なら、病院に行き、薬も飲み、手術も受けることです。

 特に、重い外傷は、外科的治療は必要です。

 「私は、真理を学んでいるから、医者にかからない!」と言う人は、真理を、生半可に、かじった人です。

 どうか、「現象と真実」は、同等の重みがあることを知ってください。

 

 

※ 確かに、現象を軽んじてはなりませんが、現象に惑わされ過ぎてもならないのです。

 特に、ここまで、魂の大きくなった皆さんは、現象など、笑い飛ばしてしまいなさい。

 何せ、私たちは、外側の影響を受けない、神なのですから・・、

 「自分は、神である!」と、心の深いところで想えたら、病気などは、もう、他人事です。神の世界に、病気など無いからです。

 あなたは、無限の生命力を持った、神なのですよ!

 ですから、病気になど、絶対ならないのです。

 

 

※ 悪い想いは、持たないことです。

 想念は、実現の母ですから、悪い想いを持ったら、悪いことが実現するのです。

 いつも、良い想いを持ってください。

 良い想いの一番は、神(あなたのマントラ)です。

 良い想いを持っている時は、悪い想いは持てません。

 良い人生にする秘訣は、常に、神を想い続けることです。

 

(2019年8月11日 今週の真言より)

 

 

※ 世の中では、よく、こう言うことが起こります。

 悪いことが起きれば、立て続けに悪いことが起き、良いことが起きれば、立て続けに良いことが起きる! と言ったことが・・・。

 特に、スポーツ競技では、連勝連敗がつきものです。

 なぜ、このようなことが起きるかと言いますと、 明るい想念は、光を呼び込むため、良いことが起き、その良いことが、さらに、明るい気持ちにさせるため、また、また、良い事が起きる、と言った、良い循環を生み出すのです。

 スポーツ競技は、それが、すぐに結果として現れるため、分かりやすいのです。

 私たちの普段の生活の中においても、こう言うことは、常に起こっているのです。

 どうか、良い想いを常に持つよう心がけてください。

 そしたら、あなたに、悪いことは、寄ってきません。

 良い想いの一番は、神を想うことです。

 

明るく、明るく、朗らかに ・・

何事も 、良く受け取り・・

神を想い、光を想い・・

日々、生きましょう!

 

 

2017年10月14日 東京塾より抜粋

 

2022.07.15  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.16


言葉の使い方

 

 言うことは、自由だからと言って、何でも言って良いわけではないのです。

 この宇宙には、守らねばならない言葉のルールがあるのです。

 どんなルールかと言いますと、

 「できるだけ、波動の低い言葉は語らない!」と言うルールです。

  • 清音の多く入った言葉を語ることです。(はい! うれしい! ありがとう! など) 
  • 濁音の多く入った言葉は語らないことです。(バカ! ブス! ダメ! ドジ! など)
  • できるだけ、肯定語を使い、否定語は使わないことです。
  • ネガティブな言葉は使わないことです。
  • 人を嫌な気分にさせるような言葉は使わないことです。 
  • 人を誤解をさせるような言葉は使わないことです。
  • 回りくどい言い方は避けることです。
  • 必要な (簡素簡潔な)言葉だけ語り、余計なことは語らないことです。
  • とは言っても、少しは、飾り言葉を入れて語ることです。

 おべんちゃらを言いなさいとは言いませんが、できるだけ、気分の良くなる言葉を使うことです。その方が、お互いのためです。

 人の言葉は、神の言葉と同じ威力があるのですから、よくよく、注意して語らねばならないのです。

 どうか、人を嫌な気分にさせるような、波動の低い言葉は語らないでください。

 

 

※ 人を言葉で諭したい気持ちは分かりますが、人を言葉で諭すことはできません。

 人を諭すことができるのは、唯一、体験による「原因と結果」の法則です。

 体験だけが、人を諭すことができるのです。

 

 

※ 言葉は、恐ろしくもあり、素晴らしくもあります。

 良い言葉を使えば、良いことが・・悪い言葉を使えば、悪いことが・・・。

 言葉の使い方一つで、人生を、良くも、悪くも、できるのです。

 どうか、言葉の偉大さを知ってください。

 

 

※ 「沈黙は金」と言う格言がありますが、学びを深めている皆さんは、できるだけ、沈黙を守ってください。喋りすぎると、見透かされますよ!

 

 

 

「身・口・意」の正しい使い方

 

 「身・口・意」を正しく使いなさい!と、覚者が、クドいほど言うのは、見える表現世界で、学んでおかなくては、意識の世界へ帰って、苦労するからです。

 「意」は、見えませんが、「身と口」は、見えるのです。

 つまり、「思・想」いは、見えませんが、「言葉や文字」は、見えるのです。

 見えない、「想」いが、見える、「身と口」によって表現されるのが、この表現世界なのです。

 私たちは、生まれた時から、両親から、言葉の使い方を教わります。

 また、学校で、文字や絵の書き方を教わります。

 でも、思いは、誰に教わらなくても使えます。思いは、万国共通なのです。いや、宇宙共通なのです。

 言葉や文字は、「星によって」、「国によって」、「人種によって」、違うので、いちいち、覚えねばなりませんが、思いは、宇宙共通ですから、学ぶ必要がないのです。

 意識の世界では、テレパシーを使っているため、想いを、何か(言葉や文字)に表わす必要がありません。

 想ったら、そく、相手に伝わるのです。それも、寸分、狂わず、相手に伝わるのです。

 だから、意識の世界では、うかつなことは、想えないのです。

 今、私たちは、言葉や文字を使って、コミュニケーションを取っていますが、たとえ、悪い言葉や文字を使っても、相手に伝える前に訂正できます。

 でも、意識の世界は、思った瞬間に、相手に伝わるので訂正できないのです。

 ですから、表現世界にいる間に、悪い想いを持たないよう、訓練する必要があるのです。

 それは、「身・口・意」を正しく使えるようにすることで、可能なのです。

 

(2019年10月20日 今週の真言より)

 

 

神メロディー「神は言葉なりき」

 

2019年10月19日 大阪塾より抜粋

 

2022.07.16  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.17


時間とは?

 

 時間の「時」とは、意識のこと・・エネルギーのこと・・です。

 時間の「間」とは、空間のこと・・物質(肉体人間)のことです。

 この「時」と「間」は、切り離しては存在できません。

 二つが一つに合わさって、初めて、「時間」が、生まれるのです。

 つまり、時空が、宇宙が、生まれるのです。

 ですから、時間は、表現宇宙にだけ存在する、特殊なものと言っていいでしょう。

 このように、時間とは、 物質と意識が一体になったものなのです。

 ですから、肉体(間)を持ち、意識(時)を持っている、私たちは、時間そのものなのです。

 ゆえに、人間は、小宇宙と呼ばれているのです。

 

 

 

時間の中にいると言うことは、体験の中にいると言うこと!

 

 私たちは、間違いなく、成長しております。なぜなら、時間の中にいるからです。

 時間の中にいると言うことは、体験の中にいると言うことです。

 体験すれば、必ず、成長するようになっているのです。

 「時」と「間」のある、表現世界では、 たくさんの物語が生まれるのです。

 その物語りにおける体験は、ことごとく、私たちを成長させてくれるのです。

 だから、私たちは、厳しい表現宇宙に、わざわざ、肉体を持って生まれてくるのです。

 健気だとは思いませんか?

 でも、もう、そろそろ、肉体から卒業したいものです。

 つまり、「間」から卒業したいものです。

 

 

※ 今、私たちは、「今と言う時」を感じています。

 でも、この時は、肉体が感じているのではなく、意識が感じているのです。

 そうです。

 時を感じられるのは、時をなぞれる、意識だけです。

 意識が無くては、時は無いのです。

 私が、時は意識であると言うのは、意識だけが時を感じることができるからです。

 時=意識です。意識=時です。

 人間が、「時間」であると言うのも、 私たちは、意識(時)と肉体(間)を持っているからです。

 だから、時間を持つ人間だけが、瞑想できるのです。

 

 

旧・光のメロディー「時」

 

2017年5月20日 大阪塾より抜粋

 

2022.07.17  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.18


運命は外からやってくるのではない!

 

 運命とは、「命」を「運」ぶ、と書きますが、命を運ぶのは、誰でもありません。

 自分の「身・口・意」です。

 誰かが運命を運んでくれることは、絶対ないのです。

 ですから、自力です。

 外から、幸せがやって来ると思ってはなりません。

 誰かが、自覚の境界線を超えさせてくれると思ってはなりません。

 幸せも、悟りも、運命も、自分の努力で勝ち取ってください!

 

 

 

真理を学んでいるから、自覚の境界線が超えられるわけではない!!

 

 学びの友の中に、真理を学んでいれば、自覚の境界線が超えられると、誤解している人がおりますが、真理が、自覚の境界線を超えさせてくれるのではありません。

 真理を理解し、実践することによって、自覚の境界線が超えられるのです。

 真理は、あくまでも、道理を示しているだけです。

 理解と実践の伴わない真理は、単なる絵に書いたボタモチです。

 それは、毎週、日曜日、キリスト教会に行って、賛美歌を歌っているようなものです。

 私の本を読んで・・私の話を聴いて・・満足しているのは、賛美歌を歌って、満足しているようなものです。

 真理の実践とは、原子核を増やす、三つの方法のことを言っているのです。

 つまり、社会体験をすること、瞑想をすること、思索をすることです。

  • 社会体験している時は、心身を使っているので、実践になっているのです。
  • 瞑想をしている時も、想念を使っているので、実践になっているのです。 
  • 思索している時も、想念を使って考えているので、実践になっているのです。

 この三つの方法は、実際に、エネルギーを動かしているわけですから、間違いなく、前に進むのです。

 歩くから、景色が変わるのです。座っていては、景色は変わらないのです。

 景色が変わらない、と言うことは、成長していない、と言うことです。

 あくまでも、自力です。自力で成してこそ、扉が開かれるのです。

 私は、努力の大切さを言っているのです。

 何かを成し遂げるには、努力が必要なのです。

 

 

※ 繰り返します。

 真理が自覚の境界線を超えさせてくれるのではありません。

 真理を理解し、実践することによって、自覚の境界線が超えられるのです。

 それは、自力です。

 外側のものを拝んでいては、自覚の境界線を超えることはできません。

 くれぐれも、誤解なきように・・・。

 

 

※ 瞑想できる有り難さ! 瞑想できることの幸せさ! 

 どうか、瞑想できるところまで進化してきた、自分を褒めてやってください!

 私たちは、本当に幸せなのですから・・・。

 

(2017年4月2日 今週の真言より) 

 

 

※ 自分なりに工夫して、瞑想をしてください!

 意識は、宇宙に一つしかありません。

 自我意識もあって、神意識もあるわけではないのです。

 自我意識と神意識は、繋がっているのです。

 その自我意識を、自分なりに工夫して、神意識まで引き上げてください。

 引き上げる方法を、私は、背中の奥の奥の一点に意識を置いて下さい!、という言い方をしているのです。

 これは、皆さん自身で、工夫してやってみてください!

 

 

旧・光のメロディー「縁生の友たちよ!」

 

2017年4月15日 大阪塾より抜粋

 

2022.07.18  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.19


 私たちが学んでる真理は、それは、それは、凄い学びなのです。

 この真理を理解できる人は、地球では、ほんの僅かしかいないのです。

 ですから、皆さん、誇りを持って学んで ください!

 良いのです。誰に解ってもらえなくても・・・、

 あなたが、理解し、あなたが、成長したら、良いのですから・・・、

 あなたが、成長したら、宇宙も、成長するのです。

 なぜなら、個は全体であり、全体は個だからです。

 

 私たちが、学ぶべきことは、自分が「宇宙である! 神である! 意識である!」と、自覚することです。自覚は、自分から得るのですから、自力です。

 だから、ここの学びは、難しいのです。

 でも、やることは、簡単です。

 二つのことを、やれば良いのですから・・・ 

 二つのこと・・・それは 、社会体験と瞑想です。

 

 学びの要点は、意識について、学ぶことです。

 意識は、見えませんから、理解するのは、容易ではありません。

 でも、意識は、自分が持っているのですから、自分の意識を探れば良いのです。

 自分は、意識です。意識は、宇宙です。宇宙は、自分です。

 だから、自分の意識を探れば、宇宙を知ることができるのです。

 どうか、自分の意識を探ってください!

 きっと、宇宙の謎に迫ることができるでしょう!

 

 

2018年1月21日 大阪塾より抜粋

 

2022.07.19  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.20


 科学者は、偶然を信じていますが、本当に、偶然で物が生まれ、偶然で物事が起きるのでしょうか?

  •  美しい雪の結晶 ・・
  •  悲惨な交通事故・・
  •  感動的な小説 ・・

 これは、偶然の産物でしょうか? 

 あなたは、偶然に生まれ、偶然に死ぬのでしょうか?

 あなたの人生は、偶然で進むのでしょうか?

 もし、偶然があるのなら、どんな生き方をしたっていいのです。

 人を騙そうが、人のものを奪おうが・・・。

 しかし、この宇宙は、きっちりとした法則(必然)によって管理されているのです。

 ですから、悪いことをしてはならないのです。

 悪いことをしたら、必ず、痛い目に遭うからです。

 

2017年5月14日 東京塾より抜粋

 

 

  • そっくりに作られた心臓は、動き出すのでしょうか?

 見えない何かが、心臓を動かしているのではないでしょうか?

  • 車を動かしているのは、車でしょうか? エネルギーでしょうか?

 見えないエネルギーが、車を動かしているのではないでしょうか?

  • 子供は、見えるものから、産まれてくるのでしょうか? 見えないモノから、産まれてくるのでしょうか?

 見えないモノから、産まれてくるのではないでしょうか?。

 

 見えるものを、生み出し、生かし、動かし、働かしているのは、見えないモノなのです。

 私たちは、見えないモノによって、生かされ、 動かされ、働かされているのです。

 その見えないものを、「 X 」とか、「神」とか、「意識」とか、言っているだけです。

 見えないモノの研究をするようになったら、地球人類は、大きく飛躍するでしょう。

 

2022.07.20  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.21


 魂が成熟してゆくと、この世のどんな楽しみも、心から楽しめなくなります。

 なぜでしょうか?

 それは、瞑想の楽しさを知ったからです。神を想う瞑想の楽しさは、格別です。

 なぜなら、実在している楽しさだからです。

 しかし、この世の楽しみは、実在しない楽しみですから、どんなに楽しんでも、心から楽しめないのです。 

  • 非実在の楽しみ・・ それは、外側に咲いた、幻の花です。
  • 実在の楽しみ・・ それは、内側に咲いた、真実の花です。

 

 

 

良い準備をしましょう!

 

 「良い準備をしましょう!」とは、「良い想念を使いましょう!」と言う意味です。

 良い想念を使っている時は、良い原因を作っているわけですから、良い準備をしていることになるのです。

 想念は、誰でも持っています。いつでも、使えます。誰の邪魔もされません。

 これほど、手軽で、ありふれたものはありません。

 しかし、これほど、恐ろしいものもないのです。

 想念は、ありふれたものであり、恐ろしいものであり、偉大なものなのです。

 

 

2018年11月10日 東京塾より抜粋

 

2022.07.21  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.22


 瞑想する前に、次のように、決心してください。

 そうすれば、雑念なく、瞑想できると思います。

 「マントラ以外、想わない! 想わない! 想わない!」と、強く決心すること。

 途中、雑念が湧いたら、「マントラ以外、想わない! 想わない! 想わない!」と、再決心すること。

 瞑想は、1に想うこと!、2に想うこと!、3に想うこと! です。

 (マントラとは、神・意識・生命・愛・無限など、皆さんの得意とする、マントラのことです。)

  

 繰り返し言いますが、瞑想とは、想うことです。

 私たちは、一刻一刻、一日一日 、毎週毎週、毎月毎月、毎年毎年 、瞑想をしているのです。

 あなたの、これまでの人生は、瞑想によって作ってきたのです。

 そんな実績があるのですから、マントラを想い続ければ、間違いなく、自覚の境界線を超えることができるのです。

 皆さんは、すでに、マントラの側面を、たくさん知ってますので、マントラを想うだけで良いのです。

 瞑想を難しく考えないでください!

 瞑想が難しいとすれば、継続できない点かも知れません。

 でも、気持ちを奮い立たせて、瞑想を続けてください。

続けてください!

続けてください!

続けてください!

 続ければ、「原因と結果の法則」が、必ず、実りをもたらしてくれます。

 

 

2019年7月28日 修善寺塾・2019年7月21日 大阪塾より抜粋

 

2022.07.22  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.23


 自由な意識の私が、どうして、窮屈な人間の中に入らなければならないのでしょうか? 気がついたら、人間の中に入っていたのです。

 人間の中に入るなど、望んだ覚えがないのに・・です。

 一体、誰が、こんな、おせっかいなことをしたのでしょうか?

 私は、おせっかい焼きを知りたくて、自分の意識を探りました。

 でも、どんなに探っても、おせっかい焼きが、分からないのです。

 でも、探っていくうちに、気づきました。

 おせっかい焼きは、原因無き原因者だと言うことを・・・。

 

 私の存在は、結果です。結果が有ると言うことは、必ず、原因が有るはずです。

 でも、私は、永遠の昔から存在していたのですから、生まれたことが無いのです。

 生まれたことが無いと言うことは、死んだことも無いと言うことです。

 生まれたことも、死んだことも、無いならば、原因があるはずがありません。

 このように、私を創った、おせっかい焼きは、原因無き原因者だったのです。

 その原因無き原因者を、神と呼んでいるのです。

 神を否定する者は、自分を否定する愚か者です。

 そんな、愚か者にならないでください!

 

 意識を一本の糸で、例えると、糸の上の方の意識は、神の精妙な意識です。下の方の意識は、自我人間の粗い意識です。

 同じ意識ではありますが、波動に大きな違いがあるのです。

 ですから、神の精妙な意識で、自我人間の粗い意識を切ることができても、自我人間の粗い意識で、神の精妙な意識を切ることができないのです。

 「切る」と言う意味は、介入や移入ができる、と言う意味です。

 病気は、自我人間の粗い意識が、細胞意識に介入することによって起きているのです。

 人間の近くで飼っている動物達が病気になるのも、自我人間の粗い意識が移入することによって起きているのです。

 このことは、上から下は見えるが、下から上は見えない、と言う例えで、分かってもらえると思います。

 

 

2019年3月10日 東京塾より抜粋

 

2022.07.23  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.24


意識の独り言

 

 私が分からない! どこから、生まれたのかも、いつ、生まれたのかも、分からない!

 気が付いたら、私がいたのです。

 私が分からない迷子の自分・・どんなに探っても、分からない自分・・ 私って、一体、何なのでしょうか?

 唯一、分かっていることは、意識を持っていることだけです。

 どんなに探っても、知ることのできない自分・・ 何と歯がゆいことでしょう!

 でも、探ってゆくうちに、私は、気づきました。

 自分を知る必要がないことを ・・・自分を知ったら、自分が消えてしまうからです。

 私は、諦めました。

 今の私の望みは、自分を知ることではなく、幸せを得ることです。

 幸せが得られたら、もう、何もいらないからです。

 でも、せめて、分からない自分に名前を付けましょう!

 分からないのですから 、

「 X 」と 名付けましょうか? 

「神」と名付けましょうか? 

「生命」と名付けましょうか? 

「意識」と名付けましょうか?

 いいのです。それでも!、あれでも!、これでも!、分からない自分でも!

 私とは、そういう存在なのです。

 

 

2019年7月27日 修善寺塾より抜粋

 

 

 

意識の独り言 その2

 

 自由な意識の私が、どうして、窮屈な人間の中に入らなければならないのでしょうか?

 気がついたら、人間の中に入っていたのです。

 人間の中に入るなど、望んだ覚えがないのに・・です。

 一体、誰が、こんな、おせっかいなことをしたのでしょうか?

 私は、おせっかい焼きを知りたくて、自分の意識を探りました。

 でも、どんなに探っても、おせっかい焼きが、分からないのです。

 でも、探っていくうちに、気づきました。

 おせっかい焼きは、原因無き原因者だと言うことを・・・。

 

 私の存在は、結果です。結果が有ると言うことは、必ず、原因が有るはずです。

 でも、私は、永遠の昔から存在していたのですから、生まれたことが無いのです。

 生まれたことが無いと言うことは、死んだことも無いと言うことです。

 生まれたことも、死んだことも、無いならば、原因があるはずがありません。

 このように、私を創った、おせっかい焼きは、原因無き原因者だったのです。

 その原因無き原因者を、神と呼んでいるのです。

 神を否定する者は、自分を否定する愚か者です。

 そんな、愚か者にならないでください!

 

 意識を一本の糸で例えると、糸の上の方の意識は、神の精妙な意識です。下の方の意識は、自我人間の粗い意識です。

 同じ意識ではありますが、波動に大きな違いがあるのです。

 ですから、神の精妙な意識で、自我人間の粗い意識を、切ることができても、自我人間の粗い意識で、神の精妙な意識を、切ることができないのです。

 「切る」と言う意味は、介入や移入ができる、と言う意味です。

 病気は、自我人間の粗い意識が、細胞意識に介入することによって起きているのです。

 人間の近くで飼っている動物達が病気になるのも、自我人間の粗い意識が、移入することによって起きているのです。

 このことは、上から下は見えるが、下から上は見えない、と言う例えで、分かってもらえると思います。

 

 

2019年3月10日 東京塾より抜粋

 

2022.07.24  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.25


 コップと言うのは、ガラスが形を取ったものに、コップと言う名前を付けただけで、実際にあるのは、コップではなく、ガラスです。

 しかし、私たちは、「コップ! コップ!」と呼んでいるうちに、いつのまにか、コップがあるような錯覚に陥ってしまったのです。

 人間と言うのは、 意識が形を取ったものに、人間と言う名前を付けただけで、 実際に存在しているのは、人間ではなく、意識です。

 しかし、私たちは、「人間! 人間!」と呼んでるうちに、いつのまにか、人間が存在しているような錯覚に陥ってしまったのです。 

 名前そのものには、実体が無いのです。

 実体がない、と言うことは、名前は、幻である、と言うことです。

 恐ろしいのは、その幻である名前を呼んでいるうちに、名前が実在する錯覚に陥ってしまうことです。

 私たちは、人間がいるような錯覚に陥っているのです。

 しかし、実際に存在しているのは、人間ではなく、意識なのです。

 意識が、人間の形を取っているだけです。

 私たちは、名前に惑わされ、人間が存在していると錯覚させられているのです。

 

 肉体の本質(素材)は、意識です。

 肉体は、意識によって創られているのです。意識の塊と言ってもいいかもしれません。

 その意識の塊である肉体に、「肉体」あるいは「人間」、と言う名前をつけたのです。

 その人間とか肉体と言う名前に惑わされ、本当の自分を見失ってしまったのが、私たちなのです。

 人間も、肉体も、名前です。名前ですから、実体がないのです。

 私たちの本質は、あくまでも、意識です。

 ですから、私たちは、自分のことを「意識である!」と思わなければならないのです。

 

 

2015年7月11日 東京塾より抜粋

 

2022.07.25  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.26


 神の意識は、一つです。

 その一つの意識によって、魂が生まれ、心が生まれ、想念が生まれたのです。

 と言うことは、本来なら、私たちの言葉は、神の言葉であるはずです。

 でも、神の自覚がなければ、どうしても、波動の粗い人間の言葉になってしまうのです。

 人間の自覚を持って話した言葉は、波動が粗いのです。

 神の自覚を持って話した言葉は、波動が精妙なのです。

 それは、ただ、人間と想っているか? 神と想っているか? で、そうなるのです。

 神の自覚を持てば、即、神の言葉になるのです。 

 

 神の波動の籠った文を言葉にする時、自我が入っていない場合は、神の言葉そのものになります。だから、その言葉は、気持ちが良いのです。

 機械が喋った言葉が気持ち良いのは、自我が入っていないからです。

 私の書いた真理を、言葉にしてみてください! 気持ちが良いでしょうか?

 

 私の動画を見て、気持ち良くなった人、あるいは、眠気を催すようになった人は、神の波動に近い人です。

 身口意・・・意口身です。

 神は、表現媒体を通して、自分の想い(望み)を実現させようとしているのです。

 どうか、神の表現媒体になってください!

 

 

2014年10月12日 東京塾より抜粋

 

2022.07.26  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.27


 神(意識)を知るには、どうしたら、いいのでしょうか?

 神(意識)は、単独では、表現世界に降りて来られません。

 何かの表現物を通してしか、降りて来られないのです。

 と言うことは、表現物の中には、みな、神がおられる、と言うことです。

 神は、全ての全て、有りて有るものです。

 この表現世界に存在する、全てのものは、神の化身です。

 ですから、神を知りたければ、表現物を知れば良いのです。

 つまり、人間を知れば良いのです。

 神を知る、こんな簡単な方法があったのです。

 「神は、全ての全て、有りて有るもの」とは、「自分は、全ての全て、有りて有るもの」と言う意味です。

 すなわち・・

  • 自分の意識も
  • 自分の魂も
  • 自分の心も
  • 自分の想念も

 全て、神である、と言う意味です。

 その神を知るには、自分の意識の中に潜ればいいのです。

 いかに、自分が神であると思えるかが、勝負です。

 心の底で思えるようになったら、自分が変わります。変性変容が起きるのです。

 

 確かなもの・・・

 この宇宙に、確かなものがあるとしたら、

 それは、たった一つ・・自分の魂(意識)だけです。

 この自分の魂(意識)だけは、絶対に無くならない確かなものです。

 あなたが、確実に、できることは、自分の魂を大きくすることだけです。

 外側のものを、どんなに成長させたいと思ってもできません。

 なぜなら、外側のものは、みな、幻だからです。 

 やれないことを、やるのではなく、やれることを、やってください。

 

 

2014年11月8日 東京塾より抜粋

 

2022.07.27  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.28


 暗い所に、ゴキブリやネズミが発生するように、暗い人の心の中に、病気は発生します。

 病気は、光の無い状態なのです。

 どうか、「光り人」になってください!

 それは、想念を明るく使ったらなれるのです。

 

 神を否定する者は、光を否定するものです。

 その者のところには、闇が・・病気が・・事故災難が・・訪れます。

 

 神を肯定してください 。神を想うだけでいいのです。

 想った瞬間から、あなたの人生は変わります。

 

 人が、苦しみながら生きる意味は、原子核を増やし、成長するためです。

 苦しいことが、やってきたら、 この苦しみは、自分を大きくしてくれる、と思ってください。

 

 

2018年12月22日 修善寺塾より抜粋

 

2022.07.28  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.29


 私たちは、意識の世界から出てきた意識の子です。

 私たちには、闇がないのです。

 なぜなら、意識は、光だからです。 闇を作っているのは、人間と思う誤解です。

 

 あなたの意識なしに、

今朝は、ありましたか?

今の一秒は、ありますか?

今日は、ありますか?

明日は、ありますか?

 あなたの意識がなかったら、何もないのです。

 これは、主観的見方です。でも、主観的見方は、真実です。

 

憎い人がいます。

嫌な人がいます。

尊敬できる人がいます。

好きな人がいます。

コロナに怯えています。

地震に怯えています。

 これは、客観的見方です。この客観的見方は、幻なのです。

 

 今、全人類が客観的見方をして、泣き笑いしているのです。

 でも、今の地球人類は、それでいいのです。

 なぜなら、客観的見方をしているうちに、真実に目覚めることができるからです。

 

 

2016年11月12日 東京塾より抜粋

 

2022.07.29  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.30


 同じ、あなたは、いません。

 それは、時間の中にいて、一刻一刻、進化しているからです。

 昨日のあなたと、今日のあなたは、違うあなたなのです。

 

 同じ、太陽(神)を見ているのではありません。

 また、同じ、月(人間)を見ているのでもありません。

 毎日、違う太陽と月を見ているのです。

 なぜなら、 見ている、あなたは、時々刻々と進化しているからです。

 

 人の欠点を見て、その人を嫌ってはなりません。

 なぜなら、その人は、自分の欠点を見せてくれた、恩人だからです。

 人の振り見て、我が振り直せる、相対の世界に感謝しましょう。

 

 

2015年6月14日 東京塾より抜粋

 

2022.07.30  

 

 

 

 

 

金言:2022.07.31


 許す者は、許されます。許さない者は、許されません。

 同じ波動が同調して、現象を生むからです。

 

 知った者は、罪を犯しません。知らない者は、罪を犯します。

 「無知が最大の罪である!」と言われる由縁です。

 

 留まる水は、腐ります。流れる水は、腐りません。空気も同じです。

 エネルギーは、常に、動いているからです。

 動くことが、いかに大切か、分かろうと言うものです。

 

(2021年1月1日 金言より)

 

 

 許す者は、許され、許さない者は、許されないのは、「原因と結果の法則」が働いているからです。

 壁にボールをぶつけたら、必ず、返ってくるのです。

 許すと言うボールを投げたのですから、許されると言うボールが返ってくるのは、当たり前の事なのです。

 その法則は、想念が引き寄せるのです。想念は、エネルギーなのです。

 「原因と結果の法則」は、エネルギーによって支えられているのです。

 

 知った者は、罪を犯しません。知らない者は、罪を犯します。

 だから、「無知は最大の罪である!」と言われるのです。

 でも、知っても、罪を犯す人がいるのです。

 それは、まだ、人生体験が足りないからです。

 私たちは、この身で、痛い目を、たくさん体験し、少しずつ、罪を犯さなくなるのです。

 それまでは、何度も、何度も、同じことをやって、痛い目にあうのです。

 

 「留まる水が腐り、流れる水が腐らない」のは、空気が腐敗を止めるからです。

 流れている水は、空気を吸い込むのです。

 止まっている水は、空気を吸い込まないのです。

 空気(エネルギー)は、浄化力を持っているのです。

 何日も部屋を空けていると、部屋の空気が臭くなってきますが、それは、空気の流れが無かったからです。

 人が住んでいると、空気が動くのです。その空気が、浄化してくれるのです。

 空き家が、古びてしまうのは、人が、空気を動かさないからです。

 私たちの肉体も、同じなのです。

 体を動かしていると、体の中でエネルギーが動くのです。

 体を動かしていないと、体の中でエネルギーが動かないのです。

 だから、動いている人は、健康になり、動かさない人は、不健康になるのです。

 これは、機械類も同じで、時計も、車も、放置して動かさなかったら、錆び付いて寿命が短くなるのです。

 

 

2017年5月14日 東京塾より抜粋

 

2022.07.31  

 

 

 

 

 

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【お知らせ】

○ 次回、修善寺合宿(瞑想会)

2024年1月20日・21日

 

○ 光の画集に学びの友の作品をアップしました!

 

○ 2022年1月1日からは、これまで発表した、「人類の夜明 金言集」「真言集」 「更新集」を、「金言集」として、再掲載していきますので、再読して理解力の深まりを確かめてください。(時折、加筆したり、新しい内容も掲載いたします。)

 

○「歌おう♬ いのちの歌 」

 

○「自分の人生を振り返ってみよう~~♪ 人生の扉 」

 

 

 

 

 

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