理想社会を考える会(かとう塾)
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金言集:2023.02


金言:2023.02.01


神の教え Part3

 

「原因と結果の法則」に、寄り添って生きなさい、と言う教え!

 この宇宙は、「原因と結果の法則」によって支配されています。

 良い原因を創れば、良い結果が・・、悪い原因を創れば、悪い結果が・・、

 この法則は、寸分も狂わず働きます。

 ですから、私たちは、「原因と結果の法則」に、寄り添って生きなければならないのです。

 この「原因と結果の法則」は、宇宙のどこかにあるわけではありません。

 私たちの想念の中に、組み込まれているのです。

 だから、想念次第で、良い働きにも、悪い働きにも、出来るのです。

 良いことを思えば、良い結果が、悪いことを思えば、悪い結果が、創られるのは、想念力が創るからです。

 世の人々は、外側から、幸せや不幸が、やってくると思っていますが、外側から、やってくることはありません。

 幸せも、不幸も、内側の想念が連れてくるのです。

 人のせいにしてならないのは、全て、内側の想念が創るからです。

 「原因と結果の法則」は、実に、想念に、従順に働きます。

 それも、単純に、平等に、正確に、働きます。

 ですから、想念を正しく使ったら、何も心配することがないのです。

 心配するどころか、自分の思い次第で、いくらでも、人生を切り開くことができるのです。

 こんな、嬉しいことないのではありませんか?

 

 

2018年12月8日 東京塾より抜粋

 

2023.02.01  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.02


 「神は光なりき!」と言われているように、神は、光です。

 私たちは、その光から放射された、光の子(光子)です。

 光の子ですから、光の電球を持っているのです。

 私たちは、神から遣わされた、光の天使なのです。

 目的は、二つあります。

  • 一つは、地球に、理想の世を建設することです。
  • もう一つは、 魂を大きくして、神に帰ることです。 

 人類、一人一人は、電球ですから、光を降ろすことができるのです。

 しかし、残念なことに、光を降ろすことのできる電球が、今の地球には、数少ないのです。その数少ない電球が、学びの友の皆さんたちなのです。

 どうか、電球を、光らかしてください! 地球は、喜んでくれるでしょう!

 やり方は、簡単です。コンセントを差し込めば、良いだけです。

 コンセントを差し込むとは、神に、意識を向ける、と言う意味です。思いを向ける、と言う意味です。

 思いを向けた途端、光が降りてきて、みなさん自身の電球が光るのです。 

 どうか、電球を、光らかして、地球に、光を降ろしてください。 

 

 電球を、光らかす方法は、神に思いを向ける他に、もう一つ、あります。

 それは、 物の内(中)を見ることです。

 全ての物質は、光で出来ているのです。

 表面を見れば、物質ですが、中を見れば、光なのです。

 ですから、物質の中を見れば、自分が光り出すのです。     

 全てのものは、神の光で出来ているわけですから、私たちは、いつも、光と共に、神と共に、生きているのです。

 ただ、私たちは、表面を見ているから、そう思えないだけです。

 どうか、物の内(中)を見てください!、肉体の内(中)を見てください!

 そこには、光が存在し、神が存在しているのです。 

 この宇宙は、光と物質が、一対になっているのです。

 光あっての物質であり、物質あっての光なのです。

 内あっての外であり、外あっての内なのです。

 光(内)だけでも、存在できないし、物質(外)だけでも、存在できないのです。

 神だけでも、存在できないし、人間だけでも、存在できないのです。

 それほど、私たちは、掛け替えのない存在なのです。 

 どうか、肉体の自分も、魂の自分も、大切にしてください!

 自我の自分も、真我の自分も、大切にしてください!

 

 

2017年4月16日 大阪塾より抜粋

 

2023.02.02  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.03


神の教え Part2

 

中庸に寄り添って生きなさいと言う教え!

 よく、ひいきのチームを作る人がおりますが、これは、あまり、利口とは言えません。

 なぜなら、ひいきのチームが勝った時は、嬉しいでしょうが、負けた時は、寝れなくなるぐらい、悔しくなるからです。

 この宇宙は、バランスによって (中庸によって)、成り立っていますので、偏ると、苦しみが、やってくるのです。

 なのに、人間は、中庸から、離れたがります。

 それは、偏ると、濃い喜びが得られるからです。

 これは、麻薬のようなもので、一旦、取り込まれると、抜け出すのが大変です。

 この中庸は、魂の大きさによって、違ってきますので、自分の中庸を、人の中庸に、当てはめてはいけません。

 ある人には、中庸であっても、ある人には、中庸でない場合があるからです。

 では、どうしたら、自分の中庸を、見極めることができるのでしょうか?

 それは、苦しみの程度で、判断するしかありません。

 苦しみの多い人は、中庸から遠く離れており、少ない人は、中庸に近い、と言う判断です。 

    

 拘りや、囚われは、光を弱めてしまいます。

 なぜ、光が弱まるかと言いますと、中庸にいる場所は、真ん中ですから、光が真上から当たりますが、中庸からずれると、光が斜めから当たるので、光が弱くなるのです。

 こう、あらねばならない!、ああ、あらねばならない!、と言った、拘りや囚われは、偏りですから、光を弱めるのです。

 よく、アスリートが、陥ることですが、勝たねばならない!、打たねばならない!、皆の期待に応えなければならない!、と意識しだした途端、成績が落ちるのは、拘ることによって、光を弱めるからです。

 人生において、守らなければならない中庸が、たくさん、あります。

 例えば、経済・教育・食べ物・睡眠・運動・買い物・娯楽・ 旅行・ 人付き合い・ 行事・掃除 ・清潔・身だしなみ、など、挙げれば、キリがありませんが、殆んどの人は、中庸を外しながら、生きているのです。

 ですから、世の中には、苦しんでいる人たちが、たくさん、いるわけです。

 穏やかに、生きたかったら、自分の中庸を見極め、自分の中庸を守って、生きてください。

 

 

2019年9月21日 大阪塾より抜粋

 

2023.02.03  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.04


 神は、人類に、どのように、生きるべきかを 、次の三つの道理を通して、教えてくれています。

  • 一つは、「真・善・美」に、寄り添って生きなさい! と言う教え・・・ 、
  • 二つは、「中庸」に、寄り添って生きなさい! と言う教え・・・、
  • 三つは、「原因と結果の法則」に、寄り添って生きなさい! と言う教えです。

 

神の教え Part1

 

「真・善・美」に寄り添って生きなさいと言う教え!

 大宇宙を、ご覧ください!、大自然を、ご覧ください!

 見事なまでに、調和が取れております。

 どうして、調和が取れているのでしょうか?

 それは、 「真・善・美」に寄り添って、宇宙も、自然も、創られているからです。 

  • 「真」とは、 真理です。 真実です。誠です。法則です。鉄則です。秩序です。

神は、「真」に、寄り添って生きれば、幸せになれますよ! と言っているのです。 

  • 「善」とは、正義です。正道です。正しさです。

神は、「善」に寄り添って生きれば、 安心して、生きられますよ! と言っているのです。

  • 「美」 とは、 美しさ、綺麗さ、可愛さ、バランス、感動です。

神は、「美」に寄り添って生きれば、 楽しく、生きられますよ!と言っているのです。

 

 このように、神は、人類に、どのように、生きるべきか、指針を示してくれているのです。

 幼い地球人類には、生きるべき、お手本が必要なのです。

 そのお手本が、宇宙であり、自然なのです。

 「真・善・美」に、寄り添って生きれば、私たちは、穏やかに、生きられるようになっているのです。

 勿論、 「真・善・美」に、寄り添って生きれば、理想社会を造ることも、夢ではありません。 

 

 

神のメロディ「真善美は神様の心」

 

2023.02.04  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.05


 私たち求道者は、なぜ、思索する必要があるのでしょうか?

 それは 、「なぜ? なぜ?」の疑問が、魂を成長させてくれるからです。

 本源の宇宙には、無限の知恵の宝庫があります。

 その宝庫から知恵を引き出すには、能動的に働きかけないと、引き出せないのです。

 能動的に働きかける作業が、思索なのです。

 思索、そのものは、単純です。

 疑問に思っていることを、自分に問いかければ、良いだけです。

 ただ、その質問の中身が問題なのです。

 その求道者にとって、本当に必要な質問であれば、即座に、答えが返ってきます。

 でも、興味本位な質問とか、知識欲を満たすような質問の場合は、答えが返ってこないのです。

 求道者の中には、答えが返ってこないからと言って、同じ質問を、何度もする人がおりますが、どんなに質問しても無駄です。

 なぜなら、その質問の答えを受け取れる段階まで成長していないからです。

 成長していないから、そのような質問をするのです。

    

 求道者の中には、思索する題材が見つからない、と言う人がおりますが、見つからなかったら、無理に思索する必要はありません。

 でも、不思議なもので、原子核が増えるに従い、見つかるものです。

 質問するのは、自我です。回答するのは、真我です。

 納得するのは、自我です。納得したら、魂が成長するのです。   

 真我からの回答は、直線的な回答もありますが、迂回して返ってくる場合が多いので、解答に時間がかかります。

 その解答も、日常生活を通して帰ってくることが多いので、見逃さないよう、アンテナを張っておく必要があります。

 思いがけない時に、「なるほど!」と思うような答えが返ってきます。

 もう一つ、注意しなければならない点は、 返ってきた回答が、自我からの回答か、真我からの回答か、見極めねばならない点です。

 難しいように思いますが、心配いりません。やっているうちに、見極められるようになります。

 

 能動的に働きかける作業は、とても、大切です。

 なぜなら、原因を作らなかったら、結果が返ってこないからです。

 待っていては(原因を作らなければ)、何も得られないと言うことです。

  • 思索も、能動的です。
  • 瞑想も、能動的です。
  • 社会体験も、能動的です。
  • 日常生活、そのものが、能動的なのです。

 家に閉じこもって、何もしないと言うことは、原因を作らないと言うことですから、結果が生まれるわけがないのです。

 私たちは、今日まで、能動的に働きかけてきたからこそ、ここまで、成長することができたのです。

 能動的に働きかける行為は、陽です。男性です。光です。

 受動的に待ち受ける行為は、陰です。女性です。闇です。

 受動的に待ち受けていては、何も得られないのです。

働きかけましょう!

行動的になりましょう!

積極的になりましょう!

自分から率先してやりましょう!

 そうすれば、必ず、原子核が増え、成長します。

 

 

2016年5月22日 大阪塾より抜粋

 

2023.02.05  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.06


 ただ、意識の前を、現象が通り過ぎて行くだけ ・・・、その現象が、どんなにリアルでも、どんなに美しくても、どんなに醜くても、どんなに奇妙でも、どんなに恐ろしくても、全て、現象です。

 現象ですから、必ず、消えて無くなってしまうのです。

 でも、魂に刻まれた印象は、実在です。

 と言うことは、夢幻であっても、夢幻で終わってない、と言うことです。

 私たちは、今、夢を見ているのです。

 肉体を脱いで、幽界に帰っても、まだ、夢を見ているのです。

 更に、自覚の境界線を超えても、まだ、夢を見ているのです。

 私たちは、永遠に、夢を見続けてゆくのです。

 しかし、夢の中で体験したことは、貴重な財産となっているのです。

 神様は、何と素晴らしい仕組みを、創られたことでしょう?

    私たちは、夢幻の世界で体験したことを、魂に刻み込み、永遠に、進化成長してゆくのです。

 

 意識と言うものは、面白いもので、形の中に入っている時は、その形が、自分だと思えるけれど、形から抜けた途端、誰の意識か、分からなくなってしまうのです。

 つまり、形に入っている時は、自分と思えるけれども、形から抜けたら、自分が、何なのか?、分からなくなってしまうのです。

 だから、私たちは、自分を保持するために、肉体を脱いだ後も、永遠に、形を持ち続けてゆくのです。

 意識って、一体、

  • 何処から来たのでしょうか?
  • 何処から生まれたのでしょうか?

 意識って、一体、

  • 何なのでしょうか? 
  • 意識の正体は、何なのでしょうか?

 どんなに探っても、意識の正体は、分からないのです。

 ただ、一つ言えることは、意識は、肉体(形)に属するものではなく、宇宙に属するものである、と言うことです。

 ただし、意識が、形に入った時のみ、自分だと思えるのです。

 形から抜けた途端、誰なのか? 何なのか?、迷子の意識になってしまうのです。

 起点が失われるから、そうなるのです。

 この宇宙は、 起点がなければ、何も分からなくなってしまうのです。

 だから、意識は、起点を作って、自分の存在を示そうと、保持しようとしているのです。

 どんなに、魂が大きくなって、理解力が増しても、また、どんなに、意識科学が発達しても、この意識の謎だけは、永遠に、解らないでしょう 。

 意識は、謎・謎・謎・謎・・・永遠の謎なのです。

 

 

2019年3月10日 東京塾より抜粋

 

2023.02.06  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.07


 なぜ、地球には、美しいものより、醜いものの方が、多いのでしょうか?

 それは、地球人の心が、醜いからです。

 地球人は、自分が何者か知らないで生きているのです。

 自分を知らないで生きていては、醜い表現をするのも、仕方がないのです。

 でも、それも、必要な一里塚で、決して、悪いことではないのです。

 なぜなら、醜い表現をして、痛い目に遭っているうちに、疑問を持つようになるからです。

 その疑問を持った時が、人生のターニングポイントなのです。

 私のターニングポイントは、41年前です。

 あのターニングポイントが、あったればこそ、今の私があるのです。 

 どんな幼い魂も、いつか、必ず、ターニングポイントが来るのです。

 それは、痛い、苦しいが、極限に来た時です。

 どんなに唯物的な人間も、痛い、苦しいが、極限に来ると、「神様助けて下さい!」と、神頼みするものです。

 真我は、それを見計らって、手を差し伸べるのです。 

    

 神様は、人類、一人一人に、宇宙で一番の宝物を与えてくださいました。

 それは、想念と言う宝物です。

 この想念は、何でも実現させる、打ち出の小槌なのです。

 しかし、地球人類は、まだ、そのことを、知らないのです。

 知らないから、 誤った使い方をして、苦しい目に遭っているのです。

 学びの友の皆さんは、それを知った魂です。

 ですから、想念を上手に使ってください。一番良い想念の使い方は、瞑想です。

 想念は、何でも実現させます。

 と言っても、目に見える形で実現するのは、稀です。特に、瞑想は、そうです。

 ですから、「私は、本当に、成長しているのだろうか? 」と、疑問に思うのも、無理ありません。

 でも、信じてください。瞑想している限り、間違いなく、成長します。

 その証拠に、皆さんは、昔より、判断力や理解力が、増したのではありませんか? 環境も、変わって来たのでありませんか? 私がそうだから言えるのです。

 瞑想を続ければ、間違いなく、成長します。

 これは、体験者が言うのですから、信じてください。

    どうか、瞑想を続けてください!

 いつの日か、「やっていて、良かった!」と、思う時が来ます。

 

 

2018年12月23日 修善寺塾より抜粋

 

2023.02.07  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.08


 妻子がいる!、友達がいる!、地球がある!、宇宙がある!、と思えることが、私たちが、神である証しなのです。

 何故なら、神と同じ意識を、私たちは、持っているからです。

 この宇宙には、たった一つの神意識があるだけなのです。

 と言うことは、その意識を持っている、私たちは、神ではありませんか?

 なのに、私たちは、人間だと思っています。何と、哀れなのでしょうか?

 人間と誤解しているから、神の意識を悪用し、苦しみを作ってしまうのです。

 神だと思ったら、神の意識を悪用するわけがないのです。

 どうか、神の意識を善用し、素晴らしい人生にしてください!

   

 この世は、刻々と姿を変える無常の世界です。それは、 実際に無い世界だからです。

 しかし、意識は、実在です。絶対無くならない、真実です。

絶対無くならない意識を使い、絶対無くならない、神を想う・・・。

絶対無くならない意識を使い、消えて無くなる、この世のことを思う・・・ 。

 どちらが、得でしょうか?

 どんなに偉大な神の意識を持っていても、この世のことに使えば、無駄遣いになってしまうのです。 

 幻を思うか?、真実を想うか?で、天地の差が生まれると言うことです。

 どうか・・本当にある神を想ってください !

 

 私たちは、自分が、神であることを知るために、生まれてきたのです。

 人生の目的は、あくまでも、本当の自分を知るためです。

 しかし、どうでしょう!? 殆んどの人が、お金や、物や、地位や、名誉や、権力を得ようと、躍起になっています。

 どんなに得ても、持って帰れないと言うのに・・です。

 持って帰れるのは、唯一、魂だけです。

 是非、魂を大きくして帰りましょう!

 

 

2016年11月13日 東京塾より抜粋

  

2023.02.08 

 

 

 

 

 

金言:2023.02.09


 「想念のコントロールをしてください!」 これは、何度言っても、言い過ぎではありません。

 求道者の最終目標は、想念のコントロールなのです。 

    全て、想念次第なのです。

 良い人生を作るのも、理想の世を創るのも、自覚の境界線を超えるのも、想念次第です。

 私が、どうして、こうも、くどくど、言うのかと言いますと、想念によって、人生を作り、想念によって、自覚の境界線を超えた、体験者だからです。

 筆舌に尽くせないほど、想念は、偉大です。凄いです。

 想念の凄さを、知れば、知るほど、唖然とします。

 その想念が、人生を、 社会を、世界を、地球を、宇宙を、支配しているのです。

 私たちは、その想念を、永遠の昔から、持っていたのです。

 だから、私たちは、想念を操る名人であるはずなのです。

 しかし、どうでしょう!?

 私たちは、想念を正しく操っていますか?

 正しく操っているなら、皆、幸せになっているはずです。

 どうか、学びの友の皆さんだけでも、想念を操る名人になってください!

 私たちは、不幸せを作る名人にもなれるけれども、幸せを作る名人にもなれるのです。

 

 あなたは、どうして、生きていられるのですか?

 想念(意識)が、あるからではありませんか?

  • 妻子と睦まじく生活できるのも、想念があるからです。 
  • 友達と楽しい会話ができるのも、想念があるからです。
  • 会社で、上司や同僚や部下と、打ち合わせできるのも、想念があるからです。
  • 映画鑑賞できるのも、想念があるからです。
  • 読書ができるのも、絵を描けるのも、想念があるからです。
  • スポーツが出来るのも、音楽を聞けるのも、想念があるからです。
  • 夢と希望が持てるのも、想念があるからです。
  • そして、神を求められるのも、想念があるからです。

 想念(意識)抜きで、あなたは、存在しないのです。

 あなたは、肉体ですか? 想念(意識)ですか?

 何が自分なのか、再確認してください。

 

 

2016年3月20日 大阪塾より抜粋

 

2023.02.09  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.10


 日々、一刻一刻、私たちは、進化成長を続けています。

 時間の中にいる限り、息をしている限り、脈を打っている限り、成長は、続くのです。

 ですから、無駄な人生などないのです。

 私たちは、今、物質世界で生活していますが、真理に関係の無い生き方をしていても、進化成長を続けているのです。

 それは、意識が思わせ、意識が体を動かせているからです。

 これが、神が創られた、この宇宙の素晴らしさなのです。

 一般の人は、何も知らないで生きております。

 でも、学びの友の皆さんは、意識しながら生きて欲しいのです。 

    床につく前、「あー!、今日も成長した!」と、思いながら寝てください。

 

 あなたが、どんなに、「私は、神でない!」と、うそぶこうが、あなたが、神である事実は、曲げられないのです。

 あなたは、

永遠の昔から、神だったのです。

今も、神なのです。

永遠の未来も、神なのです。

 神から離れることは、絶対、できないのです。

 もし、離れたら、あなたは、今、存在していないからです。

 今、存在している、と言うことは、神である、と言う証なのです。

 ならば、素直に、「私は、神である!」と認めることです。

 

 魂が熟成していくと、判断力が増し、今まで気づかなかったことが、気づくようになります。

 この動画の中で、そのことを言っていますので見てください。

 

 【学びの友の学びの動画】

2017年2月18日 大阪塾より抜粋

 

2023.02.10  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.11


 意識である自分は、今、人間の中に入って、体験を深めている、真っ最中です。

 しかし、あまりにも、長い間、人間の乗り物に乗っていたために、自分は、人間だと、誤解してしまったのです。

     今、全人類が、自分が、人間だと、思って生きています。

 でも、私たちは、人間では、無いのです。

  • 意識です。 
  • 生命です。
  • 神です。
  • 光です。
  • 霊です。

 名前は、どうでも、良いのです。

 私たちは、物質的な存在ではないのです。自由奔放な、霊的な存在なのです。

 このことは 、何度言っても、言い過ぎることはありません。

 私は、これからも、同じことを、何度も言うでしょう。

 

 今、地球人類は、醜い表現をしております。

 それは、まだ、魂が幼いからです。

 幼い魂は、表現の仕方が、下手なのです。

 画家も、未熟な時代には、美しい絵を描くことができません。

 でも、体験し、腕が上達してくると、素晴らしい絵が描けるようになるのです。

 魂も、同じなのです。

 表現が豊かになった社会を、理想社会と言いますが、それは、魂が大きくなった人達が集まった社会です。

 魂が大きくなると、物質的なものから、精神的なものに、趣向が変わるのです。

 どうして、そうなるかと言いますと、私たちの魂の根っこに、「真・善・美」を求める思いが、寝ているからです。寝ているから、起こせば、良いのです。

 理想社会とは、「真・善・美」の表現が、豊かになった社会なのです。

 人類が、目指さなければならない、理想の社会は、「真・善・美」の豊かな社会です。

 それは、神が望んでいる社会です。

 全宇宙が、「真・善・美」の方向へ、進んでいるのです。

 人類は、1日も早く、神の望みを実現しなければなりません。

 学びの友の皆さんは、その先駆者です。

 

2018年4月28日 修善寺塾より抜粋

 

 

 世の中には、否定的な言葉を、好んで使う人がおりますが、その人は、その場の波動を極端に落しています。

 言葉は、神なりきです。言葉ほど、大切なものはないのです。

 その大切な言葉を、ネガティブに使っている人が、世の中には、多いのです。

 この世に、不幸が絶えないのは、言葉を悪用して使っているためです。

 神は、嬉しくなるような、楽しくなるような、明るい言葉が好きなのです。

 明るい言葉には、高いエネルギーが含まれていますので、人を幸せにするのです。

 反対に、暗い言葉は、エネルギーが低いため、人を不幸せにするのです。

 それを、知らない人間は、愚痴や、不平不満など、暗い言葉を使って、エネルギーを落とし、苦しんでいるのです。

 エネルギーは、光ですから、エネルギーが高ければ、良いことが寄ってくるのです。

 実社会においても、成績の良い人は、明るい言葉や肯定的言葉を、多く使っています。

 成績の悪い人は、暗い言葉や否定的な言葉を、多く使っています。

 人に好かれる人は、エネルギーを高める言葉を、多く使い、人に嫌われる人は、エネルギーを低める言葉を、多く使っているのです。

 成績を上げたかったら、人に好かれたかったら、幸せになりたかったら、エネルギーの高まる、明るい言葉や、肯定的な言葉を、多く使うようにしましょう。

 具体的には、

  • 人を元気づける言葉
  • 称賛する言葉
  • 嬉しくなるような言葉
  • ほめたたえる言葉
  • やる気をもたらす言葉
  • 夢や希望をもたらす言葉
  • 勇気を与える言葉
  • 積極的な言葉
  • 前向きな言葉
  • 建設的な言葉

 といっても、歯の浮くような、褒め言葉や、明らかに、お世辞と分かるような言葉は、使ってはなりません。

 純粋な動機に基づいた、肯定的な言葉、ポジティブな言葉を使いましょう。

 「はい!、そうですね!、いいですね!、よろしいですね!、そうですとも!、

いいですとも!」という言葉は、肯定的言葉の代表です。

 ぜひ、皆が笑顔になるような言葉を使ってください。

 言葉だけでは、ありません。体全体で、肯定的な態度を示すことも、大切です。

 例えば、首を横に振ってはなりません。

 首を横に振れば、エネルギーを拡散させるため、エネルギーを落としてしまうのです。

 笑顔を湛え、頷くことです。そうすれば、エネルギーが高まります。

 根暗な人は、言葉の使い方が、下手なのです。

 というより、想いの持ち方が、下手なのです。

 言葉の前にあるのが、想いですから、明るい想いを持っていれば、明るい言葉しか出てこないのです。暗い想いを持っているから、暗い言葉が出てくるのです。

 よく、人のいうことを、悪く取り、腹を立てる人がおりますが、これほど、エネルギーを低めることはありません。また、これほど、体内に毒を溜めることはありません。

 これでは、病気になっても、仕方がありません。

 何事も、良く受け取れば、自分を苦しめることはないのです。

 これは、誰の責任でもありません。みな、自分の責任です。

 また、自分を卑下してもなりません。

 よく、自分を虐める人がいますが、その人は、自分に甘え、人に甘えているのです。

 ようするに、誰かに、同情してもらいたいのです。

 世の成功者といわれる人は、想いの使い方が、上手なのです。

 想いの使い方が、上手だということは、言葉の使い方が、上手だということです。

 言葉の使い方が、上手だということは、行為を表現するのも、上手だということです。

 この宇宙には、均質なエネルギーが、満ち満ちており、そのエネルギーは、誰でも、平等に使えるようになっているのです。

 どのように使うかは、その使う人に、任されているのです。

 肯定的に使えば、幸せが、否定的に使えば、不幸せが、それは、エネルギーを良いことに使ったか、悪いことに使ったか、それだけのことなのです。

 使い方が下手だから、人生を苦しくしているのです。

 どうか、エネルギーを、上手に使ってください。

 それは、想いと、言葉を、上手に使えば、誰でもできることなのです。

 

 

心温まるお話「言葉が宇宙を変えた」

 

2023.02.11  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.12


 この世は、現象の世界であり、 幻の世界であることは、誰もが認めています。

 実際に、人は、死んで行き、世の中は、変わって行きます。

 地球だって、いつか、必ず、消えて無くなります。

 刻々と変化変滅するのが、現象の世界です。

 神が、このような、現象世界を創られたのには、何か理由があるはずです。

 神が、遊びで、そんな世界を創るわけがないからです。

 そうです!

 この現象界は、魂を大きくするために、神が用意された、体験道場なのです。

 体験道場ですから、苦しいこと、楽しいこと、悲しいこと、嬉しいこと、など、たくさんのドラマがあるのです。

 私たちは、この表現世界で、色々な泣き笑いを体験して、魂を成長させてゆくのです。 

 神が完全なのは、どんな体験も、全て、進化成長に、つながっているからです。

 それは、苦しい体験も、 楽しい体験も、悲しい体験も、嬉しい体験も、惨めな体験も、です。

 「骨折り損のくたびれ儲け」など無いのです。やった分、必ず、成長しているのです。 

 

 神は、できないことをしなさい、とは言っていないのです。

 人事を尽くして、後は、天に任せなさい!、と言っているのです。

 私たちが、やるべきことは、今、やれることを、精いっぱい、やることです。

 もし、あなたが、精いっぱい、やっているのに、何の変化も起きないなら、「今日も、自分のできることを、精いっぱい、やりました! これ以上、どうしろと言うのですか?」と、神に、文句を言ってください!

 でも、神は、こう言うかもしれません。

 本当に、あなたは、精いっぱい、やったのですか?、と・・、

 そう言われないように、頑張りましょう! 

 

 

2019年5月12日 東京塾より抜粋

 

2023.02.12  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.13


 どうして、私たちは、神なのでしょうか ?

 それは、意識を持っているからです。思いを持っているからです。

 妻子がいる! 友達がいる! 地球がある! 宇宙がある! と思えることが、神である証しなのです。

 何故なら、神と同じ意識を、私たちは、持っているからです。

 この宇宙には、たった一つの神意識があるだけなのです。

 と言うことは、その意識を持っている、私たちは、神ではありませんか?

 なのに、私たちは、人間だと思っています。何と、哀れなのでしょうか?

 人間だと思っているから、苦しみを作ってしまうのです。

 神だと思ったら、苦しみを作るわけがないのです。 

    

 私たちは、自分が神であることを知るために、生まれてきたのです。

 人生の目的は、あくまでも、本当の自分を知るためです。

 しかし、殆んどの人が、自分を人間だと思っているのです。

 人間だと思えば、人間の生き方をするのも、当然です。

 ですから、この世には、苦しみや、悲しみが、多いのです。 

 人間は、神を隠しているのです。

 人間と思うことが、神を隠していることになるからです。

 また、人間は、嘘をついているのです。

 人間と言うことが、嘘をついていることになるからです。

 神を隠し、人間と嘘をついている者が、どうして、幸せになれるでしょうか?

 神を隠し、人間と嘘をついている罪は、実に、重いのです。

 その証拠に、今、人類は、苦しんでいるではありませんか?

 この苦しみは、嘘つきに対する報い、「原因と結果の法則」なのです。

 どうか、神を隠さないでください! 

 どうか、嘘をつかないでください! 

 そうすれば、幸せになれるのですから・・・。

 

 

神のメロディ 「神隠し」

 

2016年11月13日 東京塾より抜粋

 

2023.02.13  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.14


 私が、地球人類に願うのは、正しい想念を使って欲しい、と言うことです。

 もし、地球人類が、想念を正しく使うようになったら、事故・災難・ 病気・ 争い事など、一切なくなるでしょう。

 今、人類は、国防費に、交通事故防止に、防災に、医療費に、膨大な予算を使っておりますが、もし、人類が、正しい想念を使うようになったら、このような予算など、一切いらなくなるのです。

 ただ、想念を正しく使うだけで、世の中が変わってしまうのです。

 そうは言っても、想念を正しく使うことが難しいのです。

 簡単に使えたら、地球は、とっくに、理想社会になっているのです。

 使えないから、今、人類は、逆治療法を使って、社会を良くしようとしているのです。

 

【逆治療法とは、

 軍隊を増強して、国を守ること・・、

 パトカーや交通信号などを増強して、交通事故を無くすこと・・、

 防潮堤や耐震建築などをして、防災すること・・、

 新薬や医療機器などを開発して、病気を無くすこと・・ 、です。】

 

 政治家は、原因と結果の法則を知らないから、報復合戦をし合っているのです。

 つまり、相手の国から、やられると、やり返します。そうすると、やり返されます。そうすると、また、やり返します。人類の歴史は、この繰り返しだったのです。

 人類が、未だに、報復合戦をしている、と言うことは、歴史から、何も学んでいない、と言うことです。

 これでは、報復合戦で死んだ人たちは、犬死です。

 もう、そろそろ、人類は、原因と結果の法則を知るべきです。

  • 「人に危害を加えたら、必ず、危害を加えられるのです。」
  • 「やったら、やり返されるのです。」

 この原因と結果の法則を知ったら、報復合戦などしなくなるでしょうに・・・。

 地球人類は、1日も早く、この原因と結果の法則を知るべきです。

 

 原因と結果の法則は、逆進するのです。

 こういう言い方をすると、混乱するかも知れませんが、原因と結果の法則は、一直線上に働き、かつ、循環しているので、逆も真なり、と言うことが起きるのです。

 つまり、結果をいじって、原因に影響を与えることができるのです。

 本来、原因と結果の法則は、原因から結果に進むため、逆進することはありません。

 でも、原因と結果の法則が、循環していることを考えると、結果から原因に逆進する場合も、考えられるのです。いや、考えられるのではなく、実際に、逆進するのです。

 だから、結果をいじって、原因を直そうとしている、地球人類でも、進化成長することができるのです。

 これは、神の完全性の現れであり、神の慈悲でもあるのです。

 

 

2017年1月22日 大阪塾より抜粋

 

2023.02.14  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.15


魂の構造を探ってみましょう!

 神の意識核は、全ての本質です。

 本質ですから、神の意識核は、肉体にもなり、魂にもなるのです。

 肉体が朽ちる(死ぬ)と、肉体を構成していた原子は、大気に還元されますが、その原子は、体験した記憶を持って、宇宙に、浮遊しております。

 その浮遊している原子は、いつの日か、再び、縁ある物質の中に入ってくるのです。

 魂も、同じです。

 肉体が朽ちると、魂は、肉体から離れますが、その魂は、一休みすると、再び、肉体の中に入って、次なる人生を、歩み始めるのです。

 こうして、魂は、幾度となく、転生輪廻を繰り返し、次第に大きくなってゆくのです。

 

 

想念の構造を探ってみましょう!

 神の意識は、意識核を放出し、表現宇宙を創りました。

 その意識核は、物の本質にもなり、魂の本質にもなっているのです。

 更に、その魂は、心を作りました。

 そして、その心が、想念を生み出したのです。

  • 神の意識 → 神の意識核 → 魂 → 心 → 想念

 想念も、心も、魂も、その本質は、同じ、神の意識ですから、一つと考えて良いでしょう。

 また、神の意識は、エネルギーそのものですから、魂も、心も、想念も、エネルギーと考えて良いでしょう。

 私が、想念!想念!想念!と、口うるさく言うのは、偉大な神の意識の力が、私たちの想念にも、受け継がれているからです。

 どうか、想念の偉大さを、知ってください。

 私が、一番に願うこと、それは、全人類に、想念の偉大さを、知って欲しい、と言うことです。

 

 

2016年10月15日 大阪塾より抜粋

 

2023.02.15  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.16


 意識に、記憶が薄れることと、慣れることの、二つの性質がなかったら、心は、ダメージを受け、私たちは、生きてゆけないでしょう!

 よく、時が癒してくれるとか、時間が解決してくれるとか、言いますが、これは、意識が慣れるから、言えることなのです。

 私たちの意識は、同じ体験をしていると、慣れてしまい、段々と、動じなくなるのです。

 初体験は、ショックが大きいため、心が大きく揺れますが、同じ体験をすると、慣れてゆき、心があまり揺れなくなるのです。

 これは、意識に、抗体が生まれたからです。

 もし、意識に、抗体が生まれなかったら、恐怖や心配のあまり、心が押し潰されてしまうでしょう。

 慣れると言うことは、恐ろしいことですが、素晴らしいことでもあるのです。

 意識が慣れるのは、意識が飽きるからなのです。

 意識が飽きるから、記憶が薄れて、慣れて行くのです。

         

 今、人類の殆んどが、現象の世界で、幻と格闘しながら生きています。

 それは、現象の世界が、本当にあると思っているからです。

 魂が幼い時代には、現実の世界と真実の世界の見分けがつかないのです。

 でも、魂が熟成してゆくと、理解力が増すため、見分けがつくようになるのです。

 そうなると、もう、心を痛めなくなります。

 魂が熟成すると、心が揺れなくなるのは、現実感が増すためですが、これも、意識の慣れの一つです。

 意識が飽きるから、慣れると言うことが起きるのです。

 これは、悪いように思いますが、良いことなのです。

 なぜなら、飽きるから、飽きないものを求めて、努力するからです。

 向上心を持たない者は、成長しません。 努力しない者は、成長しません。

 学びの友の皆さんは、飽きないものが欲しいのではありませんか?

 「 飽きないものが欲しい! 」、その欲求が、努力と向上心を生み、自覚の境界線を超えさせるのです。

 

2023.02.16  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.17


 人間は、誰もが、心を持っています。

 鉱物や、植物や、動物には、心がありません。

 神の意識が、背後で、コントロールしているので、彼らには、心が必要ないからです。

 でも、人間は、自由意思が与えられた、高貴な存在ですから、心が付与されているのです。

 しかし、物質文明が発達した、今日、人類の心は、歪んだ心になっています。

 今、地球上で争いごとが絶えないのは、人類の心が、ハート型になっているからです。

 でも、神は、そのことを予測し、人類に、理性と知性を与えてくださいました。

 理性は、欲望を抑制します。

 知性は、感情を抑制します。

 神が望んでいる心は、理性と欲望・・知性と感情・・のバランスの取れた、まん丸な心です。

 欲望と感情が、膨らみ過ぎると、理性と知性が、抑え切れず、ハート型の心になってしまうのです。

 今の地球人類の殆んどが、ハート型の歪んだ心になっているのです。

 私たちは、 「理性と欲望」、「知性と感情」のバランスの取れた、まん丸な心にならなければならないのです。

 まん丸な心になった人を、神人と呼びます。

 神人の心は、欲望が →「希望」に変わります。感情が →「愛情」に変わります。

 この 「希望」は、永遠に尽きない!、永遠に色褪せない!、幸せに向かって突き進む、希望です。

 「愛情」は、人生の荒波を乗り越える、叱咤激励の愛情です。

 その希望と愛情を、理性と知性が、コントロールするのです。

 ですから、神人の心は、まん丸な心になっているのです 。

 

 心は、器です。その器は、四つに分かれています。

  • 一つは、欲望と言う器です。
  • 二つは、感情と言う器です。
  • 三つは、理性と言う器です。
  • 四つは、知性と言う器です。

 器ですから、小さくも、大きくも、なります。

 でも、基本的な大きさは、魂の大きさに準じて決まります。

 魂の幼い時期は、器が小さいため、対応力があまりありません。

 ですから、何か困難に出会うと、すぐに、くじけたり、挫折したりします。

 魂が熟してくると、対応力が大きくなり、少々の困難にも負けなくなります。

 器を大きくするためには、社会体験と瞑想と思索の三つが必要ですが、幼い魂の時期には、意識しないで、大きくなるようになっています。

 学びの友の皆さんのように、魂が熟してくると、意識して、三つを、やらなければならなくなります。

 でも、これも、自然とそうなるので、気にすることはありません 。

 こうして、器(心)が、少しずつ、大きくなってゆくのです。

 

 

2016年3月20日 大阪塾より抜粋

    

2023.02.17  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.18


 生きるとは、何でしょうか?

 形で生きることが、生きると言うのでしょうか?

 意識で生きることが、生きると言うのでしょうか?

 私たちは、形が生きていると思っていますが、形は、意識の表現媒体として作られた乗り物で、実際に生きているのは、形の中で生きている、意識です。 

 でも、意識には、姿形がありませんので、自分の存在を示すことができません。

 ですから、意識は、やむなく、人間の形を取ったのです 。

 このように、人間は、意識の乗り物なのです。

 人間は、その乗り物を、自分だと思い違いしているのです。

 思い違いしているから、何よりも、肉体を大切にしたがるのです。

 人類の争いは、過剰に、肉体を守ろうとするところから、生まれているのです。

 自分は、形ではない!、意識である!、と思ったら、争うどころか、みな、仲良くできるのです。

 人類は、いつになったら、「自分は、肉体では無い!、意識である!」と思えるようになるかです。

 

 形が意識の乗り物であることは、次のようなことからも、分かって頂けると思います。

 例えば、ここに、一個の石が、存在しているとします。

 その石は、どうして、形が維持できているのでしょうか?

 それは、石の中に意識があるからです。

 意識が抜けたら、 途端に、形は、崩れて無くなってしまうのです。

 私は、よく、原子崩壊の話しをしますが、原子崩壊の状態は、意識が抜けていっている状態なのです。

 人間が死ぬのも、肉体から、意識が抜けてゆくからです。

 形ある物の中には、必ず、意識が存在している、と言うことです。

 ですから、形が生きているのでは無く、意識が生きている、と言うのです。

 

 

「目に見える、生きている証明」

  • まず、形が維持できていることが、生きている証明です。
  • 心臓が動いてることが、生きている証明です。
  • 息をしていることが、生きている証明です。
  • 瞳孔が、伸びたり、縮んだりしてるのが、生きている証明です。

 以上は、目に見える、生きている証明です。

 でも、これらは、生きているのではありません。

 見えないものによって、生かされているのです。

 と言うことは、実在では無い、と言うことです。

 

 

「目に見えない、生きている証明」

  • 意識が有ることが、生きている証明です。 
  • 光(エネルギー)が有ることが、生きている証明です。
  • 命が有ることが、生きている証明です。
  • 永遠不滅であることが、生きている証明です。
  • 無限であることが、生きている証明です。
  • 完全であることが、生きている証明です。

 言葉は違いますが、これらは、みな、「一」の別名なのです。

 一は、「神」の別名でもありますから、「神」であることが、生きている証明と言うことになります。

 神は、全てを生かしている、実在なのです。

 私たちは、実際に生きているものは何なのかを知り、神の自覚を得ることなのです。

 

 

2015年12月19日 大阪塾より抜粋

 

2023.02.18  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.19


 この世は、現象の世界ですから、幻の世界です。

 実際に、人は死んで行き、世の中は刻々と変わって行きます。

 地球だって、いつ、無くなるか分かりません。

 神が、このような、現象の世界を創られたのには、何か理由があるはずです。

 神が、遊びで、そんな、幻の世界を創るわけがないからです。

 そうです!

 この現象界は、魂を大きくするために用意された、体験道場なのです。

 体験道場ですから、苦しいこと、楽しいこと、悲しいこと、嬉しいことなど、様々な体験ドラマがあるのです。

 私たちは、そこで、泣き笑いを体験しながら、魂を成長させてゆくのです。 

 神が、完全なのは、どんな体験も、全て、進化成長に結びつくよう、計られているからです。

 それは、自我では、分からないかも知れません。

 ですから、今、体験させられていることに、意味があるのか?、疑ってしまうのです。

 でも、神を信じてください! 必ず、進化成長に結びついています。

 これは、最近の私の体験からも、間違いありません。 

 「骨折り損のくたびれ儲け」など無い、と言うことです。

 

 神は、できないことをしなさい、とは言っていないのです。

 人事を尽くして、後は、天に任せたら良い! 、と言っているのです。

 私たちが、やるべきことは、今、やれることを、精いっぱい、やることです。

 もし、あなたが、精いっぱい、やっているのに、何の変化も起きないなら、「自分のできることを、精いっぱい、やりました!、これ以上、どうすれば、良いのですか?」と、神に文句を言ってあげてください!

 でも、神は、こう言うかもしれません。

 本当に、あなたは、精いっぱいのことを、やったのですか? と・・、そう言われないように、頑張りましょう! 

 

 

・・コロナ禍で発見した人間の性・・

 それは、

  • 人間は、外に出たがる(遊びたがる)、生き物であるということ ・・
  • たくさん、情報を欲しがる、生き物であるということ・・
  • 慣れる(対応力を持つ)、生き物であるということ・・

 なぜ、外に出たがるのか? なぜ、たくさん、情報を欲しがるのか?

 それは、心の寂しさや、心の虚しさを、埋めたいからです。

 しかし、対応力を持つ、強い生き物でもあるのです。

 

 

2019年5月12日 東京塾より抜粋

 

2023.02.19  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.20


 この表現宇宙は、全て、人類の為に用意された、時空界です。

 全ての人類と言っても、この表現宇宙には、無限の人類がいるわけですから、無限の人類のために用意された、空間界、と言うことになります。 

 どんな物も、人類のために存在しています。

 空気も、水も、虫も、菌も、 鉱物も、植物も、動物も、全部、人類の為に用意されたのです。

 あなたの嫌っている、あの人も、この物も、その仕事も、この環境も、 あなたに必要で用意されたのです。

 ですから、感謝して使い、感謝して接しなければならないのです。

 確かに、厭なものも、嫌な人もいるでしょう!

 でも、その嫌な相手は、自分の欠点に、気づくよう、相対的に用意された、人・物・仕事・環境なのです。

 つまり、自分の中にある欠点を、外側の者(相対者)が、見せて、気づかせてくれているのです。

 当然、あなたは、 それを、見て、嫌悪感を抱くでしょう。

 でも、それは、自分の中にあるものなのです。

 ですから、相手を嫌ってはならないのです。それどころか、相手は、恩人なのです。

 神は、決して、無駄なことをしないのです。

 当然です、それは、自分の中に、神が、おられるからです。

 

 神の国が、遠い所にあるのではないのです。

 それどころか、一番近い、私たちの中にあるのです。

 なぜ、私たちの中に、神の国があるかと言いますと、自分の意識核が、神だからです。

 このことは、学びの友の皆さんは、分かっておりますので、これ以上言いませんが、でも、その自覚は、いつも、持っていて欲しいのです。

 そうすれば、心配することも、恐怖することも、悩むこともなくなります。

 いつも、穏やかな心で、過ごすことができます。

 大切なのは、神の自覚の深さです。

 皆さんは、頭では、分かっているのです。

 でも、まだ、心の底に落ちていないのです。

 ですから、私は、「神を想い続けてください!」と、「 瞑想してください!」と、言うのです。

 神を想い続けていれば、少しずつ、神の自覚が深まります。

 どうか、瞑想を続けてください!

 

 

2019年 3月23日 修善寺塾より抜粋

 

2023.02.20  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.21


 人間は、誰もが、心を持っています。

 鉱物や、植物や、動物には、心がありません。

 神の意識が、背後で、コントロールしているので、彼らには、心が必要ないのです。

 でも、人間は、自由意思が与えられた、高貴な存在ですから、心が付与されているのです。

 しかし、物質文明が発達した、今日、人類の心は、歪んだ心になっています。

 今、地球上で争いごとが絶えないのは、人類の心が、ハート型になっているからです。

 でも、神は、そのことを予測し、人類に、理性と知性を与えてくださいました。

 理性は、欲望を抑制します。知性は、感情を抑制します。

 神が望んでいる心は、理性と欲望・・知性と感情・・のバランスの取れた心です。

 欲望と感情が、膨らみ過ぎると、理性と知性が、抑え切れず、ハート型の心になってしまうのです。

 地球人類の殆んどは、今、ハート型の歪んだ心になっているのです。

 私たちは、 「理性と欲望」、「知性と感情」のバランスの取れた、まん丸な心にならなければならないのです。

     

 まん丸な心を持った人が多くなれば、もう、法律は、要らなくなります。

 なぜなら、良心が、法律の代わりをしてくれるからです。

 今、地球では、国の秩序を守るために、法律を定めていますが、これは、幼い社会には、必要なのです。

 私の提唱している奉仕社会は、「良心の法」が、支配している社会です。

 そこには、もう、憲法も、法律も、条例も、規則も、必要ありません。

 犯罪者がいないので、警察も、弁護士も、検事も、裁判官も、必要ありません。 

 あなたは、自分が、「神の子」だと知ったら、偽りが言えますか?、人を騙せますか?、悪いことができますか?、良心が痛んで、絶対できないはずです。

 一日も早く、そのような社会になりたいものです。

    

 「心の乱れは技の乱れ!」と言われるように、心が乱れれば、技が乱れるのです。

 なぜ、そのようなことが起きるかと言いますと、私たちは、「身口意・・意口身」を持った生き物だからです。 

 「意」とは、「思い」です。

 「口」とは、「言葉」です。

 「身」とは、「行為」です。

 この三つは、一体になっているのです。

 ですから、行動するためには、まず、思いが先行します。それが、言葉となり、行為になるのです。

 言葉も、行為も、現象です。でも、思いは、実在なのです。

 ですから、身は、思いに絶対服従なのです。

 右に行きたいと思ったら、身は、右に行きます。

 左に行きたいと思ったら、身は、左に行きます。

 言葉も、思った通りの言葉を話します。

 「意」に、絶対服従なのが、「口と身」なのです。

 ですから、心が乱れれば、当然、「言葉」も、「身・・技」も、乱れるわけです。 

 

 最近、スポーツ界で、メンタルトレーニングが重視されるようになりましたが、心の働きが、少し分かってきたからだと思います。 

 アスリートは、技を磨くと同時に、心を磨かなければなりません。

 技は、物理の法則に よって限界がありますが、心には、限界が無いので、いくらでも、磨くことができるのです。

 私が、アスリートに望むのは、技と心を同じくらい、磨いて欲しいということです。

 心を磨けば、100%の技を出すことができるでしょう。

 魂の熟成したアスリートは、心を磨きます。幼い魂は、技だけを磨きます。

 どんなに、体力的に恵まれていても、心を磨かなければ、真の一流選手にはなれないのです。

 どうか、心を磨いてください。 

 ちなみに、真理の火は、スポーツ界から広がってゆくのです。

 

 心の乱れは、当然、言葉の乱れや、身の乱れとなって現れます。

 カッとなって、暴言を吐いたり、 顔の形相や態度が、醜くなるのは、心の乱れが、言葉と身に現れたからです。

 どんなに、隠しても、隠しきれないのが、「思い」と「言葉」と「身」の関係なのです。

 思いのコントロールができなくて、人生を台無しにした人は、数知れないほどおります。

 良い人生にしたかったら、どうか、言葉を慎んでください!、行為を慎んでください!

 そのためには、「意」を慎むことです。

 「意」を慎むためには、理性と知性を強める、瞑想が必要です。 

 私が、くどいほど、このような話をするのは、「私たちは、肉体ではなく!・・意識である!」と言うことを、心の底で知って欲しいからです。

 肉体は、意識の働く道具なのです。主人は、意識で、肉体は、下僕なのです。

 どうか、「意口身・・身口意」の三位一体の働きを知ってください。

 

 

神の意識核が集まって魂となり、その魂が心を創り、その心が想念を生み出している。肉体は、魂の乗り物である。

 

 

2015年12月19日 大阪塾より抜粋

 

新・光のメロディ 「心」

 

2023.02.21  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.22


 今、人類は、探査機を飛ばし、宇宙の謎を探ったり、地下に高エネルギー加速装置を作って、新しい素粒子を発見しようとしていますが、そんな研究より、もっと大切な研究があるのではないでしょうか?

 それは、外側を探る研究ではなく、内側を探る研究です。

 すなわち、心の研究、想念の研究です。 

 地球人類が、今、苦しみに喘いでいるのは、 想念の偉大さを知らないからです。

 想念の偉大さを知ったら、今の地球は、いっぺんに、変わってしまうのです。

 いつも言う事ですが、神は、一番大切なものを、一番近くに置いてくれております。

 空気・水・土・ 労働力が、そうです。

 それよりも、もっと大切なものが、想念です。

 さあ、気づきましょう !

人生は、想念(心)次第なのです。

人間社会は、想念(心)次第なのです。

地球は、想念(心)次第なのです。

宇宙は、想念(心)次第なのです。

 どうか、想念(心)の偉大さを知ってください!

 

 機械文明(物質文明)の生活が幸せか?、原始文明の生活が幸せか?

 皆さんは、どちらが、幸せだと思いますか?

 それには、幸せが、何なのか?、知らねばなりません。

 では、幸せについて、考えてみましょう。

 幸せって、何が感じるのでしょうか?

 肉体でしょうか?、心でしょうか?、心が感じるのです。

 なぜなら、肉体は、単なる情報の橋渡しにしか過ぎないからです。

 肉体が感じた快感を、心が受け取って、初めて、幸せだと感じるのです。

 と言うことは、幸せは、心の問題である、と言うことになります。

 このことを知ったら、機械文明に、幸せを求めることはなくなるでしょう。

 ここに、二組の家族がありました 。

 一組の家族は、機械文明の中で生活しています。

 もう一組の家族は、原始文明の中で生活しています。

 機械文明の中で生活している家族は、物質的にも恵まれ、便利快適にも恵まれていますので、幸せは、外側の物が持ってくると思っています。

 でも、物質的な幸せは、飽きがきますので、その人たちは、今の幸せでは、満足できなくなります。

 そうなると、幸せは、ますます、濃いものに、エスカレートしてゆきます。

 現代人の殆んどが、そうです。

 一方、原始文明の中で生活している家族は、機械文明のような、刺激的で、派手な、幸せは、得られません。

 でも、家族や自然を相手に、穏やかで、地味な、幸せを味わっています。

 この幸せは、永続するのです。 

 では、機械文明で味わっている、派手な幸せと、原始文明で味わってる、穏やかな幸せと、どちらが、幸せでしょうか? 

 どちらとも、言えないのです。

 なぜなら、心の中の幸せを、比較することは、出来ないからです。

 比較できない、と言うことは、幸せは、平等である、と言うことです。

 自分と相手の幸せの付け合わせが出来ないのですから、当然です。

 その人が、幸せだと思ったら、それが、幸せなのです。    

 でも、本当は、穏やかな幸せの方が良いのです。

 なぜなら、 機械文明には、自然を破壊すると言う、リスクがあるからです。

 そんな、文明に、酔い知れていたら、いつか、必ず、しっぺ返しが来ます。

 でも、原始文明は、自然を破壊しませんので、そのような、リスクは無いのです。

 私たちは、何が欲しいのでしょうか?

 それは、幸せではないでしょうか?

 その幸せは、文明に関係ないのです。関係するのは、心です。

 

 私は、機械文明(物質文明)を、否定しているのではありません。

 魂の成長には、機械文明の体験も、原始文明の体験も、必要だからです。

 ただ、今の地球の現状を考えると、あまりにも、物質文明に傾き過ぎているので、注意してほしいと思っています。

 幼い魂の段階は、 原始文明を体験し、少し魂が進化していくと、物質文明を体験し、魂が熟成していくと、精神文明を体験するようになるのです。

 魂の進化の段階に比例して、文明体験の質も、変わってゆくのです。

    

 

2016年5月22日 博多塾より抜粋

 

旧・光のメロディ 「幸せ」

 

2023.02.22  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.23


 神とは、何でしょうか? これは、永遠の謎です。

 神を知ることは、絶対できないのです。

 なぜなら、神は、五感にかからない存在だからです。

 でも、その子を通してなら、薄々、知ることができるのです。

 その子とは、見えるもの、全て、です。

 特に、人類は、神のミニチュアですから、人類を探れば、神に迫ることができるのです。

 

 この宇宙には、たった一様の神が存在しています。

 でも、その一様の神が存在するためには、一様の神を認めてくれる、何者かが、必要です。自分が、自分を認めても、意味がないからです。

 そこで、やむなく、神は、自分を認めてくれる、人類を創ったのです。

 ですから、神が存在していた時には、人類が、既に、存在していたし、人類が存在していた時には、神も、既に、存在していたのです。

 どちらが無くても、どちらも無いからです。

 このように、人類と神は、相身互いの関係にあるのです。

 この関係は、自我意識と真我意識に置き換えて見たら、より分かりやすいかも知れません。

 つまり、自我意識がなかったら、真我意識を認めてやることができないので、真我意識は存在できないし、真我意識がなかったら、自我意識は生まれないので、自我意識は存在できない、と言う相身互いの関係です。

 人類が偉大なのは、神を存在させてやれるからです。

 つまり、私の意識が、神を存在させてやれるからです。

 あなたの意識が、神を存在させてやれるからです。

 その、私は、あなたなのです。その、あなたは、私なのです。

 私の意識が無かったら、あなたは、存在できないし、あなたの意識が無かったら、私も、存在できないのです。 

 

 

神のメロディー 「神の絵巻物」

 

2019年2月24日 修善寺塾より抜粋

 

2023.02.23  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.24


 表現宇宙は、神の言葉によって、誕生したのです。

 神は、表現宇宙を創造しようと思い立ちました。

 でも、思いには、具体性がありませんので、思いだけでは、表現宇宙が創れません。

 そこで、神は、思いを、具体性を持った言葉に替えて、表現宇宙を創られたのです。 

 確かに、言葉は、目には、見えません。

 でも、波動としては、見えるのです。 レコードの溝が、言葉です。

 言葉は、波動なのです。その波動には、具体性があるのです。 

 地球には、鉱物や、植物や、動物や、人間など、様々な生き物が存在しておりますが、その生き物の中には、具体性を持った言葉が、隠されているのです。

 ですから、神を、知ろうと思えば、 鉱物や、植物や、動物や、人間を、知れば良いわけです。 

 特に、人間は、神のミニチュアとして創られましたので、人間を深く知れば、神を知ることができるのです。

 

 神の思いの中には、「真・善・美」しかありません。

 神は、この宇宙を、「真・善・美」で飾りたいのです。

 ですから、神は、美しい思いと、美しい言葉を使って、表現宇宙を創られたのです。

 ごらんなさい! この表現宇宙を・・実に、美しく創られています。

 人間は、神と同じ、思いと言葉を持っていますので、美しい表現が、できるはずなのです。

 しかし、どうでしょう!?

 地球は、美しいでしょうか?

 人間社会は、美しいでしょうか ?

 いいえ、お世辞にも、美しいとは、言えません。

 なぜ、人間は、美しい表現が、出来ないのでしょうか?

 それは、自分のことを、人間だと思っているからです。

 人間だと思えば、どうしても、醜い表現をするのです。

 人類は、一日も早く、本当の自分に目覚め、地球に、理想社会を、創らなければなりません。私たちが見ている大自然は、そのお手本です 。

 これは、一人一人の人生においても、言えることです。

 美しい思いを持てば、美しい人生が作られます。

 醜い思いを持てば、醜い人生が作られます。

 これは、自分の思い一つで、出来ることなのです。

 学びの友の皆さんの最終目標は、想念のコントロールです。

 どうか、想念のコントロールをしてください。

 それは、瞑想によって、可能なのです。

 

 

神のメロディ「 神は言葉なりき!」

 

2019年3月16日 大阪塾より抜粋

 

2023.02.24  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.25


かごめ かごめ

籠の中の鳥は

いついつ出やる

夜明けの晩に

鶴と亀が統べった

後ろの正面だあれ

 

 目隠しして、しゃがんでいる、カゴメ(人間の子供・ 幼い魂)の周りを、たくさんのカゴメ(人間の子供達・ 幼い魂)が、手を繋いで、くるくる、回っています。

 これは、幼い人類が、輪廻転生を繰返しながら、学んでいる姿です。

 くるくると、回っているうちに、目隠しして、しゃがんでいる真ん中の子供が、後ろの正面に立った人が、誰なのか当てます。

 当てると、その子供は、その輪(輪廻転生)から、抜け出すことができるのです。

 それが、自覚の境界線を超えた、と言う意味です。

【外側で、手を繋いで回っていた魂が、熟してゆくと、目隠しして、輪の真ん中に入るようになる。目隠しして、しゃがむとは、瞑想のことです。】

 鶴とは、神のことです。

 亀とは、幼い人間(幼い魂 )のことです。

 夜明けの晩とは、目覚める前の晩のことです。

 夜が明けた時、鶴と亀が、一緒になる(統べる)のです。

 つまり、神と人間が、一緒になるのです。一緒になった時、神人になるのです。

 「後ろの正面だあれ!」とは、人間の正面・・ 陰の正面・・影の正面・・だあれ、と言う意味で、それは、神のことです。

 「あー!自分は神だったのか!」と、目覚めた時が、後ろの正面の神を当てた時です。 

 

 人間は、地を這っている、亀のようなものです。

 亀は、一歩一歩、ノロノロと、目的地に向かって、歩いています。

 一歩一歩、ノロノロ と、歩いている、と言う意味は、何万回も、輪廻転生を繰返している、と言う意味です。それは、歯痒いほど遅い歩みです。

 歩いている途中、石や岩に、邪魔されることも、あるでしょう。

 雨や風にさらされることも、あるでしょう。

 危険なことに出会う時も、あるかも知れません。

 でも、歯を食いしばって、歩いています。実に、健気です。

 確かに、この世の社会体験は、厳しいです。

 一寸先 闇の世界を、手探り状態で、歩いて行くのですから、

 転ぶことも、あるでしょう!、間違いを犯すことも、あるでしょう!

 でも、決して、無駄には、なっていないのです。

 どんな、体験も、原子核を大きくすることに、役立っているのです。

  • 先が見えなくても、諦めないでください! 
  • 何の変化が起きなくても、諦めないでください! 

 やることは、簡単です。社会体験と瞑想をすることです。

 この二つのことを、やっていれば、間違いなく、神人になれます。

 神は、決して、私たちを、見放しません。

 神を信じ、今、やれることを、精いっぱい、やって、待ちましょう!

 

 

2018年7月22日 大阪塾より抜粋

 

神のメロディー「神人の誕生」

 

2023.02.25  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.26


 光は、オールマイティーです。

 光に、出来ないことは、何もないのです。

 光は、万能です。全能です。

 光が、強ければ、全て、良い方向に展開するのです。

 では、その光を、利用するには、どうしたら、良いのでしょうか?

 それは、想念を、利用することです。光は、想念に従順だからです。

 

 想念には、次のような性質があります。

 

 1.想念は、創造の力です。

 良いことを想えば、良いことが創られ、悪いことを想えば、悪いことが創られます。

 良く受け取れば、良いものを創り、悪く受け取れば、悪いものを創るのです。

 ですから、幸せになりたかったら、どんなことも、良く受け取り、悪想念を抱かないようにすることです。


 2.想念は、同時に、二つのことを思えません。

 良いことを想っている時には、悪いことが思えません。

 悪いことを想っている時には、良いことが思えません。

 この性質を、利用することです。 


 3.想念は、 何も思わないでいられないように出来ております。

 常に、何かを思っています。

 もし、何も思わなかったら、自分が消えてしまうからです。


 4.想念は、自由性を持っています。

 何んでも、思えます。ゆえに、想像できるのです。

 これは、良いことでありますが、恐ろしいことでもあるのです。

 なぜなら、良い想像より、悪い想像をする方が多いからです。

 要するに、妄念を抱くのです。余計なことを考えるのです。 


 5.想念は、永遠性と無限性を持っています。

 想念は、永遠に、無くなることがないのです。

 また、想念は、無限に、拡大できるのです。

 何も思わないでいられないことが、想念の永遠性を示し、

 何んでも思えることが、想念の無限性を示しているのです。


 6.想念には、慣性の法則が働きます。

 同じことを、想っていると、思い癖がついてしまうのです。

 これが、「業」と言われるものです。

 一旦、癖がつくと、なかなか、取れないのです。

 だから、業を取る、瞑想が、必要になってくるのです。


 7.想念は、エネルギー(光)を、操ることができます。

 それは、集中力と放射力を持っているからです。

 瞑想できるのは、想念に、集中力と放射力があるからです。

 

 このように、想念の性質を利用したら、人生は、好転するのです。

 これは、自力です。他人が、どうこうできる問題ではないのです。

 だから、他力信仰など、意味が無いのです。 

    

 

2018年12月8日 東京塾より抜粋

 

新・光のメロディ「想念瞑想」

 

2023.02.26  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.27


 自分を知ることの難しさは、原子核が、増えれば、増えるほど、身にしみて分かるようになります。

 皆さんは、今、自分が存在していることが、認められますね。

 どうして、認められるのでしょうか?

 それは、何か、起点があるからでは、ありませんか?

 その起点が、自我の自分なのです。

 自分一人では、自分の存在が無いのです。

 自分が、二人に別れ、自我と真我が、互いに、相手を認めることで、自分が存在できるのです。

 しかし、その自分が、分からないのです。

 「私!私!私!・・・」と、自分の意識を、追いかけて行ってみてください。

 いくら、追いかけて行っても、自分の意識を、掴むことができないはずです。

 この「私」は、永久に、捕まえることの出来ない、私なのです。

 なぜ、掴めないのか?

 それは、私は、無限だからです。

 無限を、掴めるはずがありません。

 でも、掴む努力は、しなければならないのです。 

 宇宙で、一番、不可思議な事は、自分の意識を、いくら探っていっても、掴めない、と言う謎です。

 でも、それで、良いのです。捕まえたら、自分が消えてしまうからです。

 でも、掴む努力は、しなければならないのです。

 なぜなら、掴む努力をすることが、自覚の境界線に、近づけてくれるからです。

 

 自分を存在させるためには、起点が必要です。つまり、相手が、必要です。

 その相手が、起点なのです。

 相手を作って、相手から自分を見る、だから、自分の存在ができたのです。

 自分だけでは、自分が存在できないのは、「一」 だけでは、「一」が存在できないからです。 相対的に分けて、はじめて、自分が存在するのです。

 自分を知るためには、どうしても、起点となる、相手が必要なのです。

 形の世界でさえ、起点がなくては、自分が存在できないのですから、意識の世界に、起点がなくては、お話にならないのです。

 

 

2019年7月27日 修善寺塾より抜粋

 

2023.02.27  

 

 

 

 

 

金言:2023.02.28


 この世は、刻々と姿を変える、無常の世界です。

 それは、実際に無い世界だからです。

 しかし、意識は、実在です。絶対無くならない、真実です。

  • 絶対無くならない意識を使い、絶対無くならない、神を想う・・・・
  • 絶対無くならない意識を使い、消えて無くなる、この世の物を思う・・・ 

 どちらが、得でしょうか?

 どんなに、偉大な意識を持っていても、この世のことに使えば、価値を下げてしまうのです。

 幻を思うか? 真実と想うか? で、天地の差が生まれる、と言うことです。

  • 神を創れるのは、あなたの意識なのです。
  • 神を消せるのも、あなたの意識なのです。 
  • 宇宙を創れるのは、あなたの意識なのです。 
  • 宇宙を消せるのも、あなたの意識なのです。

 それほど、あなたの意識は、偉大なのです。

 どうか、神を創ってあげてください!

 どうか、宇宙を創ってあげてください!

 それは、神を想えば、良いだけです。宇宙を想えば、良いだけです。

 あなたの意識は、神と同じ、偉大な意識なのですから・・・。

 

 思えることが、いかに、凄いことなのか?

 考えれることが、いかに、凄いことなのか?

 人類は、深く考えようとしません。

  • どうして、思えるのでしょうか?
  • どうして、考えられるのでしょうか?

 それは、意識を持っているからでは、ありませんか?

 意識がなかったら、思えないし、考えられないし、何も生まれないのです。

 と言うことは、あなたは、存在しない、と言うことです。

 勿論、私も、存在しません。 いや、何もかも、存在しないのです。

 人類は、何をおいても、この意識の研究をすべきです。

 今、膨大なお金をかけて、宇宙に探査機を飛ばしたり、素粒子を発見するための地下実験場を作ったりしています。

 でも、それは、幻を発見しようとしているのであって、真実を発見しようとしているのではないのです。

 外側の物質の研究は、全部、幻の研究なのです。

 でも、内側の意識研究は、実際にある、研究なのです。

 人類が、研究すべきことは、幻ではありません。実際にある、意識の研究です。思いの研究です。心の研究です。

 ぜひ、そちらの研究に、方向転換してもらいたいものです。

 

 

2016年11月13日 東京塾より抜粋

 

2023.02.28  

 

 

 

 

 

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【お知らせ】

○ 次回、修善寺合宿(瞑想会)

2024年1月20日・21日

 

○ 光の画集に学びの友の作品をアップしました!

 

○ 2022年1月1日からは、これまで発表した、「人類の夜明 金言集」「真言集」 「更新集」を、「金言集」として、再掲載していきますので、再読して理解力の深まりを確かめてください。(時折、加筆したり、新しい内容も掲載いたします。)

 

○「歌おう♬ いのちの歌 」

 

○「自分の人生を振り返ってみよう~~♪ 人生の扉 」

 

 

 

 

 

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